自民党は7月10日に投開票された参院選で、改選過半数の63議席を得る大勝をし、岸田文雄首相の政権基盤は強化された。次なる政局の焦点は、首相の自民党総裁の任期が切れる2024年9月の総裁選。いかに再選への環境を整えるか。首相は常時、「2年後」を意識して政権運営に当たるとみられる。(時事通信解説委員長 高橋正光)
安倍氏不在、変わるパワーバランス
投開票日の2日前、安倍派(93人)を率いる安倍晋三元首相が銃撃されて死亡する衝撃的な事件が発生した。民主主義に挑戦する卑劣な犯行に、怒りと悲しみがなお渦巻くが、政治的には、最大派閥の領袖が政治の舞台から退場したことを意味する。参院選を経て、岸田政権は「安倍氏不在」で再スタートした。
岸田政権は、第2派閥の茂木派(54人)、第3派閥の麻生派(49人)、第4派閥の岸田派(44人)が主流派として主に支える。これに対し、政権に最も距離を置く(非主流派)のが、菅義偉前首相を中心とする無派閥議員のグループ、第5派閥の二階派(42人)、第6派閥の森山派(7人)。安倍派はこの中間に位置するのが、現在の岸田政権の権力構図だ。
また、安倍氏は最大派閥を率いるだけでなく、党内外の保守層から強い支持を得ていた。こうした力をバックに、経済・財政や安全保障などの分野で岸田政権に注文。首相に正面から政策要求を突きつける唯一の存在で、安倍氏に近い派閥幹部は「自分以外に言う人がいないとの思いからだろう」と胸中を解説していた。
首相にとっては、安倍氏を敵に回せば政権は一気に不安定となり、2年後の総裁再選も容易ではない。かといって、主張を全て受け入れれば、自身の指導力を問われ、高い内閣支持率が低下しかねない。こうした事情から、首相はある時は安倍氏と妥協、ある時は退けるなど、調整に腐心。参院選が終われば、23年度予算案を編成する年末に向けて、両氏の綱引きが激しさを増すとみられていた。
安倍氏の死が、政権運営にどういう影響を及ぼすかは現時点では見通せない。ただ、安倍派内に、衆目の一致する後継者がいないのは事実。同派は当面、会長を置かず、幹部による集団指導体制で運営される見通しだが、結束が弱まるのは避けられそうにない。「数」を背景とした影響力は低下するだろう。
一方、首相は参院選大勝で、昨年10月の衆院選に続き、「国民の信任」を得た。国政選挙2連勝の実績は重い。長い目で見れば、安倍氏の不在は、首相の力が増す方向に作用することになろう。
難題山積の「黄金の3年」
参院選を乗り切った首相は、衆院を解散しない限り、衆参選挙が3年間なく(補選を除く)、選挙を気にせずに政策課題に専念できることになった。政界では「黄金の3年」と指摘する声もある。首相自身は7月11日の記者会見で、「課題が山積している。『黄金の3年間』との考え方は全くない」と述べ、緊張感をもって懸案解決に取り組む姿勢を強調した。
実際、首相が言うように、課題山積の状況だ。エネルギーや食料品を中心とした価格の上昇、新型コロナウイルス感染の急拡大、昨年9月の総裁選で掲げながら、いまだ「計画」段階の「成長と分配」の好循環による国民の所得・給与の引き上げ、戦略、予算両面での防衛力の強化…。首相は年末に向けて、具体策をまとめ、実行に移すことを迫られている。結果を出さなければ、参院選で示された国民の政権への期待は失望に変わり、内閣支持率は低下するだろう。首相の指導力がいよいよ問われる段階に入ったと言えよう。
内閣改造に注目
無派閥の菅氏がコロナ対応で国民の支持を低下させ、総裁再選断念に追い込まれたことから分かるように、第4派閥の領袖に過ぎない首相が2年後の再選を目指す上で必要なのは、まずは高い内閣支持率を維持することだ。常に「結果」を出し続け、国民の支持をつなぎ留めておくことが欠かせない。
二つ目は、対抗馬の芽を摘むこと。その点で、強力な武器になるのが人事権だ。もし、安倍派がまとまって独自候補を擁立したり、対抗馬を支持したりすれば、首相の再選は一気に流動化しかねない。また、安倍氏不在という新たな政治環境の下、菅氏や二階俊博元幹事長ら非主流派の実力者の動きも、首相には不安だろう。首相は8月中にも行う内閣改造・党役員人事で、安倍派をどう処遇するのか、非主流派にも配慮するのか。首相の判断に党内の関心が集まっている。
首相は14日の記者会見で、歴代最長の在任期間やその間の実績を考慮し、安倍氏の葬儀を秋に「国葬」として行うことを明らかにした。首相経験者の国葬は、サンフランシスコ講和条約に調印した吉田茂氏以来で、戦後2例目。安倍氏に次ぐ在任期間で、沖縄返還を成し遂げた佐藤栄作氏は「国民葬」だった。首相の判断には、安倍派や保守層を意識した面もあるとみられる。
さらには、総裁選との絡みで、解散のタイミングを探ることも予想される。衆院選から2年が過ぎると、いつでも解散があり得るというのが政界の常識。23年10月末で衆院議員の任期は後半に入る。首相が同年秋から総裁選が実施される24年9月の前までの間に、解散に踏み切る可能性がかなりある。衆院選に勝利し、主権者たる国民の信任を得れば、党の事情で首相を交代させることは民主主義に反し、再選がほぼ確実になるからだ。
総裁選までに解散しなければ、その時点で衆院議員の任期満了まで残り約1年。25年夏には参院選があり、衆参同日選は、政権を取り巻く状況によっては両方負ける可能性があり、リスクが高い。これを避ければ、解散のタイミングが一層絞られてしまう事情もある。
公明は影響力低下?
