想像かき立てる魔法の力
魔法界を危機から救ったハリー・ポッターが、大人になって直面する新たな試練。世界的人気ファンタジー小説シリーズ初の舞台化作品で描かれるのは、いつの時代にも、どんな世界にもある一筋縄ではいかない親子の関係性だ。目の前のステージで繰り広げられる多彩な“魔法”が想像をかき立て、作品の根底にある普遍的な人間ドラマを刺激的な演劇体験に高めている。(時事通信編集委員 中村正子)
物語は、ハリーが闇の魔法使いヴォルデモートを倒した「ホグワーツの戦い」の19年後に始まる。ハリー(藤原竜也)は37歳の魔法省の役人となり、3人の子どもがいるが、手本とすべき父親を知らずに育ったため、反抗的な次男アルバス(福山康平)とうまく向き合えない。一方、ホグワーツ魔法魔術学校に入学したものの落ちこぼれ気味のアルバスにとって、魔法界のヒーローである父の存在は重荷だ。
ハリーと対立していたドラコ・マルフォイ(宮尾俊太郎)の息子スコーピウス(斉藤莉生)もまた、親子関係の悩みを抱えていた。アルバスとスコーピウスは父親たちの意に反して仲良くなり、ハリーの「過去の過ち」を直そうと、ある計画に乗りだすが…。
シリーズ原作者のJ.K.ローリングが、脚本のジャック・ソーン、演出のジョン・ティファニーと共に作り上げたオリジナルストーリーは、「9と3/4番線」「組み分け帽子」など、ハリー・ポッターの世界観に欠かせないモチーフをちりばめながら、親子関係をめぐる葛藤とアルバスとスコーピウスが育む友情をうまく重ね合わせて描いているのが印象的。物語を彩る魔法も、イリュージョンなどの仕掛けに頼り過ぎないのがいい。俳優の身体表現や舞台美術の工夫などのアナログな手法が、かえって舞台ならではの魔法の魅力につながった。
日本版の公演が行われている東京・赤坂ACTシアターは丸ごと〝ハリー・ポッター仕様〟に改修され、客席内に足を踏み入れると、ホグワーツ特急の出発地であるキングス・クロス駅の駅舎のアーチをモチーフにした簡素で美しい舞台美術が目を引く。演劇体験は開演前から始まっているのだ。暗めの照明や音響が生み出すミステリアスな空気感に加え、俳優たちが効果音に合わせてマントを翻す動作が呪術的ムードを醸す振付・ステージングも効いている。
この日ハリーを演じた藤原は、厳格というより悩める不器用な父親を演じて真実味があった。アルバス役の福山と、これがプロデビューとなるスコーピウス役の斉藤は、どちらも少年らしい初々しさが物語の鍵を握る役どころにうまくはまっていた。長身の宮尾はキレのある動きで陰のあるドラコを体現してみせた。ハリー役はほかに石丸幹二、向井理が配役され、藤原の出演は9月末まで。その他の役も複数キャストで演じられる。
ロンドンで2016年に開幕した時は2部制で上演時間が合計6時間近くあり、その後3時間40分にまで短縮された。それでも演劇作品としては長い方だが、スピーディーな展開で飽きさせない。日本の演劇界は興行サイクルが短く、無期限ロングランは劇団四季以外ではまだまだ少ない。思い切った挑戦だ。大人も子どもも楽しめる今作品が今後、観劇人口の広がりなどにどんな成果をもたらすか見守りたい。
(2022年9月6日掲載)