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江川卓さんが語る大谷翔平の偉業「今年は投球6割、打撃4割」「大谷さんを攻めるなら…」

考えを超越する二刀流のすごみ

 かつて「怪物」と騒がれた記憶に残る剛腕投手が、エンゼルスの大谷翔平選手が成し遂げた偉業をたたえた。プロ野球巨人のエースとして鳴らし、今は野球解説者の江川卓さん(67)。時事通信の単独インタビューに応じ、大谷選手が米大リーグで達成した同一シーズンの「2桁勝利、2桁本塁打」を独特の言い回しで評価した。「ものすごいことだろうな、と感じた。前提として、(過去に二刀流で活躍する選手を)見た経験がないので『だろうな』という表現になってしまう」。その上で「野球が好き、打つのも好き、投げるのも好き、走るのも好き、ということだけでは語ることができない」。別次元の超人的な現実がそこにある、と捉えている。(時事通信運動部 前川卓也)

◇ ◇ ◇

 2桁勝利、2桁本塁打―。8月9日、大谷選手はアスレチックス戦で先発し、今季10勝目をマーク。打撃では25号本塁打を放った。既に2桁に乗せていた本塁打と合わせ、1918年のベーブ・ルース以来となる104年ぶりの金字塔を打ち立てた。投手、野手とも分業化が進んでいる現代野球だけに、大谷選手の活躍は類を見ない。

 岩手・花巻東高時代、投げては最速160キロをマークし、打者としても高校通算56本塁打。その大谷選手がドラフト1位で2013年に日本ハムに入団した際、世間は大いに注目した。プロで投打の二刀流に挑むべきか否か。大方の声と同じく、実は江川さんも否定的な考えを示していた。それは投手か野手かのどちらかに専念し、才能を開花させてほしいと願っていたから。今は苦笑いして、こう話す。

 「私の当初の考え方を完全に超えている。(プロで二刀流を)見たことがないから、それは難しいと思っていたので。でも、大谷さんはやれるという自信が投打両方にあって、少しずつ打撃と投球を磨き、それを貫いてきた。お見事です」

今季の投球は90点

 大谷選手が今季、大きく進化したのは投手としての力量と言える。18年の大リーグ挑戦以降、昨年までの4年間で勝利数は合計13。入団1年目のオフに右肘の内側側副靭帯(じんたい)再建手術(通称トミー・ジョン手術)を受けたことも影響した。昨季から始めた本格的な二刀流は、裏を返せば手探りの挑戦だった。

 「昨年は彼の持っている力のうち、打撃が90%、投球が60%という形でやっていたように感じる。それで9勝に終わり、打撃では46本で本塁打王争いができた。今年は恐らく10~15勝できるレベルに上げるため、(全体の力のうち)投球を6割、打撃を4割くらいのイメージで臨んでいるように感じる。それで白星が増え、昨年より投球のばらつきもなくなってきた。今年の投球は(100点満点で)90点くらい、いっていると思う」

 とりわけ今季は自在の投球を披露している。160キロ台の速球と鋭く落ちるスプリットが代名詞だが、試合によってはスライダーを多投したり、カーブを織り交ぜたり、変化球主体で臨むこともある。

 「昨年までは、意図していない、いわゆる抜けた球がものすごく多かった印象がある。ところが今年は、自分の思うところに投げている球が8割くらいあるように感じる。そのレベルまで上げてきたということ」

 大リーグでは球数管理が厳しく、調整のためのブルペン投球でも力いっぱい投げることは少ない。その中で自身の状態や練習時のデータを参考に、柔軟な投球ができているとみる。

 「重いボールを投げたり、腕の角度を計測する機器をつけたりして、科学的に疲労度などを把握しているはず。ここは想像だが、少し肘が下がっていた場合に肘を上げる修正をするのではなく、肘を下げた方が曲がりやすくなるスライダーを増やしたりしていると思う。逆に疲労が少なくて肩が上がるなら、直球や小さく変化する速球を増やそうとか。それが自然とできているように映る」

折り合いの難しさ

 一方で二刀流の難しさが、今季の打撃成績に表れていると指摘する。昨季はア・リーグ本塁打王に2本差に迫る46本。今季のこれまでのペースでは、これを下回る計算になる。

 「これが二刀流のものすごく難しいところだと思うが、投球に力をかけた分、打撃に取れる時間や労力が減ってしまう。睡眠などの休養も必要。そうなると、いわゆる疲労度を考えると仕方がない面がある」

 それが顕著だったのは、シーズン序盤。まだ試合数が少なく、投打の調整に偏りが出ていたと分析する。

 「今年の序盤は打球が上がっていなかった。どうしても最初のうちは投球に比重を置くと、打撃の回数が減り、球を打とう、打とうとしてしまう。すると手首が先に早めに返り、全てドライブがかかってしまう。最近は良くなってきているが、ボールのバットへの乗せ方を見ても、打撃の感触は昨年の方が良かったでしょうね」

 ここまでの成績を元に、今季の最終成績は2桁勝利に加え、本塁打は30本台と予想する。投手としても打者としても、一流の数字だ。

 「問題はその先。投球に力を入れると打撃が少し落ちて、打撃に力を入れると投球が少し落ちる。どこで折り合いを付けていくかが、すごく難しくなると思う」

ルースに通ずる「打者主体の投手」

 大谷選手とルースの共通点はどこにあるのか。江川さんは、2人について「打者主体の投手」という独特の表現を用いた。「打撃のいい投手」は存在するが、「投手として活躍できる打者」はまれという意味だ。「ルースを現代に置き換えると、大谷さんのようになる」と言う。