参院選の結果、自民党は非改選と合わせて119議席となり、単独過半数まで6議席に迫った。先の通常国会で22年度予算に賛成するなど与党に接近した国民民主党は、議席を減らしたものの、非改選と合わせて10議席。自民、国民両党で過半数に届いた。自民党は衆院では単独で過半数を占めており、仮に公明党が反対しても、国民の協力があれば、法案を成立させることができる。公明は政権内での「力の源泉」の一つである、参院でのキャスチングボートを失った。
また、もう一つの「力の源泉」である、支持母体・創価学会の集票力を背景とした「選挙協力カード」も、衆参の選挙が当面ない状況下では、威力の低下は避けられない。公明は目標とした改選14議席を確保できず、態勢の立て直しが急務。来年4月の統一地方選を控え、政策面で独自性を強め、成果をアピールしたいところだが、自民党との協議で、押し切られる場面が増えそうだ。
共産・志位氏は4連敗でも続投
一方、野党に目を向けると、立憲民主党は、6議席減の17議席。国民は5議席、共産党は4議席で、いずれも2議席減らした。社民党は1議席を確保し、政党要件を維持するのが精いっぱい。既成野党はどこも議席を伸ばせなかった。
このうち、特に深刻なのが、立民と共産だ。立民は昨年の衆院選後、代表を引責辞任した枝野幸男氏に代わり泉健太氏が就任したが、党勢の退潮傾向に歯止めをかけられず、比例代表では、日本維新の会に「野党第1党」の座を奪われた。立民は、多くの国民が政権担当能力を認めていない現実を突きつけられた格好。まずは泉代表の責任も含め、選挙の総括を迫られるが、次の国政選挙に向け、態勢の立て直しが全く見通せないのが実情だ。
共産は、19年参院選、17、21年衆院選に続いて今回も議席を減らし、国政選挙「4連敗」となった。この結果、現在の勢力は衆院10議席、参院11議席。志位和夫委員長は在任21年を超えるが、00年11月の就任時と比べ、衆院は半減、参院は半減以下で、大きく勢力を後退させている。今回の比例票は361万超。前々回は601万超で、わずか6年で約4割減と激しい落ち込みだ。
そもそも、議会制民主主義において、選挙は主権者たる国民が政治的な意思表示をする場。議席の減少は、主権者からの信任の低下を意味する。国政選挙で敗北した党のトップが引責辞任するのは、こうした事情が大きい。前回衆院選後に立民の枝野氏が代表を辞任したのとは対照的に、志位氏は「政治方針という点では責任はない」などとして続投した。
今回参院選の結果を受け、志位氏は7月14日の記者会見で、自身の責任について「中長期を展望して、日本の政治を良くしていくことで責任を果たしたい」と述べ、辞任を否定した。同党は既成政党で、選挙結果がトップの進退に直結したことのない唯一の党だが、今回もその「伝統」は守られた。「世代交代に後ろ向きの党」との印象を強める人も多いだろう。
維新は、最低目標とした改選議席の倍増(12議席)を達成、比例代表では「野党第1党」となった。しかし、代表の松井一郎大阪市長、副代表の吉村洋文大阪府知事という「2枚看板」が繰り返し応援に入った埼玉、東京、京都で議席を得られず、「全国政党への脱皮」という点で、大きな課題を残した。松井代表は14日、党役員会で辞任を表明。吉村副代表は代表選不出馬の意向を示している。発信力のある新たな「党の顔」を選ぶことが、「全国政党化」には必要だが、容易ではなさそうだ。
(2022年7月14日掲載)