鈴木賢 明治大学法学部教授、台湾大学法律学院客員教授
日本人も台湾で同性の相手と婚姻を成立させられる日が近づいた。去る2022年7月21日、台北高等行政法院(裁判所)は原告二人(日本人・有吉英三郎さん、台湾人・廬盈任さん)の間の婚姻を、昨年5月7日にさかのぼって成立させるように被告(台北市大安区戸政事務所)に命じる判決を下した。判決がこのまま確定すれば、日本人との間の同性婚が初めて誕生することになる。
台湾では2019年5月から同性間にも婚姻を成立させるための特別法が施行され、いわゆる同性婚が法認された。法律施行から3年余りを経過し、今年6月末までに合計で8327組(女性5933組、男性2454組)の同性カップルに婚姻が成立している。しかし、台湾の同性婚は異性婚との間に、養子縁組や人工生殖技術の利用可否など、いくつか重要な違いを残したまま、見切り発車的に立法がなされている。中でも差別的な相違として当初から最も大きな問題とされてきたのは、台湾人と外国人との婚姻問題、いわゆる渉外同性婚の可否であった。
この問題は外国人との間の法律関係にどの国の法律を適用するかについて定める台湾の国内法(渉外民事法律適用法)に起因するもので、本法の46条によると一般に婚姻の成立は各当事者の本国法に従うとされている。これを同性間の婚姻にも機械的に当てはめると、相手の本国法が同性間に婚姻の成立を認めていない場合には、婚姻の成立要件を満たすことができないこととなる。このため特別法の施行時に戸籍事務を主管する内政部が、同性間に婚姻成立を認めている国(当時は26カ国)の外国人に限って、台湾人との間の同性婚を受理するように全国の戸政事務所に通達を出していた。すなわち、渉外結婚については、相手の国籍により同性婚が可能な者と、同性婚できない者に二分されていたのである。
このため特別法の施行直後から台湾人と同性婚未承認国の同性カップルから婚姻成立を求める裁判が提起されていていた。昨年3月にはマレーシア人、同5月にはマカオ人、同11月にはシンガポール人との間の婚姻について、いずれも原告の請求を容認する判決が下されている(いずれも台北高等行政法院)。しかも、どの被告(行政側)も上訴を提起せず、一審判決が確定している。また、これを立法的に解決すべく、立法院にはすでに複数の渉外民事法律適用法の改正案が提案されているが、選挙も近づく中で保守派からの反発を避けたい与党の思惑もあり、採択に向けて審議が進まないまま今日に至っている。当事者団体からは台湾政府が「アジア初の婚姻平等化」を国際社会に向けて自慢げにアピールしながら、この問題は一向に解決しようとしないことを厳しく批判する声が上がっていた。
そうした中、同性の日本人との婚姻を認める判決が下されたのである。同性婚未承認国人との同性婚の成否に関するこれまでの台北高等行政法院による判決は、いずれも原告の請求を容認し、婚姻の成立を命じている。しかし、その法的な理由はそれぞれ異なっている(詳細は拙著『台湾同性婚法の誕生』日本評論社、267ページ以下をご覧いただきたい)。今回の判決ではマレーシア人との事例と同じ理由(外国法が台湾の公序に反するので、その適用を排除)により、台湾法により同性婚未承認国である日本人との婚姻を認めた。
判決の論理は以下のようなものである。同性に性指向が向かう者の間にも平等に婚姻関係を成立させる法は台湾では法律秩序の一部となっているので、外国人を婚姻の相手に選んだ場合に相手が同性であることを理由に婚姻の成立を否定するならば、それは不合理な差別的待遇となる。本件で日本法を適用して同性間の婚姻登録要件を満たさないとすることは、台湾の現行法律秩序に抵触する。それゆえ渉外民事法律適用法8条を適用して、原告の本国法である日本法の適用を排除し、不平等な扱いを解消すべきである。結果として、原告両名が求める同性婚姻関係は台湾の法律にもとづいて成立することを認めるべきである。
一般に各国の国際私法は自国の公序に反する外国法は適用しないとする条項をもつが、台湾の渉外民事法律適用法8条はその条項に当たる。外国法を適用した結果、「公共の秩序または善良なる風俗に反する」場合には、これを適用しないと定めているのである。つまり本件では同性間に婚姻を成立させない日本法を台湾の公序に反するとして、その適用を排除したのである。
同性婚を成立させない日本法が不合理な差別を容認するものとして、台湾の裁判所によって公序に反するとされた。つまり日本人は台湾では公序に反するとされるような劣悪な法律の下で生活していることになる。確かに現在、先進国を中心に世界では31カ国で同性婚が承認され、それが時代の潮流になっている。この事実を改めて台湾の裁判所が日本に突き付けたのである。現在、各地の裁判所に起こされている婚姻の平等を求める訴訟(いわゆる同性婚訴訟)において裁判所は、この現実を重く受け止めるべきであろう。
自由と民主主義を基調とする国際社会においては婚姻を異性間に限定し、同性間の婚姻を認めない法は、遅れた差別的な、公序に反するものと判断される時代に入っているのである。このまま公序違反の法を維持することが、果たして日本の国際的な地位に相応しいものであるかどうか。台北高等行政法院判決に込められたメッセージを、日本の裁判所は重く受け止めるべきである。どうか日本を民主主義世界の孤児にしないでもらいたい。
鈴木賢(すずき・けん)明治大学法学部教授。専門は比較法、中国法、台湾法。1960年北海道生まれ。北海道大学法学部卒業後、同大学助教授、教授などを経て現職。アジア法学会理事や比較法学会理事なども務める。主な著書に「台湾同性婚法の誕生―アジアLGBTQ+燈台への歴程(みち)」(日本評論社)、「現代中国相続法の原理―伝統の克服と継承―」(成文堂)など。
(2022年8月4日掲載)