いつどこで起こるか分からない災害。万一に備え、水や食料などを用意しておくことが肝要だが、食物アレルギーを持つ人たちは、避難所で提供されるものが食べられないこともあり得る。普段の生活では、原材料表示を見て原因食材を避けることもできるが、非常時に万全の対応をすることは難しい。そんなアレルギー患者のために開発された米粉クッキーや、アレルギーを持つ子の親の声を生かした備蓄セットなど、工夫あふれる商品が事前の準備を後押ししている。(時事通信仙台支社編集部 川村碧)
乳幼児で5~10%発症
食物アレルギーは、ある特定の食品を食べたり、触ったりした後に、皮膚のかゆみや息苦しさといった反応が表れる疾患で、乳幼児の5~10%、それ以降の年代では1~3%の割合で発症するとされる。原因物質のうち、乳、卵、小麦、そば、落花生、えび、かにの7品目は商品パッケージへの表示が義務付けられており、そのほか、アーモンドやりんご、さばなど21品目の表示が推奨されている。
アレルギー反応で特に注意が必要なのが、「アナフィラキシーショック」だ。急激な血圧低下や意識障害に陥り、場合によっては死に至ることもある。
被災地からのSOS
そんなアレルギー患者向けの食品を数多く取り扱う店が仙台市にある。1984年創業の「ヘルシーハット」は全国的にも珍しいアレルギー対応専門店で、経営する三田久美さんは、オープン以来、自社工場で作る総菜や菓子、スキンケア商品で患者の毎日に寄り添ってきた。
11年半前、三田さんは、アレルギー患者の「危機的な状況」に遭遇した。東日本大震災だ。2011年3月11日、事務所で作業中に大きな横揺れに襲われ、急いで店舗と工場の状況を確認すると、商品が落ちたり棚が動いたりしていた。
スタッフや来店客は無事だった。胸をなで下ろしたが、次に頭に浮かんだのは利用客のこと。「備蓄はあるだろうか」。心配していると、助けを求める電話が次々とかかってきた。この店を必要としている人がいるー。物が散乱する店内を片付け、翌日から店を開けたところ、遠く離れたところから自転車で1時間半~2時間かけてやってきて、「これで子どもが生き延びられる」と涙を浮かべた人もいたという。
津波に襲われた沿岸部に住むアレルギー児の家庭が気に掛かったが、道路は全てがれきでふさがれていた。4~5日後に通行できるようになり、多賀城、石巻、気仙沼などの避難所を探し回って支援物資を届ける活動を始めた。やっと再会できた利用者家族から、「光が差したようだった」と、涙ながらに感謝されたという。「アレルギーの子どもがいるお母さんたちには、鬼気迫るものがあった。命に関わる問題だから」と振り返る。
復旧は長丁場になると覚悟し、自治体に「アレルギー用物資を患者に配ってほしい」と頼んで回った。患者は全国から届く菓子パンや通常の粉ミルクなどを口にできず、自治体も専用の備蓄をしていなかったためだ。手が回らないなどの理由で断られ続けたが、「誤食による二次被害が出てしまう」と何度も訴え、まず、石巻市で受け入れと配布をしてもらえるようになり、主食やスープ、おかず、菓子などを数週間分ずつ提供した。
誰でも食べられるクッキーを
東日本大震災の際、自宅にアレルギー対応食を備蓄していた患者もいたが、津波で1階が浸水し冷蔵庫や倉庫が流されてしまったケースもあった。また、アレルギー物質が少ないとされるアルファ化米は全国から多く届いたが、長期化する避難生活の中でニーズが高まるおかずや菓子に当たるものは少なかった。
苦い経験を生かし、三田さんが開発したのが、卵や小麦にアレルギーを持つ人も安心して口にできる米粉クッキーだ。缶入りで3年保存が可能。プレーン、チョコ、ミックスの3種類あり、災害時でも明るい気持ちになれるように、ハートやヒマワリをかたどった。宮城県産ササニシキの米粉やオーガニックショートニング(農薬や化学肥料を用いずつくられた食用油脂)など原材料にこだわり、自社工場で製造している。14年11月の発売以来、個人の顧客や県内外の幼稚園などが購入しているという。
