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35歳でプロ転向の滝沢直「今しか経験できない不安を全力で楽しみたい」 ラグビー・リーグワン東葛主将

「胸を張れる人生に」

 今年から始まったラグビーのリーグワンで、35歳にして選手契約をプロに切り替えたベテランFWがいる。NECグリーンロケッツ東葛のプロップ、滝沢直主将だ。前身のトップリーグ(TL)、NECで10年以上も社員として働いてきたが、企業スポーツからの脱却を目指す新リーグの設立に合わせてプロ転向を決意。「ラグビー選手だったと胸を張って言える人生にしたい」との思いを形にした。東葛はリーグワン1部(12チーム)のレギュラーシーズンで最下位に終わったが、2部との入れ替え戦で先勝。残留を懸け、滝沢を中心にチーム一丸となって奮闘している。(時事通信運動部 伊藤晋一郎)

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 滝沢は派手なヘアスタイルが印象的で、「タッキー」が愛称の人気選手。その競技人生もまた、独特だ。愛知県の進学校、千種高から早大に進学し、理工学部で学んだ。ラグビー部では珍しい理系。実験に追われ、練習時間が制限されながらも大学ラグビー界屈指の名門でレギュラーを勝ち取った。FW第1列のプロップとして、大学日本一にも貢献。1学年上には、後に2015年ワールドカップ(W杯)で大活躍したFB五郎丸歩がいた。

 NECを含む複数のTLチームから誘われたが、卒業後は「ビジネスの世界を知ってみたい」とリクルートに就職。留年を経験し、1年遅れで社会人なった。しかし、学生時代の仲間がTLでプレーする姿を見て「またラグビーがやりたくなった」。半年足らずで会社を辞め、10年にNEC入り。ここからトップ選手のキャリアを積み、会社の理解を得てニュージーランドなど海外でもプレーした。

プロ転向を決意、妻も前のめり

 リーグワンには社員選手とプロが混在する。所属会社から安定的な給与をもらえる社員選手は社業と競技生活の両立が求められるが、プロは競技に専念できる。その分、報酬はチームへの貢献度で大きく違ってくる。ラグビーに集中して日本代表入りを目指す若い選手がプロ契約を結ぶケースが多い中、35歳での転向は異例だ。不振だけでなく、大きな故障をすれば契約を打ち切られる恐れもある。社員選手の場合、引退後はサラリーマンとなって働けるが、プロは自分で人生設計を立てる必要がある。

 競技生活が晩年に差し掛かっていた滝沢は、多くのリスクを理解した上で「どんな心境になるか興味があった。自分のパフォーマンスが生活に直結する期間を経験できれば、仕事に誇りを持って楽しめる」と思って決断。妻に話すと、「好きにやりなさい。後悔されるのが一番迷惑よ」と言われたという。自分より前のめりだったことに驚いた。

きょうが残りの人生最初の一日

 座右の銘は「きょうが残りの人生最初の一日」。過去の経験や財産をなかったものと捉え、フレッシュな気持ちで挑戦し続けるという意味だ。「来季(の契約)があるかどうかは分からない。今しか経験できない不安を全力で楽しみたい」。一方でラグビーだけに生活を費やすことは好まない。社業と両立していたこれまでも「マルチタスクを楽しんでいた」と振り返る。

 プロ転向も「生活をラグビー一本に絞りたかったからではない。今はラグビーのプライオリティ(優先度)が高いだけで、機会があればサイドビジネスもやってみたい」と話す。理工学部、社業とこれまでも全く違う分野を両立させてきた。「プロなら競技に集中しろという意見もあるだろうけど、自分は一つの物事に百を振り分ける必要はないという考え。その方がラグビーも楽しめると思う」

苦境の中でもハードワークに自信

 東葛は今季、リーグ戦で2勝14敗、勝ち点14で最下位。開幕前には外国人選手(退団)が違法薬物を所持していたことが発覚。シーズンが始まってもチーム内に新型コロナウイルスの陽性者が複数出るなど、グラウンド外でも問題が多発した。主将でもある滝沢は「不祥事はチーム内に影響もあったし、コーチ陣も対応に取られる時間が多かった」と振り返る。2勝はともに不戦勝で、試合を戦っての勝利はなかった。NEC時代に日本選手権を3度制したチームにとって大きな試練となったが、滝沢は「全員がハードワークしている自信はある」と前を向く。一つのチャンスで追い付くことができる7点差以内の惜敗は4試合。「いいところを見つけるのは難しいが、手応えもあった」と強調する。

 滝沢は12試合に出場。「一つのプレーが次の自分の居場所を決める」というスリルを楽しめている。プロ生活を満喫する一方で、練習時間は社員時代からそう変わらないことに気付き、「(社員時代は)会社が強化のために多くの配慮をしてくれていたことを実感した」と恵まれた環境に感謝する。今季、チーム最後の戦いは2部の三重との入れ替え戦。滝沢は「何としても勝たないといけない」と強い決意で臨み、5月20日の第1戦に勝利。27日の第2戦にも勝てば、残留が決まる。

 現役を退く時期が近いことは分かっている。だが、目の前の勝負に全力を尽くしている今、引退後の生活設計は全く頭にないという。「友人がいっぱいいる。おんぶに抱っこで生きていきますよ」。豪快に笑った。

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 滝沢 直(たきざわ・すなお) 1986年9月30日生まれの35歳。小中学校でバスケットボールに親しみ、愛知・千種高ではラグビー部。早大に進み、在学中にU20、23の日本代表にも選ばれた。NECの社員時代は米国とニュージーランドでもプレーした。身長175センチ、体重115キロで、ポジションは左のプロップ。

(2022年5月23日掲載)

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