ヴァルディミール・ヨハンソン監督
“母性”を断罪するものーそれは神か? 悪魔か?
ある冬の嵐の夜、「それ」が羊小屋を襲った。「それ」は悪魔か、それとも神か? 逃げきれなかった一匹にもたらされた「予兆」が、不幸を封印して生きる夫婦の人生を大きく変えていく。(ライター・仲野マリ)
【あらすじ】
アイスランドの荒凉たる大地にぽつんと見える農家に、マリア(ノオミ・ラパス)とイングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)が住んでいた。彼らはたった二人で広い農地を耕し、たくさんの羊を飼う。日々は穏やかに静かに、過去も未来もなく永遠に続くかに見えた。今日もまた一匹の羊が子どもを産む。それはいつもの風景のはずだった。が、生まれたのは普通の羊ではなかった。二人はその「赤ちゃん」を我が子「アダ」として育て始める。そこにやってきたイングヴァルの弟ペートゥル(ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン)は、羊の顔をして洋服を着る「アダ」を、当然ながら急には受け入れられない。兄夫婦の振る舞いに首を傾げ、様子を伺いながら同居を始めたペートゥルは、やがてマリアの秘密を知る。「我が子」との生活を守るため、マリアはすでに一線を越えていた。
【みどころ】
不気味な映画である。冒頭の嵐のシーンから、すでに心を乱される。ミステリーにしてサイコ・ホラー。そのものズバリが映し出されぬまま、観るものの心の中に「恐れ」のイメージが膨らんでいく。そしてラストシーン。全てが明らかになった時、白と黒が逆転する。今まで見ていたのは、陰画であったのか?
アイスランドの自然の厳しさが生んだ民話のようでもある。まず登場する人物からして少ない。セリフも少ない。人間も、人間に飼われている羊も、自然の前ではちっぽけな存在だ。作品を支配する、人間の力を越えた圧倒的な何かが立ち塞がる中で生きる、人間の無力感。これは超人的な存在を語り継いだ寓話とも読める。
一方で、これは愛の物語だ。最愛の子どもを、奪われた親の気持ちで見るか、奪った親の気持ちで見るかで感じ方は変わるだろう。また、愛されて育つ「アダ」の心の行方も追わずにはいられない。成長するに従い自分の出自に疑問を抱き始める、その漠とした不安は、もの言わぬアダの視線の先を示すカットの中に込められている。
本作は説明を最小限に抑え、「あれは何なのか?」その答えを観客に委ねている。どんな結末になるのか、彼らはどうなっていくのか、想像力をフルに活性化して、ドキドキしながら楽しんでほしい。
「LAMB/ラム」は9月23日から新宿ピカデリーほか全国公開
(2022年9月16日掲載)