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ベッドの上から「いらっしゃいませ」◆ロボットがもたらした働きがいと開発者の思い【時事ドットコム取材班】

2022年05月22日08時30分

 「当店のイチオシはローストビーフです」。テーブル席に着いた4人組の男女に、人間の上半身型のロボットが話し掛けた。声の主は福岡県内に住む重症筋無力症の女性だ。東京都中央区のオフィス街にある、とあるカフェでは病気や障害で外出が困難な人たちがロボットという「分身」を通じて接客する。寝たきりの人にも働く喜びをもたらした現場を取材した。〔動画あり〕(時事ドットコム編集部 横山晃嗣)

 【時事コム取材班】

分身ロボが活躍するカフェ

 その店はビル1階にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β(ドーン・バージョン・ベータ)」。4人掛けテーブル8卓と一人掛け席、バーカウンターがあり、ローストビーフを具材にしたハンバーガーや特製スパイスカレー、ケーキ、ドリンクなどが楽しめる。

 手や首を振りつつ、タブレット端末でメニューを紹介しながら注文を取るのは、テーブルごとに配置された上半身型ロボット「OriHime(オリヒメ)」。店内を動き回ってドリンクなどを運ぶのは、下半身もある「OriHime-D(オリヒメディー)」だ。いずれも「パイロット」と呼ばれる人たちが自宅や病室から遠隔で操作し、内蔵されたカメラ、マイク、スピーカーを使ってお客さんと会話する。

 カフェは同じビル5階に入居するロボット製造販売「オリィ研究所」が運営しており、オリヒメ開発者の吉藤健太朗・同社CEO(34)らによると、都内外に住む10~60代の約70人がパイロットを務めているという。

◇「中の人」の思い

 パイロットらに話を聞くことができた。「よりちゃん」の愛称で親しまれる山本順子さん(54)はシステムエンジニアとして働いていた46歳の時、重症筋無力症を発症。入退院を繰り返しながら車いす生活を送っている。冒頭で紹介した4人組から注文を取った女性だ。

 「仕事をすることを諦めていた。自分が社会からいらない存在になったように感じ、自信を失っていた」と語った山本さん。カフェでの就労が決まった後も不安でいっぱいだったが、勤務は1時間単位での交代制で、急に体調が悪くなった場合も別のパイロットに代わってもらうことができる。ネット環境があれば、どこからでも出勤可能で、「ここまで働きやすいとは想像していなかった。体調に合わせた働き方ができるのは非常に大きい」と笑う。

 山本さんにとってオリヒメは「もう一つの体」、カフェは「第二の人生のスタートの場」だ。今後は「カフェだけでなく、いろいろな場所にオリヒメがいることが特別ではない世の中になれるよう頑張っていきたい」と意気込んだ。

 重い心臓病を患って2017年から補助人工心臓を使う「なおき」こと松島尚樹さん(52)=東京都=は「お客さんには身構えてほしくない。普通のカフェとして過ごしてもらい、笑顔で帰っていただくことを心掛けている」と話した。24時間体制の介助が必要だが、どんどん前向きになっていくパイロットたちのインターネット交流サイト(SNS)投稿に発奮。一歩を踏み出したといい、「病気のことしか考えられなかった自分がうそのよう。どうすればお客さんを喜ばせられるかを考えて自分自身が前を向いて歩きだすことができるようになった」と語る。

 脳性まひで手足が不自由な東川結さん(28)=福岡県=は「夢の中にも出てくる」ほど、カフェは生活の一部になっているという。「ロボットに入ることで『障害者』ではなく『東川結』として見てもらえるのがすごくうれしい」と笑った。

「出会いが変える人生」

 吉藤さんが分身ロボを開発したのは、早稲田大学生だった2010年。「離れているけれども会いたい人に会えるように」との思いを込め、愛し合う二人が年に一度、7月7日にだけ会うことが許されたという七夕伝説にちなんでオリヒメと名付けた。

