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50歳になった現役のレジェンド「葛西紀明流」トレーニングとは? 小林陵侑を金メダルに導く

まな弟子小林陵侑らと沖縄合宿

 ノルディックスキー・ジャンプ男子の大ベテラン、葛西紀明(土屋ホーム)が6月6日に50歳となった。冬季五輪に8度出場したレジェンドは、今年2月の北京五輪で金、銀メダルを獲得した小林陵侑の所属先で監督を務めながら、現役スキージャンパーとして向上心が尽きない。5月下旬、沖縄県宮古島市での恒例の合宿を報道陣に公開。休憩を挟みながらも、早朝から夜までぎっしりの「4部練習」。小林の五輪金メダルを後押ししたメニューの数々には、葛西が長年の競技生活で培ったアイデアや工夫に満ちていた。(時事通信運動部 長谷部良太)

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 ジャンプ陣の合宿と聞くと、雪山でトレーニングする姿をイメージするかもしれない。しかし、実際には夏場のサマージャンプ大会に向けて5月ごろから温暖な場所で体づくりに励むケースが多い。土屋ホームは、太陽が出れば日中の気温が30度を超える宮古島を拠点に、芝や砂浜の上、時には蒸し暑い体育館で汗を流す。

 主な狙いは、冬の厳しいシーズンを戦い抜く体力を養うこと。葛西は言う。「毎年、宮古島では持久力をつけるトレーニングをしている。ビーチバレーやバレーボール、バドミントン、テニス、サッカーも取り入れながら」。球技をやる理由は、持久力の向上とともに反射神経や判断力を研ぎ澄ますため。屋外競技のスキージャンプは、風や降雪などの自然との闘いでもある。一瞬の判断ミスが大けがにつながりかねない。瞬時に最善の選択ができるよう、さまざまな競技を通じてトレーニングしている。

早朝から夜までの「軽いトレーニング」

 合宿が公開されたのは5月23、24の両日。23日は、まず午前6時45分からビーチ上で20分ほどのランニング。直後の10分間を、青い海と向き合い、波の音を聞きながらのイメージトレーニングに費やした。葛西は、小林には「W杯総合連覇」、女子の伊藤有希には「W杯優勝」、他のメンバーには「国内で活躍し、W杯メンバーになる」と、それぞれに合った具体的な目標をイメージさせるよう指示を出している。

 朝食後の午前9時、本格的に動き始める。リフティングやバレーボールで体を温めると、2本のヤシの木にくくりつけたベルト器具を使った「スラッグライン」でバランス感覚や体幹を鍛える。さらに「ローラー」と呼ばれる車輪付きの板に乗り、助走や踏み切りの感覚を養った。昼食や取材対応を挟み、午後3時から砂浜でビーチバレーを行った後は、そのまま砂の上でジャンプ力を鍛える動作を繰り返した。ハードなメニューを終えると、葛西らはまだ冷たさを感じる海に入り、体を冷やした。

 まだ終わりではない。夕食後の午後7時半には雨の中、ホテル外の屋根の下で縄跳びが始まった。通常の前跳びは1500回、二重跳びは200回、三重跳びは100回。息を切らしながらも、1時間ほどかけてほとんどのメンバーがメニューを消化。ようやく、長い一日が終わった。

 ただし、これらは葛西いわく「一番軽いトレーニング」。合宿の後半には、有酸素運動と筋トレを組み合わせた「サーキットトレーニング」や、陸上のトラックで何十本もダッシュをする「インターバルトレーニング」が加わる。息も絶え絶えになり、葛西によると「みんな地獄のような顔になる」ほどハードな内容。きつい練習を合宿後半に実施する理由は、長い期間の中で、モチベーションが下がらないようにするためでもある。

マイペースが「陵侑流」

 報道陣に公開された2日間は、合宿の前半だった。この間、小林はメニューを全て消化しないこともあった。他の選手が縄跳びをする間は、1人だけヨガマットを敷いて腹筋などを繰り返していた。ウエートトレーニング中も、休憩時間を長く取っていた。単に力を抜いていたわけではなく、明確な理由があった。

 「毎年、この合宿ではやり過ぎてしまうので、そこだけは気をつけたい。(けがなどを)引きずって練習できないとか、そういうことがないように。節度を持ってやっていきたい」。北京五輪の大活躍によりオフシーズンはテレビ出演などで多忙を極め、ほとんど体づくりができていなかったという。だからこそ、負荷を抑えた動きにとどめていた。指示されたメニューを何も考えずこなすのではなく、自分に合ったペースで進められるようになったのも、一つの成長と言える。

 それでも、朝のランニングではチームの先頭を引っ張る場面もあり、腹筋、背筋などのトレーニングでは葛西とペアを組み、励まし合いながら限界まで体を酷使した。日本のエースとして、自覚や意欲が見て取れる。

メニューに込められた意図

 トレーニング内容は厳しいものの、チームの6人は冗談を言い合いながら、リラックスした雰囲気で時間を過ごしていた。ビーチバレーなどは、一見すると遊んでいるように見えるかもしれない。だが、そこにも確固たる意図がある。合宿メニューの考案者である葛西が説明する。

 「ビーチバレーは砂の上でやるから、足が取られやすい。一瞬の判断でボールに追い付いたり、相手が打ちやすいところにトスできたりする人は、なかなかいない。今回のメンバーでも、ちゃんとレシーブやトスができるのは、僕と陵侑しかいない」

 スラッグラインやローラーも同様だ。「スラッグラインはバランス感覚や体幹の全部を鍛えられる。終わった後はすごく息切れするし、1500メートルを走った後くらい、きつい。ジャンプはリズムと流れが大事。ローラーが進む中で下に(体重を)伝えながらタイミングよく飛ぶという、瞬発力のトレーニングになる」

 近年は、宮古島合宿の終盤に地元のビーチバレー大会に出場するのが恒例。真剣勝負の舞台があれば、練習にもより身が入る。メンバー全員が大会に出場するからか、ビーチバレーの練習は他のメニューよりも気合が入っているようにも見えた。

なぜ50歳で競技を続けられるのか

 今回の取材対応時、葛西は50歳の直前。他のメンバー5人はいずれも20代だが、合宿では葛西の動きの良さが目立った。リフティングで足のあらゆる部位を使って起用にボールを操り、ビーチバレーでは攻守で活躍。公開2日目に行われたウエートトレーニングでは、汗びっしょりになりながらも最後まで重りと格闘していた。10代の頃から世界で戦い、41歳で出た2014年ソチ五輪では個人ラージヒルで銀、団体でも銅メダルを獲得。最近は「なぜその年まで競技を続けられるのか」と問われることが増えたが、元来の身体能力の高さに加え、日頃から人一倍の努力ができることが、その答えだろう。

 葛西は昨シーズン、調子が上がらず北京五輪代表入りを逃したが、1月下旬の国内大会で優勝。W杯メンバーの返り咲きに向け、再び意欲的に取り組んでいる。

 土屋ホームの合宿は、世界中のジャンパーから尊敬される存在になった葛西が、長い年月をかけて試行錯誤の末にたどり着いたトレーニング方法が詰め込まれている。そんな葛西を慕う、五輪3大会出場の竹内択が率いる「チームtaku」も今回の合宿に参加。葛西と同じくW杯メンバーへの復帰を目指している35歳の竹内は、「葛西さんを見ていると、改めて(大事なのは)気持ちだなと思う。気持ちの面で『無理だ』と思わないようにしたい」と刺激を受けていた。

(2022年6月7日掲載)

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