 こうした大谷選手の勇姿を見るにつけ、江川さんは「素晴らしい」「見事」という感情に加え、不思議な感覚にも襲われるという。

 「僕のプロ野球の投手としての経験から考えると、大谷さんから疲れが見えないのがすごく不思議。もちろん一番の驚きは数字だが、投打の両方をこなしているとは思えない。『すごい』と同時に『不思議』というのが付いてくる。あれだけすごいことをやっているはずなのに」

 投手でも野手でも、当然ながら調子に波はある。日を追うごとに、とりわけ暑い夏場は疲労が蓄積しやすい。にもかかわらず、今季の大谷がコンスタントに活躍を重ねていることに、江川さんは目を見張る。

 「われわれが想像できないレベルでクリアしているんだと思う。『二刀流だけですごい』『できているから、その先はいい』と言う人もいるが、僕は『なぜこれを続けられるのか』ということに非常に大きな興味がある」

 野茂英雄投手に始まり、イチロー選手や松井秀喜選手がメジャーで大きく羽ばたいた。今もダルビッシュ有投手らが活躍している。一方で、夢半ばにして日本に戻る選手も少なからずいる。

 「子どもたちの憧れにもなった野茂さんやイチローさん、松井さんのように、一つのポジションに特化した選手でもメジャーでやることは大変なのに、さらに両方をやっているのが大谷さん。どこまで体力が続くのか心配でたまらないというのが今の心境」

 ルースの二刀流は、実質的に大リーグ5年目の1918年からの2年間だったとされる。投打両立の負担が大きかったためという。江川さんが当初は「打者か投手に専念を」と提言していたのは、これが理由の一つだ。

 「そこまでできるかなという不安要素の方が大きかった。年間を通して投手でローテーションに入って投げて、打者でフル出場というのは、周りが想像している以上に消耗する。大谷さんはその疲れが見えないばかりか、さらに盗塁まで意欲的にやる。だから米国の人たちもびっくりしている。この先、どうやってルースも苦しんだ疲労面を克服していくか楽しみ」

10年間は二刀流を

 ここから大谷選手はいかに、さらなる進化を遂げていくべきか。

 「もともと打者を中心にしてプレーし、投手もやらせてもらうという形から入った。一方でチームにはローテーションがある。だから他の投手が納得するだけの投球をした上で、自分が疲れた時に休ませてもらうことも若干ある。だから最終的にはローテーションをしっかり守り、ちゃんと打つというのが彼の完成形なんじゃないかな。それで投手でも打者でもタイトル争いをするのが最終目標となるのではないか」

 今季の結果を心待ちにしている。ここまで投打に充実した手応えを得て、今後さらに、どのような目標を設定するか興味が尽きないという。

 「今年が終わって、どういう成績を残しているのかを見るのが、すごく楽しみ。そこから来年はどうやるんだろうと。もっと勝利数を増やしたいと言うのか、一方で昨年46本だった本塁打も50本を狙いたいでしょうし」

 望むのは、投打にハイレベルな姿。それはファンを魅了し、子どもたちの憧れにもなる。

 「僕としては、あと7~8年は続けてほしい。『この年は投球が良かった』『打撃が良かったシーズンはこっちだね』とか言いながら、合計で10年くらい(二刀流を)続けられると素晴らしい。子どもたちのさらなる目標にもなれると思っている」

後世まで伝わる伝説を

 心から願うのは、大谷選手が投手か打者の個人タイトルに輝くこと。先発投手としても打者としても主軸を務める中、最多勝や本塁打王など一つ突き抜けた成績を残してほしいという。おとぎ話のような伝説が後世まで伝わってほしい、という期待感だ。

 「二刀流をやるすごさ、素晴らしさがある中で、野球人としては(各部門の)ナンバーワンを証明するタイトルもすごく大事なもの。『今がすごいからいいのでは』という意見も多いが、のちのち何十年かしても、ルースのように名前が残ってほしい。『大谷はメジャーで最多勝を取った時に、本塁打も35本打っていたんだよ』とか、『50本も打ってメジャーの本塁打王になった時に、投手として15勝もしていたんだよ』とか、そうやって話に花が咲く。今、われわれがルースの伝説的な話をしているのと同じ。ぜひ達成してほしい」

 投打に別次元の大谷選手と、もし対戦がかなうなら―。快速球と落差のあるカーブで鳴らした江川さんは、希代のスラッガーをどう攻めるか。野球人としての熱い本能と、解説者としての冷静な視点を持ち出し、こう語った。

 「今は沈む球が主流。球数制限がある中で三振を取りにいくより、ゴロでアウトを稼ぐのが大リーグ。打者は低め狙いのアッパースイングになってきているから、大谷さんを攻めるとすると高めのフォーシームがカギかな。投げてみたいなあ(笑)」

◇ ◇ ◇

 江川 卓(えがわ・すぐる) 1955年5月25日生まれ。福島県出身。栃木・作新学院高時代、浮き上がるような快速球を軸に73年春の選抜大会で準決勝敗退ながら今も大会記録として残る通算60奪三振。「怪物」と呼ばれた。同年夏の甲子園は2回戦で雨中の延長十二回、押し出し四球でサヨナラ負け。阪急にドラフト1位で指名されたが、法大に進学。東京六大学リーグ歴代2位の通算47勝を挙げた。77年にクラウンライターの1位指名を拒否。翌78年に阪神の1位指名を受けた後、79年1月に小林繁投手との電撃トレードで巨人入り。80年から2年続けて最多勝のタイトルを獲得し、20勝した81年はリーグ優勝、日本シリーズ制覇に貢献。最優秀選手にも選ばれた。87年に現役引退。9年のプロ生活で通算266試合に登板して135勝72敗3セーブ、防御率3.02。長く野球解説者を務め、現在はユーチューブの公式チャンネル「江川卓のたかされ」で野球解説などの動画も投稿している。

(2022年8月16日掲載)

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