会員限定記事会員限定記事

予備役動員と住民投票が生む危険なエスカレーション プーチン氏の頭をよぎる「悪魔の選択」【解説委員室から】

2022年09月27日08時30分

 ロシアのプーチン大統領が9月21日に発表した予備役の部分的動員令とウクライナ東部・南部4州の編入住民投票容認は、苦戦続きのロシアが退路を断って「背水の陣」を敷くものだ。タス通信によれば、住民投票を経て、9月30日にもロシア連邦への編入条約が結ばれる見通し。これにより、ウクライナでの戦争形態が変わり、核使用の可能性を含む危険なエスカレーションが進みかねない。 (拓殖大学特任教授、元時事通信モスクワ支局長 名越健郎)


【目次】
 ◇クレムリンで勢い増す「戦争党」
 ◇4州併合で本格戦争へ
 ◇低い小型核のハードル


クレムリンで勢い増す「戦争党」

 東部のドネツク、ルガンスク、南部のヘルソン、ザポリージャの4州住民にロシア連邦編入の是非を問う住民投票は、9月23日から27日まで実施。「官製茶番選挙」だけに、90%以上の賛成で承認されそうだ。

 タス通信によれば、9月30日にクレムリンで重要なイベントが予定されており、プーチン大統領が4州の親ロ派自治体代表と編入条約に調印し、演説するとみられる。

 2014年のクリミア併合プロセスに従えば、上下両院がその後、条約を批准し、成立。議会は4州をロシア領に編入する憲法改正を行い、10月にも正式にロシア連邦の一部となる。

 しかし、国際社会は「皮肉なパロディ」(マクロン仏大統領)、「国際法違反のごまかし」(ショルツ独首相)などと非難。欧州連合(EU)は新たな追加制裁を検討している。

 4州の代表は9月初め、安全を保証できないとして住民投票延期を表明していたが、急きょ実施したのは、北東部ハリコフ州からの退却など戦況悪化の中で、支配地域を固定化し、ウクライナ軍の進撃を阻止する狙いがある。

 ロシアの退役軍人組織や愛国勢力はSNSで、「惨めな退却」「ずさんな戦術」を非難。作戦を指揮するショイグ国防相を銃殺刑にするよう要求していた。

 最近はやや優柔不断だったプーチン大統領が豹変(ひょうへん)したことについて、米紙ニューヨーク・タイムズ(9月23日)は、「安全保障機関や国防省、右派メディア、政治家などで構成される『戦争党』は、過激なナショナリズムを掲げ、クレムリンのウクライナ政策を弱腰と批判する。動員令と4州併合は、『戦争党』の思い通りの展開だ」と分析した。

 追い込まれたプーチン大統領は、反転攻勢に向けて危険な賭けに出たといえよう。

4州併合で本格戦争へ

 4州併合により、ロシアの戦争形態が変わることになる。ロシアは2月以降、「特別軍事作戦」と称し、ウクライナ領での限定攻撃としてきたが、4州がロシアの一部になると、ウクライナのロシア領攻撃となり、主権国家間の戦争を意味する。

 プーチン大統領は憲法に沿って、「戦争状態」(戒厳令)を宣言し、戒厳令法に基づいて国家総動員令や戦時経済移行を発動するかもしれない。

 2020年の憲法改正では、「ロシア領土の割譲禁止」条項が新たに盛り込まれ、4州をウクライナに引き渡せば憲法違反となる。領土割譲の行為には最高10年の刑を科す刑法改正も行われた。

 ロシアは4州全域をロシアに編入する構えだが、ドネツク、ヘルソン両州でロシア側が実効支配するのは50~60%程度だ。ザポリージャ、ルガンスク両州でもウクライナ軍が失地回復に乗り出した。

 ウクライナ側は住民投票を「違法」と無視し、領土奪還作戦を強化する構えだ。9月以降、「前線の状況は明らかにウクライナが主導権を握っている」(ゼレンスキー大統領)とみられ、各戦線で攻勢に出ている。

 米CNNテレビは最近、「ヘルソン州のロシア軍2万人は補給が断たれて孤立し、投降を検討している。ロシア軍の総崩れもあり得る」とする米軍関係者の分析を伝えた。

 米国が5月に成立させたウクライナへの武器貸与法は、10月から本格運用され、米国防総省内に武器供与本部が設置される。今後、長射程ミサイルを含む破壊力の強い新鋭兵器が提供されそうだ。

 英独両国も現在、自国製兵器を使うウクライナ将兵の訓練を行っている。部隊は近く新鋭兵器とともに戦線に投入され、ロシア軍と対峙(たいじ)する。

低い小型核のハードル

 これに対し、ロシア軍は2月以降の戦闘で7万~8万人の戦死者や負傷者、脱走者を出し、投入兵力の約半数を失ったと欧米軍事専門家はみている。老朽化した兵器や古くさい戦術、低い情報収拾力、士気の低い兵士では、欧米の最新兵器を備えるウクライナ軍に対抗できないだろう。

 ロシアの若手軍事専門家、パベル・ルージン氏は独立系メディアで、「動員は失敗するだろう。30万人も集めることはできない。兵士の戦意も低いし、装備もウクライナ軍に劣る」と指摘する。

 併合する4州で苦戦し、退却が続けば、プーチン大統領は領土を割譲することになり、右派勢力や「戦争党」から「憲法違反」と非難されかねない。

 苦境のプーチン大統領が頼るのが、「核のどう喝」だ。大統領は9月21日の演説で、「西側の目標はロシアを弱体化させ、滅ぼすことだ」「西側はロシアに際限ない脅威を与え、長距離攻撃兵器をウクライナに搬入しようとしている」と批判。「わが国の領土保全に脅威が生じた場合、利用可能なすべての兵器システムを必ず使用する」と警告し、「これはハッタリではない」と付け加えた。

 プーチン大統領は2月のウクライナ侵攻直後、核抑止部隊の警戒態勢を引き上げるなど核使用に言及したが、その後は「核のどう喝」を封印し、政権要人も核使用を否定していた。今回、再び核兵器使用に触れたことは、大統領の焦りやいら立ちを示している。

 ロシアの軍事専門家、パベル・フェルゲンハウエル氏は筆者らとのオンライン会見で、「破壊力の強い戦略核兵器の使用は、大統領、国防相、参謀総長の承認が必要だが、出力の小さい小型戦術核は、大統領が使用許可を出せば、現場の師団長クラスが攻撃目標や時期を決定できる」と述べ、ロシアでは小型核兵器使用のハードルが低いことを明らかにした。

 「背水の陣」を敷くプーチン大統領が「核の選択」に踏み切るかどうか、関係国間でギリギリの神経戦が続きそうだ。


(2022年9月26日掲載)


【筆者略歴】東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社でモスクワ、ワシントン各特派員や外信部長などを歴任。「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「ジョークで読む世界ウラ事情」(日経プレミアシリーズ)、「独裁者プーチン」(文春新書)など著書多数。

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