養老孟司×宮崎徹 生命の不思議「ケムシとチョウは別の虫?」

2022年09月30日13時00分

 ネコやヒトを腎臓病などから救うタンパク質AIMを発見し、創薬に向けた研究を加速しているAIM医学研究所代表理事の宮崎徹氏。研究の合間を縫って鎌倉に住む恩師・養老孟司氏を訪問し、自然の不思議さ、科学研究への望み、歴史からの学びなど、専門分野にとらわれない幅広い話題をめぐって語り合った。こうして生まれた対談集『科学のカタチ』から、自然や生命に対する二人の知的好奇心が衝突・共鳴した瞬間を以下に紹介する。

神様はものすごくマメで、手の込んだことをしている

 宮崎 研究をすればするほど、「なんとうまくできているんだろう」という生命の仕組みが見つかってきて、進化論的にそれができたとはとても考えにくいものがあります。

 AIMは、IgMという抗体が五つ組み合わさった「五量体」と普段は常にくっついていますが、この五量体の形は、ずっとサクラの花のような五角形をしていると考えられてきました。実際、免疫学などの教科書にも50年以上にわたり、サクラの花のような形で描かれていました。

 ところが、最新の電子顕微鏡で何回も五量体を撮影し、その像を重ねていくと、じつは五量体は五角形でなく、六角形、すなわち本来六量体の形をしていることが、分かったのです。

 IgM五つで正六角形の五量体では、一つ足りないことになってしまいますが、余った1個分のスペースに、AIMがぴたりとはまっている姿も電子顕微鏡解析で視覚的に確かめることができました。つまり、AIMが普段IgMの五量体と常にくっついている仕組みが用意されているわけです。AIMとIgMは、まったく異なる過程でつくられたはずなのに。スペースがちょっとでも狭かったり広かったりすると、AIMがそこにはまることはできません。

 どうして、こんなにもよくできた設計がされたのか、奇跡としか考えられません。もし、神様が設計したのだとしたら、その神様はものすごくマメな性格の持ち主で、手の込んだことをしているとしか思えません。

 養老 分子の大きさや形が一致して、偶然にはまったということなんでしょう。でも、生命は、その偶然を上手に使っている。いまいる生物たちは、地球の生命の歴史35億年の結果ですからね。僕たちが持っているのは「解答集」であって、生命現象に答えを見ているわけです。

幼虫・蛹・成虫で姿を一変させるチョウは、「共生の産物」だった!?

 養老 そうした不思議に思える話は虫でもありますよ。

 チョウは、幼虫のケムシから蛹(さなぎ)を経て、翅(はね)を生やして姿をがらっと変えるでしょう。口にしたって、ケムシの時期は葉をかじるためのつくりをしているのに、成虫のチョウになるとストローみたいになる。大切な器官をなぜそのように取り換えないといけないのか。その連続性のなさがよく分からないんですよ。

 宮崎 確かにそうですね。

 養老 その辺でチョウの蛹を捕ってきて飼っていると、蛹からハチとかが出てくることがあります。ハチがチョウの幼虫であるケムシに卵を産み付けていて、蛹の段階でそれが出てきちゃう。

 こうしたごちゃごちゃした状況もあるから、進化の古い段階では別々の虫だったケムシとチョウが共生しだして、現在のような変態する虫になったということもあり得るんじゃないか。

 宮崎 となると…。

 養老 完全変態をする昆虫の幼虫と成虫は、もともとちがう生き物だったのではないかという意見さえあります。さっき言ったように、家の外辺りでガやチョウの蛹を捕まえてきて飼っておくと、半分以上はその個体の中で寄生虫として生きているハエとかハチとか出てきます。進化のとても古い段階で、ある昆虫と寄生虫としての昆虫が共生していたのではないか。だから、幼虫としてのケムシと成虫としてのチョウは別の虫であり、成虫としてのチョウは寄生虫の姿なのではないかというわけです。昔のゲノムの状況がどうだったか分からないけれど、たぶんごちゃごちゃになっていたのでしょう。

 宮崎 なるほど。考えてみれば、不思議な現象ですね。なんのためにケムシの段階があるのか。はじめからチョウのままでいいじゃないかと思えてきます。

 養老 ケムシは栄養摂取だけに特化した形態であって、チョウのほうは生殖だけに特化した形態だと考えられてはいます。けれども、進化をさかのぼっていくと、別々の虫のゲノムがごちゃごちゃになっていた段階があるんじゃないか。

 宮崎 幼虫と成虫とで実は異なる生物だったのではという話は、昆虫だけに言われているのですか。

 養老 海の生き物にも変態するのがあるでしょう。例えば、ウニなんかは成体では五放射の形をしているけれど、幼生の時は左右対称の形をしていますね。ナマコも、幼生と生体ではかなり形が変わる。あまりに異なる格好になると疑わしい。特に、こうした海産動物たちは、昆虫が体内受精をするのと違って、体外受精するでしょう。すると、精子がほかの動物のものと混ざる可能性があるんです。これは冗談だけれど、魚の卵にトゲトゲのウニの精子がかかったりすると、ハリセンボンが生まれてきたりして(笑)。

 宮崎 なんと!(笑)。こうした謎を解明するための研究は、進んでいるのですか。

 養老 あまりやられていませんね。そんな研究、お金は出ないから(笑)。

 宮崎 だったら、自分がやってみようかな。ゲノム解析をしてみたら、幼虫と蛹と成虫のゲノムが違っていたなんていうことがあったら、面白いですね。

 養老 研究に向いているのは、ショウジョウバエですね。あれもチョウと同じように、幼虫から蛹を経て成虫へと変態する、完全変態の虫ですから。テーマとしては面白いと思いますよ。

   ◇  ◇  ◇

 なお、『科学のカタチ』では、このあと養老氏の「幼虫(ケムシ)と成虫(チョウ)は別の生き物?」問題を検証すべく、宮崎氏が実際に昆虫のゲノム解析に挑んだ結果も収録されている。

 【動画】養老氏と宮崎氏の対談風景

 養老 孟司(ようろう・たけし) 神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『バカの壁』『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』『ヒトの壁』(以上、新潮新書)、『日本のリアル』『文系の壁』『AIの壁』(以上、PHP新書)など多数。近刊に宮崎氏との対談集『科学のカタチ』(時事通信社)

 宮崎 徹(みやざき・とおる) 長崎県島原市生まれ。1986年東京大学医学部卒業後、同大病院第三内科に入局。熊本大大学院を経て、92年より仏ルイ・パスツール大学で研究員、95年よりスイス・バーゼル免疫学研究所で研究室を持ち、2000年より米テキサス大学免疫学准教授。06年より東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター分子病態医科学教授。タンパク質「AIM」の研究を通じて、腎臓病や認知症をはじめさまざまな現代病を統一的に理解し、新しい診断・治療法を開発することを目指している。22年4月より一般社団法人AIM医学研究所代表理事・所長。著書に『猫が30歳まで生きる日』、近刊に養老氏との対談集『科学のカタチ』(以上、時事通信社)。対談の様子は時事通信出版局のYou Tubeチャンネルにて配信中

◆「猫が30歳まで生きる日」 宮崎徹氏インタビュー◆

(2022年9月30日掲載)

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