三田さんは「災害時に手渡されるお菓子を通して、私たちはアレルギー患者さんのことを思っていることを伝えたかった」と語る。
「生の声」から誕生
ドライカレー味のアルファ化米、歯磨きシート、アレルギーであることを周囲に知らせる特製シールー。山形市で防災用品や日用雑貨を扱う「西谷」が販売している防災セットには、患者に配慮した非常食と、もしもの備えが詰まっている。
考案した西谷友里さんに話を聞いた。西谷さんは防災士の資格を持っている。自然災害が増える中、「さまざまな備蓄食や水がなくても使える衛生用品がそろったセットがあればいいのに」という思いから、20年3月11日に一般向け非常食などをまとめて発売したところ、購入者から「子どもがアレルギーなので対応食に交換できないか」との声が寄せられたのだという。
西谷さん自身、3人の子どもの母だが、子どもたちはアレルギー疾患を持っておらず、実態を探るため、SNSで子育て世代に「災害時の不安や悩み」を聞いた。「避難所にアレルギー対応食があるか不安」「炊き出しはありがたいけれど、成分表示がなくて怖くて食べさせられない」「原材料を聞いたら、好き嫌いだと思われて悲しい思いをした」。商品は、寄せられた「生の声」から誕生した。
「確実に食べられるものを入れたい」と、アレルギー物質を避けたドライカレーやわかめごはんといった主食と使い捨て食器などを詰め、手にはめて使う歯ブラシシートや泡なしシャンプーも取り入れた。
同封の特製シールとカードも「生の声」に応えたものだ。小麦、牛乳、卵アレルギーのマークを添えたシールと、アレルギー疾患を抱えていることを示すカードは、食器に貼って取り違えを防いだり、子どもの首からカードを下げて周囲に知らせたりできる。
「好き嫌いだと勘違いされてネガティブな言葉を投げ掛けられる前に、周囲に察してもらうことができる。食べたら危険というメッセージだけではなく、見た目もかわいらしくして子どもやお母さんの気持ちを壊さないようにしたかった」と語った西谷さん。「小さな会社だからこそ、少数のターゲットの人に寄り添えるのが強み。常に生の声を生かしながら、今後も改良に取り組みたい」と笑顔を見せた。
7割の自治体でアレルギー対応
アレルギーを持つ被災者をめぐる課題は東日本大震災で浮き彫りになり、各地の患者支援者ら有志が2012年9月、アレルギーに対応した備蓄の準備などを求める要望を国に提出した。国は13年、避難所の生活環境に関するガイドラインを策定。各市町村に対し、アレルギー対応の備蓄や、提供する食事の原材料の表示、周りが確認できるサインプレートの活用などを求めた。
全国の自治体の約7割(21年2月時点)でアレルギー対応の非常食が備蓄されている。計画備蓄約4万6800食全てをライスクッキーやおかゆ、粉ミルクなどアレルギー対応に入れ替えた茨城県龍ケ崎市の担当者は「東日本大震災をきっかけに、アレルギーの有無にかかわらず誰でも食べられるものにした。備蓄食の種類も増えており、世の中の流れに対応したものだ」と説明。アレルギー対応専門店「ヘルシーハット」がある仙台市では、備蓄食の品目とアレルギー物質をホームページ上に掲載し、市民に公開している。
理解が進んできているが、全国の自治体で導入されたわけではない。備蓄する自治体でも、すべての避難所に配備できているとは限らない。有志らと共に国に要望書を提出した「ヘルシーハット」の三田さんは「全国どこにでもアレルギーの人はいる。自治体によってばらばらではなく、対応を徹底してほしい。弱者が助けられる仕組みを整えてほしい」と訴えている。(2022年9月1日掲載)