政治ジャーナリスト・泉 宏
世界に衝撃を与えた安倍晋三元首相の非業の死を受け、自民党の最大派閥・安倍派(清和政策研究会)の“行く末”が永田町で注目の的となっている。同派は党内保守勢力(タカ派)の牙城で、第2次安倍政権誕生以降、内政・外交の全般にわたって日本政治の方向付けを主導してきたが、「安倍氏死去後の影響力維持は困難」(自民長老)とみられているからだ。同派は9月27日の「国葬」までの服喪期間も考慮し、当面は集団指導体制での派閥運営を確認したが、その背景に「安倍氏に代わる後継者不在」があることは否定できない。このため、党内では「後継争いは長期化必至で、結局は分裂する」(岸田派幹部)との見方が支配的で、今後の安倍派の動向次第で党内の権力構図が揺れ動くことは避けられそうもない。
同派は7月21日、安倍氏死去後初の総会を開き、当面は安倍氏に代わる新会長を置かず、塩谷立会長代理ら現在の執行部による集団指導体制とすることを最終確認した。総会には安倍氏の妻・昭恵氏が出席し、「遺志をしっかり派閥で引き継いでほしい」とあいさつ。これを受け、塩谷氏は(1)清和会の責務は一致結束して安倍氏の遺志を引き継ぐ(2)派閥の呼称は「安倍派」のままとする──ことなどを、同派の総意として取りまとめた。
安倍氏が昨年11月の会長就任時に塩谷、下村博文両氏を会長代理、西村康稔氏を事務総長とする現体制を決めたため、今月下旬以降に想定される第2次岸田改造内閣発足の際の党・内閣人事の同派窓口は塩谷氏とし、国葬後の派閥運営については改めて協議する方針も確認した。
「分裂必至」でも首相は配慮優先?
そこで問題となるのは、安倍派内に衆目の一致する後継候補がいないことだ。安倍氏の訃報を受け、同派幹部は参院選終了直後の7月11日夜に東京都内で対応を協議したが、「派閥としての一致団結した行動」の確認にとどまった。同21日の総会での集団指導体制決定はこれを踏まえたものだが、「各幹部の思惑が交錯し、とても後継者を決められる状況にない」(同派若手)という派内混乱が背景にある。
ただ、集団指導体制では最大派閥としての求心力維持は困難視され、参院選後も膨張を続けて100人の大台に迫る安倍派の動向は、岸田文雄首相にとって当面の人事だけでなく、その後の政権運営に大きな影響を及ぼすのは確実だ。しかも近い将来の同派分裂が現実のものとなれば、党内権力構図も一変しかねない。
安倍派の後継争いの現状を見ると、下村氏が当選回数や経歴で先行するものの、萩生田光一経済産業相や松野博一官房長官、西村氏、参院の安倍派を束ねる世耕弘成参院幹事長らも虎視眈々(たんたん)とされる。さらに若手の間では、同派創始者の故福田赳夫元首相の孫の福田達夫総務会長を「正統な後継者」と推す声が台頭。その一方で「実質的なまとめ役は森喜朗元首相しかいない」との指摘もあり、「まさに星雲状態」(同派長老)だ。
その森氏は、5月に開かれた安倍派の政治資金パーティーで「『あと何人で100人』というときが一番危ない」と警告した。一時代前に最強軍団を誇示した旧田中派(現・茂木派)が100人を超えて分裂、その後の自民下野の原因となったからだ。加えて、清和研も分裂を繰り返してきた過去がある。
だからこそ「誰が後継者になっても分裂は避けられない」との見方が広がるのだが、「安倍氏の通夜状態」(首相官邸筋)が継続する中での安倍派への岸田首相の配慮は、「安倍氏存命中より大きくなる」との指摘もある。このため、国葬後も首相が同派への対応に苦慮する状況が続く可能性も少なくない。
(2022年8月8日掲載)
◆点描・永田町 バックナンバー◆
◆時事通信社「地方行政」より転載。地方行政のお申し込みはこちら◆