 吉藤さんには、病気で登校できなかった小学校時代と中学2年生まで不登校が続いた経験がある。「ただただつらく、何をすればいいかも分からなかった」という少年時代に終わりを告げたのは、母親が応募したロボットコンテストだ。展示会場で目にした一輪車ロボに衝撃を受け、開発者の久保田憲司さんが勤務する工業高校に進学。久保田さんの指導の下でつくった、坂道でも座面の水平を保つ電動車いすは国内外で高い評価を受けた。「人は出会いと憧れで人生を変えることができる」。ベッドの上と外の世界をつなぐオリヒメは、この経験で芽生えた信念から生まれた。

◇寝たきりでも働ける場を

 オリヒメが寝たきりの人に働く機会を確保するツールにまで発展した背景には、吉藤さんの親友で、2017年に28歳で亡くなった番田雄太さんの存在がある。

 番田さんは4歳の時に遭った交通事故で首から下を動かすことができなくなり、病院で寝たきりの生活だったが、オリヒメを使って吉藤さんの講演に同行。あごで操作できるパソコンを駆使し、吉藤さんの秘書としてスケジュール管理やメール対応を担った。

 もっとほかに、寝たまま社会参加する方法はないのか。モノを運ぶことができるようにすれば労働への道も広がるのではー。2人の構想が形になったのが、オリヒメが接客する分身ロボットカフェだ。

 吉藤さんは18年11月~12月の10日間、全身の筋肉が徐々に動かなくなる「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」患者2人を含むパイロット10人が接客するカフェを実験的に開設。その後、既存カフェでオリヒメが接客するなどの実験を重ね、21年6月、東京・日本橋に常設実験店「DAWN ver.β」をオープンした。パイロットには、接客スキル向上のほか、お客さんと仲良くなったり、気持ちが前向きになったりする様子がうかがえるという。

 「障害者がカフェで働き、次のステップとして別の場所に就職していける仕組みを広げたい」と目標を語った吉藤さん。「学校でも、職場でも、街中でも、寝たきりの人と出会うことはほとんどない。でも、そういう友人はいた方が絶対にいい。体が悪くなった時に相談に乗ってもらえるし、いろんな理解が広まる。ふらっと知り合いになれる場が必要だ」と訴えた。

小学生が星座解説

 5月13日、難病で寝たきりの小学4年生、古川結莉奈さん(9)=横浜市=が星座の解説をするプラネタリウムイベント「ゆりナイト」が「DAWN ver.β」で開かれた。イベントには、病室で出張プラネタリウムを実施し、長期入院する子どもたちを励ます一般社団法人「星つむぎの村」(山梨県北杜市)が協力。団体などによると、新型コロナウイルス禍のためプラネタリウムをオンライン配信した際、自宅で闘病していた結莉奈さんと縁ができ、オリヒメを使って消防署の社会科見学をするなどの経験があった結莉奈さんが吉藤さんにイベントを提案した。

 オリヒメの手を振って来場者を迎え入れた結莉奈さん。自転軸が大きく傾いた天王星と自身を重ね合わせるといい、ウェブ会議システムを使って「星と宇宙が大好き。天王星は横倒しになっていて、私と同じです」とあいさつ。団体スタッフと共に星座を解説した。イベントを楽しんだ吉藤さんは「オリヒメという名前を付けて本当によかった。いつか星が見えるオリヒメを作りたい。その時はドローンオリヒメで空を飛びましょう」と、オリヒメを操る結莉奈さんに語り掛けた。(2022年5月22日掲載)

SDGs 国連が掲げる持続可能な開発目標

「貧困をなくそう」などの17ゴールと169の具体的なターゲットが設定された

ゴール3〔健康と福祉〕あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する

ゴール8〔働きがいも経済成長も〕全ての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用および働きがいのある人間らしい仕事を推進する

ゴール10〔不平等をなくそう〕国内および国家間の格差を是正する

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