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「出産はぜいたく?」2人目の壁 ◆いよいよ踏み込まれた「第3のアクセル」【時事ドットコム取材班】

2022年08月01日08時00分

  少子化に歯止めがかからない。赤ちゃんの出生数は6年連続で減少し、2021年は過去最少の約81万人にとどまった。過去40年以上、結婚した女性は平均2人前後の子を産んできたが、近年、既婚者の7割以上が2人目以降の出産に「壁」を感じているという。「産みたくても産めない」「子どもはぜいたく」。子育て世代の悲痛な声を裏付けるように、少子化を加速する「第3のアクセル」が踏み込まれたと指摘する専門家もいる。どうしたら、誰もが希望する人数の子どもを持ち、子育てを楽しめる社会になるのだろうか。(時事ドットコム編集部 太田宇律)

 【時事コム取材班】

重過ぎる自己負担

 「2人目を希望しているが、出産費用などの確保ができないと難しい。いま貯金しているところだが、その間に年齢は重ねていくので不安しかない」(東京都世田谷区・30代)「教育費にも多額のお金がかかるのに、入り口の出産でなぜこんなにお金がかかるのか。子どもを持つことはこの国ではすでにぜいたく品だ」(甲府市・40代)

 これは、子育て支援の充実を目指す任意団体「子どもと家族のための緊急提言プロジェクト」が22年4月に実施した出産費用のウェブ調査(有効回答1228人)に寄せられた声の一部だ。18年以降に子どもを産んだ女性を対象に出産費用を尋ねたところ、「61万円以上」が47.3%で、「71万円以上」も25.7%に上った。出産時に健康保険から支給される「出産育児一時金」(原則42万円)で足りた人はわずか7%だった。

 近年、首都圏を中心に出産費用の高騰化が進んでおり、全国平均でも一時金の支給額を上回る水準にある。計約75万円を支払ったという都内在住の回答者は「自己負担が多過ぎて、本当にお金に困っている人が都内で産むのは無理だと思う」と記述。団体側は「高額な負担額が『産み控え』を招いている」とし、国による実態調査や出産費用の無償化を求めている。

高所得世帯にも「壁」

 経済的不安が招く出産へのためらい。こうした動きは、実は高所得世帯でも起きている。

 「正直言って、いまは子どもが1人でよかったと思っています」。横浜市で保育士として働いている女性(44)は、そう言って目を伏せた。

 単身赴任中の夫の年収は1000万円を超えており、経済的には恵まれているはずだった。女性が36歳のときに娘が産まれ、夫婦で「2人目も自然にできたらいいね」と話し合っていたが、保育園探しを始めたころから、そうした気持ちは次第にしぼんでいった。

 市役所の窓口で入園希望と申し込むと、「順番待ちはできますが、まず入れないと思いますよ」と告げられた。世帯年収が多い上、女性は当時求職中。既に夫婦ともに働いている家庭より優先順位が低かったためだ。1年8カ月の「待機児童」期間を経て、ようやく入れた認可保育園の保育料負担額は月7万5000円。延長保育を利用すると8万円を超えることもあり、女性は「まさか私大の学費なみの保育料が掛かるとは思わず、衝撃を受けた」と振り返る。

出産は「歓迎されていない」

 夫の所得は、他にもさまざまな「制限」をもたらした。通常の児童手当は支給されず、代わりに受け取れた月5000円の「特例給付」も22年10月支給分から廃止に。市の小児医療費助成は1歳で打ち切りになり、新型コロナウイルス対策で子ども1人当たり10万円が支給される「未来応援給付」も対象外だった。

 高所得とはいえ、夫は大学院までの奨学金を今も返済し続けており、社会保障費の負担や住宅ローンも重くのしかかる。娘が1歳になった15年、夫婦で教育費にどれくらいお金を掛けられるかシミュレーションしたところ、「子どもが1人の場合、大学まで私立に通わせても4000万円ほど老後資金が残るが、2人だと公立でもほとんど手元に残らない」という結果になった。

 娘の出産前に比べると、夫のボーナスは約40万円増えたが、累進課税などのため手取りは約9万円しか変わっていないという。「残業や単身赴任で頑張って収入を増やしても、物価や教育費が上がるスピードの方が早い。育児をめぐる制度も改悪されてばかりで、とても2人目を産むことは考えられなかった」。出産前後で暮らしの余裕が大きく変わったといい、「日本では、子どもをつくることが歓迎されていないと感じます」と声を落とした。

2人目の壁「感じる」75.8%

 この女性のように、第2子以降の出産をためらってしまう「2人目の壁」を感じる人は増えている。公益財団法人「1more baby応援団」が公表した「夫婦の出産意識調査2022」によると、既婚男女2955人を対象に「2人目の壁」が実際に存在すると思うか聞いたところ、過去最多の75.8%が「存在すると思う」と回答。理由については「経済的な理由」(73.1%)が最も多く、「第1子の育児で手いっぱい」(47.3%)、「年齢的な理由」(45.4%)、「心理的な理由」(42.4%)と続いた。

 一方、「今後出産すると思う・したいと思う」と回答したのは過去最少の47.1%にとどまった。37.9%は「今後出産はしないと思う」とし、理由を尋ねると、62.4%が「経済的な理由」を選んだ。

