衆院議員選挙区画定審議会(区割り審)が6月16日、衆院選の新たな小選挙区区割り案を岸田文雄首相に勧告した。新たに適用された「アダムズ方式」により都道府県の定数は「10増10減」となり、区割りが変わる選挙区は140選挙区に上った。
同方式導入時に衆院議長だった大島理森氏(2021年衆院選に出馬せず政界引退)に選挙制度の在り方、17年に大幅な区割り変更を経験した立憲民主党の長妻昭元厚生労働相(衆院東京7区)にその苦労を語ってもらった。(時事通信政治部 大町直永)
地方の定数減に異論
今回の区割り改定は、16年5月に成立した衆院選挙制度改革関連法に基づく。16年1月に第三者機関「衆院選挙制度に関する調査会」(座長・佐々木毅元東大学長)から答申を受け、法成立に向け与野党の意見集約に当たったのが大島氏だ。
自らの身分に関わるだけに、選挙制度改革は各党、各議員の思惑が交錯する。自民党内には当時、調査会が答申したアダムズ方式への慎重論があったが、野党第1党の民進党は即時導入を主張。大島氏は各党幹部から意見を聞く機会を幾度も設けて着地点を探った。16年3月、議長方針を提示し、「答申の線で努力してほしい」と各党・会派に要請。大島氏は「見識を発揮していただいたと感謝している」と振り返る。
ただ、東京など都市部の定数が増え、地方の定数が減る「10増10減」には自民党を中心に慎重論が根強い。ここへきて細田博之衆院議長が「地方いじめ」だと異論を唱えたのは記憶に新しい。政府は勧告に基づき、新たな区割りを定める公職選挙法改正案を秋の臨時国会に提出する予定だ。
今回の改定のきっかけは09年、12年の衆院選選挙区の「1票の格差」について、最高裁が2回連続で「違憲状態」の判決を出したことだ。これを受け、14年6月、当時の伊吹文明衆院議長の下に調査会を置くことが決まった。同年12月の衆院選についても15年に違憲状態の判決が出るなど、「1票の格差」是正は待ったなしとなった。
見直し「衆参一体」で
こうしたいきさつを踏まえ、大島氏は「議論していただくのは結構だが、(経緯の)重みを考えたら尊重してくれるのではないか」と、慎重派をやんわりけん制する。
「100%皆が納得する選挙制度、パーフェクトな選挙制度が何か。いろいろ所見はあると思うが、一人一票というのが大原則で、忘れてはならない公平性だ」と力説する大島氏。その上で今回の改定について「さまざまな議論をし、やはり最も大事なのは一人一票という意見に集約された」と評価した。
一方、「地方の声が届かなくなる」という不安の声にはどう応えるべきか。大島氏は「地方に大いなる定数を与えてもいいのではないかという論理は、国民全体の理解を必ずしも得られるのか」と主張する。中選挙区時代と比べ、「(小選挙区は)面積が狭くなり、住んでいる方の声を聞く努力をすることが十分可能だ」と指摘。地方の振興は「選挙制度だけではなく国策、政策として考えないといけない」と述べ、選挙制度とは別のアプローチで対応できる課題だと見ている。
選挙制度の在り方について、大島氏は言葉を選びつつ、「今まで衆参別々に議論してきた。憲法審査会でもいいし、立法府全体として選挙制度がどうあるべきか議論する時期が来ているのではないかと考えることもある」と問題提起。「衆参両院の役割を考え、選挙制度をどうするか、地方の声をどう反映するかという議論をして答えを出してはどうか」と語る。
線引きされた中野区野方
一方、区割りが変わると、これまで手塩にかけて培養してきた地盤が他の選挙区に移ったり、ゼロから支持者を獲得しなければならない区域が加わったりすることになる。97選挙区に上った前回17年の区割り改定で、大幅に区域が変ぼうした東京7区選出の長妻氏のケースを見てみた。
改定前は「中野区、渋谷区」というシンプルな構成だったが、改定後は「中野区の一部、渋谷区、目黒区の一部、品川区の一部、杉並区の一部」となった東京7区。「一部」と言うと町域ごとに分割されたように聞こえるが、その分け方は複雑そのものだ。例えば「中野区野方」。野方1丁目は全域だが、2丁目は「1~31番および41~62番」となっている。目黒・品川両区でも同様に、番地単位で線が引かれた町域がある。
長妻氏によると、番地は道路で区切られ、選挙カーなどで訴える際、左右で選挙区が異なるようにしているとの推測はできるという。こうした分け方に有権者から「訳が分からない」と苦情が出ることもしばしばで、対策として名刺の裏に7区の住所を記載し、常に説明できるよう備えている。
区割り変更は、選挙区が拡大する場合と縮小する場合に大別できるが、長妻氏は両方への対応を迫られた。事務所を構えるなど地盤としている中野区のうち、北部は新たに東京10区に組み込まれ、「強い支持をいただいていた」地域が切り離された。逆に、杉並、目黒、品川3区のそれぞれ一部が加わった。
「あなたの名前がない」と言われ
「断腸の思いだった」と語る長妻氏。「礼節は尽くさないといけない」と選挙区変更の説明に奔走。「変わっちゃうの」と声を掛けられながら、ポスター張り替え作業にも追われた。
厚労相や党幹部を歴任するなど知名度の高い長妻氏でも、並行して始めた新しい地域での活動は、「新人になったつもりでやった」。自治会や地域の団体を紹介してもらうなど浸透を急いだが、街頭でマイクを握っても「反応が薄い」と悩みは尽きなかった。
同じ自治体内で選挙区が分割されている場合、別の工夫も迫られる。ある新聞販売店のエリアが1割でも選挙区内だった場合、残りの9割は対象外と分かっていても、全戸分に折り込みチラシを頼むことはその一例だ。
長妻氏は改定後2度の衆院選で選挙区を制したが、17年の衆院選では、目黒・品川両区の得票率が中野、渋谷両区の9割程度にとどまった。変更後2回目となった21年衆院選でも傾向は変わらなかった。
新たな区割り施行後約3カ月で行われた17年の衆院選で「投票所に行ったけどあなたの名前がなかった。びっくりした」と支持者から言われた長妻氏。5年たった今でも「俺は野方だけどどっちなんだ」と聞かれることがあり、有権者に浸透しているとは言い難い。
16年成立の関連法に基づくと、次回は25年の簡易国勢調査に基づき、定数変更なしの区割り改定が行われる可能性が高い。変更後5年が経過しても、新旧の区域では「浸透度が全然違う。選挙を3回くらい経ないと浸透しない。同じ地域で10年はやらないと」と語る長妻氏。「せめて番地で分けるのは避けてほしい。有権者にも分かりにくい」と訴える。
16日の勧告によると、東京7区の現区域のうち品川区は同3区、目黒区は同26区、中野区と杉並区の一部は同27区に属することとなった。渋谷区は同7区にとどまった。
(2022年6月17日掲載)
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