鈴木賢「台湾同性婚法の誕生―アジアLGBTQ+燈台への歴程(みち)」(日本評論社)【今月の一冊】

2022年06月18日12時00分

台湾はなぜ“アジア初”を実現できたのか

 近年、台湾のソフトパワーが世界的に注目されている。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)では、ITを駆使した感染症対策を矢継ぎ早に講じ、抑え込みに成功したことは記憶に新しい。本書は、その台湾が2019年に、アジアで初めての同性婚法を実現するまでの長い道のりを記録したこん身の1冊だ。(時事通信前台北特派員 佐々木宏)

同性婚制度化への橋頭堡になるか 違憲判決の行方

 著者の鈴木賢氏は、明治大法学部教授として教壇に立つ傍ら、LGBT(性的少数者)当事者の立場から日本で同性婚を推進するアクティビストとして知られる。法学者(台湾法と中国法専攻)としての知見はもちろんのこと、台湾の同性婚推進団体などとの長年にわたる交流を通じたフィールドワークも豊富だ。鈴木氏ほど本書を著すのにふさわしい人物は日本においてほかにいないだろう。

 台湾が同性婚法を実現する前から、LGBTフレンドリーであることは日本でもよく知られている。「非典型的なジェンダーを生きる」(鈴木氏)オードリー・タン(唐鳳)氏がデジタル行政担当の政務委員(閣僚)という政府要職に就き、毎年10月に台北で開催されるアジア最大のLGBTパレードには、10万人規模の参加者が世界中から集まる。意外かもしれないが、台湾はその実、典型的な儒教社会である。最たるものが家父長制であり、亡霊のように島を覆ってきた。異性愛主義は日本と同様、台湾における初期設定だった。

 中国大陸から台湾に持ち込まれた家父長制は、LGBTを長い間苦しめてきた。本書でも繰り返し指摘するように、特にゲイ男性においては台湾で生きることは過酷である。多くの男子は生まれながらにして家督を継ぐことを強いられ、数々のプレッシャーにさらされる。両親にカミングアウトするなどもってのほかだ。親から結婚を迫られて仕方なく結婚し、結婚したらしたで今度は子孫を残すよう求められる。自分らしさを否定された人生を生きる悲劇は、繰り返し再生産されてきた。

 同性婚の実現に向けた第一歩は、社会に確かに存在しているが、いないものとして扱われてきた同性愛者の可視化である。台湾では、ゲイ男性によるひとりぼっちの闘いが後に、大きな運動として花を開いた。本書では、同性愛者の存在を私的領域から公的領域に引き出す「パブリック化」を経て、アンチ同性愛運動による揺り戻しという挫折も経験しながら、「婚姻平権(婚姻平等化)」を実現するまでの過程を広範な角度から丁寧に描いた。その道程は、独裁体制から民主化を実現してもなお進化を続ける台湾の現代史そのものである。

 翻って台湾と同様に儒教的価値観が幅をきかせる日本はどうか。近年、LGBTやダイバーシティという言葉は確かに市民権を得たが、同性婚実現に向けた議論からはほど遠い状況だ。

 同性愛者が結婚という権利から排除されている状況は憲法違反だと台湾の司法部門は判断し、同性婚の法制化を決定づけた。日本では往々にして、社会のために個人が我慢することが美徳とされ、個人の権利を主張することは悪徳である。こうした価値観が、日本のLGBT当事者を同性婚議論から遠ざけているのではなかろうか。自己に対する権利意識が希薄であれば、他者の権利を尊重することも難しい。この結果がしばしば指摘される日本人の人権意識の低さとなって表れるのだろう。

 本書では、台湾が同性婚を実現できたターニングポイントとして、同性愛者の可視化の過程で(1)LGBTQ+を表す「同志」(2)単に男女の性別を示す日本語より広い概念である「性別」(3)婚姻平権ーという三つの「オリジナルな華語(中国語)」(鈴木氏)を発明したことに加え、16年の政権交代により、リベラル政党を標榜(ひょうぼう)する民進党が与党に返り咲いたことなどを挙げる。その半面、政党や行政は同性婚実現に概して消極的であり、法制化を最終的に決定づけたのは司法だったという事実も改めて浮き彫りにした。

 ロシアのウクライナ侵攻により、「台湾有事」が現実のものとして意識される中、「台湾という政治体のサバイバル戦略の一環」として人権尊重に力を入れる蔡英文政権が、同性婚を推進したという著者の観点は説得力がある。台湾が同性婚法を実現できたのは、「中国ファクターへの反作用力、台湾ナショナリズムとの協働の結果とも考えられるであろう」という論考も非常に興味深い。

 同性婚が民法改正ではなく、特別法の形で実現されたという妥協を強いられたことで、異性間では制限のない外国人との結婚が同性間では制限されるといった課題も残された。異性婚と同じ権利獲得への戦いはなお続いている。

 法施行からちょうど3年が経過した今年5月末までに、台湾では8210組の同性カップルが誕生した。日本の政治家は「わが国の家族のあり方の根幹に関わる問題」(岸田首相)として、同性婚に関する議論を後回しにしているが、著者は「(同性婚は)台湾において伝統家族も家族倫理も崩壊させてはいない」と論じ、日本での早期実現を強く主張する。

 鈴木氏は台湾の同性婚実現を「血みどろの闘争の末に勝ち取られたものであり、権力者からのお恵みでも、天から降ってきた偶然でもないということである」と総括した。その上で、「日本のLGBTQ+も政治のアリーナで闘う覚悟を決めなければならない」と訴える。お隣の台湾が先行実施し、着実に実績を積み上げている今、日本が同性婚の法制化に取り組まない理由はない。

 本書は学術書の域をはるかに越え、同性婚を通じて国家や民主主義のあり方も問うている。同性婚実現を決定づけた17年5月の司法院大法官(憲法裁判所に相当)憲法解釈と同性婚法条文の日本語訳、同性婚実現までの年表も付しており、資料的価値も高い。台湾の後塵(こうじん)を拝することになった日本に多くの示唆を与えるバイブルとなるだろう。

(2022年6月18日掲載)


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