かつて1日の大半をゲームに費やし、全国1位プレーヤーになったこともある医師がいる。家庭医療の専門医で、eスポーツドクターとしても活動する阿部智史さん(35)だ。ゲームに没頭しすぎて大学受験に失敗し、高卒フリーターとしてファミレスや倉庫で働いていたころを「闇の時代」と振り返る。「ゲーマー医師」の人生には、どのような転機があったのだろうか。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
出会いは幼稚園
東海大医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)の総合内科で診療に携わる傍ら、同市内のクリニックで院長も務める阿部さん。メールで取材を申し込むと、「ぜひお話したい」と返信があり、2022年8月8日夜、オンラインインタビューが実現した。記者とはほぼ同世代で、少年時代にどんなソフトで遊んだか、さっそく思い出話に花が咲いた。
阿部さんがゲームと出会ったのは幼稚園児のころ。両親に買ってもらった家庭用ゲーム機の対戦型パズルゲーム「ぷよぷよ」に夢中になった。小学生になると、4人で対戦できるゲーム機で友だちと遊ぶことが増え、「負けた子は待っている子と交代するルールだったので、強くなりたいと自然に思うようになった」と話す。
中学生時代は「1日1時間まで」という言い付けを守れず、親にゲーム機器を隠されたこともあった。高校生になっても級友と毎日のように競い合い、ゲーム熱は高まるばかり。大学受験間際になっても勉強に本腰が入らず、志望していた有名大医学部はいずれも不合格だった。
「闇の時代」乗り越えたきっかけは…
受験失敗からおよそ2年。睡眠時間を削り、1日12時間以上をゲームに費やす「闇の時代」が続いていたある日、アルバイト先のファミレス店長から「そろそろ正社員にならないか」と誘われた。当時、大会で優勝するほど熱中していたオンライン対戦ゲームもサービスを終了してしまい、「ずっと目を背けていた問題に目を向けざるを得なくなった」という阿部さん。インターネット掲示板「2ちゃんねる」(当時)で、先延ばしにしてきた進路の悩みを打ち明けると、こんな返信があった。「君はまだ若いんだから、なんでもできるよ」
阿部さんがよくアクセスしていたのは、2ちゃんねるの中でも、無職やフリーターだったり、「自分はだめだ」と感じていたりする人が集まる掲示板だ。「なんでもできる」と返信をくれた人は「就職氷河期」世代で、リストラされたばかりだと書き込んでいた。
同じように人生に悩む人からの励ましが阿部さんを変えた。ゲームの時間を全て勉強に充てることを決心し、どの科目をどれだけ勉強したか、定期的に2ちゃんねるで報告することに。「どうせ無理だ」と、からかう投稿も多かったが、何人かは「よく続けてるな」「大丈夫だ」と応援してくれた。目標が定まると、ゲームをしたい気持ちは不思議と抑えることができた。
匿名の応援に背中を押され、2009年、東海大医学部に合格。在学中は再開したゲームと勉強を必死で両立させ、複数のソーシャルゲームで個人ランキング全国1位、2位という結果を残しながら好成績を維持した。「ゲームが『悪者』なのではなく、やるべきことを放棄してしまうのが問題。ゲームを悪者にしていたのは、のめり込んでいる自分自身だった」。医師国家試験に無事合格したのも、ゲームイベントで準決勝に進出した2カ月後のことだったという。
ゲーマー医師として
念願の医師になり、17年に同県大磯町で開かれた国際マラソン大会では、ゴール直後に倒れて心肺停止状態に陥った男性を救命するなど、実績を重ねていった。eスポーツ大会で急病人対応や選手の健康チェックなどを担った際、「ゲーム知識を持つ医師の需要がある」と感じ、21年4月、医師仲間と一般社団法人「Dr.GAMES」を設立。eスポーツ選手の健康管理、ゲーム依存を防ぐための出前授業などを行う団体といい、阿部さんは「大好きなゲームを『悪者』にしてしまわないよう、自分の経験を生かして活動していきたい」と話す。
ゲーマーとしての知識や経験は、思いがけないほど医療に生かせているという。ストレスから腹痛を訴える子どもの心をほぐしたり、家に引きこもってゲームに逃避していた人の心の問題を読み解いたり。「ゲームという共通の話題があると、多くの患者さんに心を開いてもらえる」と語る。
親になったゲーム世代
阿部さんはゲーム漬けだった日々を「闇の時代」と呼んだが、ゲームは子どもの学力低下や生活が乱れる原因として、やり玉に挙げられることが多い。22年4月に行われた「全国学力テスト」(全国学力・学習状況調査)では、文部科学省が、1日のゲーム時間が長いほど各教科の平均正答率が低い傾向にあったと発表。SNS上で「時間を費やすほど成績が悪くなるのは部活やスポーツも同じ」「ゲームだけが悪者にされている」などと反発の声が上がった。
家庭用ゲーム機が爆発的に普及して30年以上が経過し、当時遊び過ぎて叱られた子どもたちも親世代となった。かつての自分を振り返り、夢中になって生活が乱れ始めたわが子に、どう言葉を掛けるべきか悩む人も多いだろう。「生まれたばかりの長男に何歳からゲームを解禁するか迷っている」という阿部さんに対処法を聞いてみた。
阿部さんは「子どもが遊んでいるゲームがどんなものか分かっていないのに、親がルールを押し付けても逆効果。もし時間をかけてたどり着いた大事な局面でゲームを取り上げたら、親への信頼は崩れてしまう」と警告。子どもがゲームにのめり込み過ぎていると感じたら、まずはそのゲームを親もプレーしてみることを勧めた。
経験上、学校や家庭でストレスを抱えている子にとって、ゲームが精神的に安定を保つ逃避先になっていることは多いのだという。「そうした子どもからゲームを取り上げても、勉強するわけではない。プレーを我慢しようと思える目標を、子ども自身が立てなければ意味がない」と強調した阿部さん。「ゲームは楽しいものだが、はまりやすく作られている。ゲームを教材に、親子で欲求のコントロール方法を学んでほしい」と呼び掛けた。(2022年8月20日掲載)