中国でこのところ、原因のはっきりしない高官の急死が相次いでいる。秋の第20回共産党大会を前に綱紀粛正のため「反腐敗闘争」が強化され、汚職の嫌疑をかけられた党・政府幹部が心理的重圧から自殺に追い込まれた可能性がある。(時事通信解説委員・西村哲也)
党規律検査委の恐怖
7月上旬から、河北省の副省長(副知事に相当)と公安庁長(警察本部長に相当)を兼ねていた劉文璽氏、甘粛省党委員会の周偉秘書長、遼寧省大連市副市長の曽兵氏が突然亡くなった。劉氏と周氏は次官級の高官だった。
また、党中央規律検査委は同月28日、肖亜慶工業・情報化相を規律・法律違反の疑いで取り調べていると発表。翌29日付の香港各紙によると、肖氏は連行される際に自殺を図ったが、未遂だったという。
天津市では4月に廖国勲市長(閣僚級)が急死。そのほか、上記の劉氏の上司に当たる河北省党政法委の趙革書記についても、5月以降、死亡説が流れている。
廖、劉、周の3氏はいずれも公式メディアで「病気のため、不幸にも他界した」とされている。過去の例から見て、「不幸な他界」は自殺のケースが多い。
社会主義体制の中国では、共産党の規律検査委が官僚の不正摘発で警察や検察より大きな超法規的権限を持ち、しかも、政治的思惑で動くことが多いため、非常に恐れられている。その調査対象になった高官が絶望して自ら死を選ぶことはたまにあるが、これほど立て続けに死者が出るのは珍しい。
非主流派に打撃
河北省の警察トップだった劉氏は今春、中央規律検査委の公安省担当幹部から河北省に転任したばかり。習近平国家主席(党総書記)は自らの権力基盤を強めるため反腐敗闘争で警察の粛清に特に力を入れているが、劉氏の異動は形式上、栄転・昇進だった。
劉氏が死亡したのは7月3日で、習派の王小洪公安次官が公安相に昇格した9日後。公安相を退任した非習派の趙克志氏は元河北省トップ(党委書記)で、同省に一定の影響力を持つとみられる。習氏最側近の一人といわれる王氏の権力強化が反腐敗の対象拡大につながったとも考えられる。
甘粛省指導部の幹事長に当たる要職にあった周氏も6月に就任したばかりだった。市レベルの幹部からの抜てきで、省党委書記の尹弘氏から高く評価されていたようだ。5月には同省の党大会代表(代議員に相当)に選ばれていた。
尹氏は長年、上海市政府で勤務。現最高指導部の一員である韓正筆頭副首相(党政治局常務委員)が同市長だった頃に市政府副秘書長、市党委書記だった頃に市党委秘書長を務めた。江沢民元国家主席派の中核を成す「上海閥」出身と思われる。
59歳という年齢と閣僚級ポスト2回のキャリアから言って、尹氏は党大会を機に閣僚級より上の「党・国家指導者」に昇進する資格があるが、自分が番頭役として重用した人物の「不幸な他界」は、尹氏にとって大きな打撃となった。
閣僚級以上の大物も標的に?
反腐敗で失脚した肖工業相は、警察や検察などの治安関係機関を統括する党中央政法委の郭声コン(王ヘンに昆)書記と同様、国有大企業・中国アルミニウムの経営者出身。郭氏の後を追うようにして2009年に政界へ転じ、国務院副秘書長(官房副長官に相当)に就任した。張徳江副首相(後の全国人民代表大会常務委員長)の秘書役だったといわれる。
郭、張の両氏はいずれも江派の大幹部。郭氏については、江派の有力長老で元国家副主席の曽慶紅氏の親戚という説もある。
過去1年の反腐敗闘争では習派の中心である「之江新軍」(浙江省人脈)に属する浙江省杭州市党委書記や河南省鄭州市党委書記(元杭州市長)が失脚。また、習氏の対少数民族強硬路線を忠実に実行した新疆ウイグル自治区党委書記が更迭され、習氏のロシア重視外交で重要な役割を果たしていた筆頭外務次官が他官庁に追放されるなど、習派は人事面であまり良いところがなかったが、党大会が迫ってきたことからようやく巻き返しに転じたようだ。
香港親中派のメディア関係者は直近の情勢について「習派と非習派の刺し合いだ。前者がやや有利なように見える」と解説した。
習派は非習派の閣僚・次官級だけでなく、党・国家指導者級の大物を反腐敗で狙っている可能性もある。そのクラスを1人でも打倒できれば、政局の主導権確保に大きく寄与するが、その成否は習氏の政治力にかかっている。
(2022年08月04日掲載)