 ただ、子育て世代の経済的不安を取り除けば「壁」を崩せるとも言い切れない。「経済的な理由」で壁を感じたり、「今後出産しないと思う」と回答したりした人の割合は、実は減少傾向にある。他方、増加傾向が見られるのが「心理的な理由」で、同法人の秋山開・専務理事は「幼保無償化や待機児童解消などに一定の恩恵を感じつつ、不安が解消できていないことがうかがえる」と話す。

「第3のアクセル」とは

 出産への経済的不安だけでなく、カップルの年齢や婚姻率など複雑な要素が絡み合う少子化問題。どうしたら「2人目の壁」を感じない社会にできるのか。「子どもの消えゆく国」などの著書がある日本総合研究所の藤波匠・上席主任研究員に話を聞いた。

 ―少子化に歯止めがかかりません。何が起きているのでしょうか。

 日本の少子化は主に婚姻率の低下と女性人口の減少で引き起こされ、国内の出生数は、2015年まで毎年約1%のペースで減り続けてきました。減少率は16年以降、年3.5%に加速しています。「有配偶出生率」が低下しており、結婚した女性が以前に比べて子どもを産まなくなったと考えています。

 ―有配偶出生率とは?

 ある年に生まれた子どもの人数を、配偶者のいる49歳以下の女性の人数で割った数値です。仮にその年の有配偶出生率が「0.1」だとすると、49歳以下の既婚女性の10人に1人が子どもを産んだことを意味します。

 5年ごとに実施される国勢調査結果などに基づき、有配偶出生率が赤ちゃんの出生数に与えた影響を算出すると、1995~2015年は、少子化を食い止める方向に働いていました。ところが、20年は少子化を加速する方向を向いています。少子化の「ブレーキ」だったものが、非婚化と女性人口減に続く「第3のアクセル」に転じてしまったということです。年代別に精査すると、特に20~29歳の有配偶出生率が顕著に低下していました。

 ―背景には何があるのでしょう。

 経済的不安が、若い世代の出産意欲の低下を招いているのだと思います。バブル崩壊から続く平均賃金の低下で、たとえ結婚しても子どもはいらない、あるいは1人でいいと考える人が増えています。1980年前後、約35%だった男性の大学進学率は、この40年間で約55%に増えましたが、大卒人材を必要とする仕事はそれほど増えていません。かつて高卒が担っていた仕事に大卒が流入し、賃金の押し下げにつながっている可能性もあります。

 ―経済面で余裕がないから、子どもを複数持つことをためらってしまう。

 収入が増え、暮らしに余裕ができたときには出産適齢期を過ぎていたというケースも多いでしょう。女性の不妊治療経験率は高学歴なほど高く、大学または大学院を出た35~39歳の女性の27%が治療経験者でした。社会に出る時期の違いから、高卒女性に比べて結婚・出産のタイミングが遅れがちです。経済的問題を解決したら、今度は年齢の問題に直面し、2人、3人と子どもを望めない状況に陥ってしまうのです。

 ―大学進学率の上昇と共に、晩婚化、晩産化も進んだのですね。

 学歴だけでなく、雇用形態も関係します。非正規で働く女性の結婚率と出産率について、初めて就いた職業が「正規雇用だった場合」と「非正規雇用だった場合」を比較したところ、結婚率、出産率いずれも非正規の方が20%以上低いという結果が出ています(日本労働組合総連合会調べ)。非正規の女性は理想の男性と出会う機会が少なかったり、産休・育休制度が充実していなかったりすることに加え、男性側が結婚相手に経済力を求めるようになったことも影響していると考えられます。

 ―どうしたら状況を打開できるのでしょう。

 一つ言えるのは「少子化対策は総力戦」ということです。児童手当の増額や保育所の充実を含め、あらゆる対策を同時展開していかないと、「子どもの生きる未来は今よりよくなる」と感じられず、出産意欲は低下する一方です。社会保障・人口問題研究所の調査によると、「生涯未婚」を希望する男女は年々増えていて、2015年時点では男性が12.3%、女性が8.2%でした。ただ、この人たちの中にも「お金や仕事に余裕があれば自分も結婚したい、子どもが欲しい」と考えている人は少なくないはずで、そうした人たちの所得を押し上げ、結婚や出産に前向きになってもらうことが、上の世代の責務ではないでしょうか。

望む人数の子を持てる社会に

 「産めよ増やせよ」という時代は終わり、結婚や出産は「当然」ではなくなった。多様な人生を選べるようになったことも少子化の一因だとすれば、ある程度は受け入れなければならないのかもしれない。ただ、子どもが欲しい家庭に出産を諦めさせてしまうような不安要素は少しでも取り除かれるべきだ。出産に不安はつきものだが、「案ずるより産むがやすし」と言える社会であってほしい。

 「1more baby応援団」の意識調査には、2人以上の子どもを持つ世帯を対象に「家庭の幸福の観点から、出産して満足だったか」と尋ねる設問がある。調査開始以来、「満足だった」が9割を下回ったことはないそうだ。理由の上位には「家族が増え、にぎやかで楽しくなった」「子ども同士で遊べるようになった」「成長できた」が並ぶ。秋山専務理事は「こうした先輩たちのポジティブな意見が子育て世代にもっと届くようになれば、2人目の壁は崩せるのではないか」と話している。(2022年8月1日掲載)

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