ドウデュースとともに凱旋門賞ヘ
日本競馬界の第一人者に新たな勲章が加わった。5月29日に行われた競馬の祭典、第89回日本ダービー(GⅠ、芝2400メートル、東京競馬場)で、単勝3番人気のドウデュースに騎乗した武豊騎手(53)=栗東・フリー=が6度目の優勝。自身が持つ日本ダービーの最多勝記録を塗り替え、最年長優勝記録も36年ぶりに更新した。デビューからコンビを組む相棒の手綱を取って、秋には世界最高峰レースの一つ、凱旋(がいせん)門賞(GⅠ、芝2400メートル、パリロンシャン競馬場)に挑戦する。(時事通信運動部 西村卓真)
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ドウデュースは1番人気だった4月の皐月(さつき)賞では、後方からの追い上げも及ばず3着。最後の600メートルで出走馬最速の猛追を見せたものの、ペースが緩んだ前半の展開が誤算だった。
しかし、日本ダービーは一転して1000メートルの通過が58秒9の速い流れ。これがドウデュースに味方した。武騎手によれば、「思った以上にいい位置」。有力馬を前に見ながら、後方からリラックスして追走した。
直線一気でレース記録
最後の直線を迎えたところでゴーサインを出すと、一気に加速。「しびれるような手応え。反応が良過ぎた」。予想以上に早く先頭に立ったドウデュースは気を抜くそぶりも見せたが、追いすがるライバルを首差で振り切り、レースレコードを0秒6も塗り替えた。
2歳時の昨年に3戦3勝。12月の朝日杯フューチュリティステークス(芝1600メートル、阪神競馬場)でGⅠを制覇し、最優秀2歳牡馬に選ばれた。年明けからダービーまでの2戦は惜敗続きだったが、友道康夫調教師は「自信はあった」と言う。地力の高さと精神面の強さを信頼し、調教師として現役最多のダービー3勝目を挙げた。
響く「ユタカコール」、史上初の50代V
新型コロナウイルス対策による入場制限がさらに緩和され、6万人超が詰め掛けた東京競馬場。ドウデュースがウイニングランで正面スタンド前に戻ってくると、観客からは大きな拍手とともに「ユタカコール」が自然と湧き起こった。「ダービーでこの景色は久しぶりだったので、やはり最高ですね。ジョッキーとしてこれほど幸せな瞬間はない」
29歳だった1998年にスペシャルウィークで初制覇。それから30代で3勝、40代で1勝し、史上初めて50代での勝利を挙げた。「何度勝っても夢がかなった気持ち。感無量です」。中央競馬のGⅠ79勝を誇る名手でも、やはりダービー制覇は格別だった。
キズナで復活、それから9年
苦しい時期もあった。2010年3月にレースで落馬し、左肩と腰椎を骨折。約4カ月の休養を経て復帰したものの、なかなか結果を残せなかった。騎乗機会も減少。年齢的な衰えもささやかれた。
雌伏の時を経て再び最高峰の頂点に立ったのが、13年のダービー。11年に起きた東日本大震災からの復興への合言葉だった「絆」が馬名の由来であるキズナに騎乗して、会心のレースを披露した。そのレース後のインタビューで「僕は帰ってきました」との言葉を残した。復活を印象づけた優勝から9年。当時勝った時との違いを問われると「また帰ってきたな、と思いましたね」と言い、記者会見場は笑顔に包まれた。
支えた盟友と掲げた「夢」
ドウデュースの松島正昭オーナーは「武豊と凱旋門賞で勝つこと」を目標に掲げて馬主になった。武騎手は「馬主になられる前からバックアップしてもらった。一緒にビッグレースで勝てたらいいねと話していて、本当に夢がかなった」。昨年暮れの朝日杯フューチュリティステークスで実現すると、今度は国内最高峰の舞台を制した。
レース後、松島オーナーは「夢のよう」と興奮冷めやらぬ様子だった。絆で結ばれた二人に、有力馬で巡ってきたチャンス。武騎手は「この馬に初めて乗った時から可能性を感じていた。何とかそれに応えたい気持ちが強かった」と充実感に浸った。
再び凱旋門賞へ
数多くの記録を打ち立てる武騎手でも、まだ手にしていないタイトルが凱旋門賞の制覇だ。無事に遠征が実現すれば、10度目の参戦となる。初めて凱旋門賞に挑んだのは1994年。その後、ディープインパクトやキズナなどに騎乗し、昨年はアイルランド調教馬のブルームで臨んだ。最高着順はフランス調教馬のサガシティに騎乗した2001年の3着だ。
日本調教馬はこれまで、世界の厚い壁に跳ね返され続けてきた。欧州の競馬場は起伏の激しいコースが多い。速いタイムの決着になりがちな日本の馬場とも異なり、スタミナとパワーが求められる。
既に欧州の主要国でもダービーが行われ、強敵が続々と現われている。乗り越えるべきハードルは多いが、「(ドウデュースは競走馬としては遅い)5月生まれで、同じ3歳世代の中では若い。まだ強くなる」。レジェンド・ジョッキーとダービー馬が日本競馬界の悲願を成し遂げるか。秋が近づくにつれ、周囲の期待も自然と高まっていきそうだ。
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ドウデュース 父ハーツクライ、母ダストアンドダイヤモンズの血統。生産牧場は北海道安平町のノーザンファーム。松島正昭オーナーは「武豊と凱旋門賞で勝つこと」を目標に掲げ馬主になる。馬名は「する(Do)+テニスやバレーボールなどのDeuce(勝負が決する目前)」を意味する。栗東・友道康夫厩舎(きゅうしゃ)所属。
武 豊(たけ・ゆたか) 京都府出身。1987年に中央競馬で騎手デビュー。同年に当時の新人最多勝利記録を樹立し、最多勝利新人騎手を受賞。以降も数々の記録を打ち立て、競馬のイメージそのものを変えた第一人者。2005年にディープインパクトで無敗での3歳クラシック三冠を達成。2018年には前人未到の通算4000勝に到達した。交友関係も広く、プロ野球阪神の藤浪晋太郎投手は武騎手がプロデュースするジムで練習することもある。父は騎手、調教師で活躍した故邦彦さん。弟の幸四郎さんは元騎手で現調教師。身長170センチ。
◇日本ダービー年長優勝騎手(騎乗馬名)
2022年 武 豊(ドウデュース) 53歳2カ月
1986年 増沢末夫(ダイナガリバー) 48歳7カ月
2014年 横山典弘(ワンアンドオンリー)46歳3カ月
1979年 松本善登(カツラノハイセイコ)45歳11カ月
1989年 郷原洋行(ウィナーズサークル)45歳4カ月
◇武豊騎手の日本ダービー制覇
1998年 スペシャルウィーク 1番人気
99年 アドマイヤベガ 2番人気
2002年 タニノギムレット 1番人気
05年 ディープインパクト 1番人気
13年 キズナ 1番人気
22年 ドウデュース 3番人気
◇武豊騎手の凱旋門賞成績
1994年 ホワイトマズル(英)6着
2001年 サガシティ(仏) 3着
06年 ディープインパクト 失格
08年 メイショウサムソン 10着
10年 ヴィクトワールピサ 7着
13年 キズナ 4着
18年 クリンチャー 17着
19年 ソフトライト(仏) 6着
21年 ブルーム(ア) 11着
(英は英国馬、仏はフランス馬、アはアイルランド馬)
(2022年6月17日掲載)