道端に落ちているごみを拾い、写真を撮る。文章を添えて投稿すると、見知らぬ人から感謝やねぎらいの言葉が届くー。他人から気付かれにくいごみ拾いを「見える化」したインターネット交流サイト(SNS)が注目を集めている。「美しい」を意味するアイヌ語から命名されたSNSは世界113カ国・地域で利用されるまでになり、投稿されたごみは2億3900万個を超えたという。語呂合わせで「ごみゼロの日」に定められた5月30日、ユーザーや開発者の思いを紹介する。(時事通信社会部 余村由茉)
コロナ背景、ユーザー急増
SNSの名は「ピリカ」。個人は無料で利用でき、拾ったごみの写真を位置情報付きで投稿すると、画面の地図上に拾われた場所を示すキラキラマークのアイコンが表示される。他のユーザーは「いいね」ならぬ「ありがとう」を付けたり、「回収お疲れさまでした」「少しでも減りますように」などとコメントしたりして感謝や共感を示すことが可能だ。
2011年5月公開で、運営会社によると、新型コロナウイルスまん延後にユーザーが急増。20年に約2000人だった投稿者数は、21年には約3倍の6000人超に増えた。テレワークや外出自粛などにより自宅近くで過ごす時間が長くなり、地域のポイ捨てごみを意識するようになった人が増えた可能性があるという。
◇トング片手に出勤
ピリカユーザーの会社員中西正治さん(60)=東京都新宿区=は、毎朝ポリ袋とトングを手に、会社までの約3.5キロを1時間ほどかけて歩く。1日に80~120個程度のごみを拾うが、8割はたばこの吸い殻だという。「ポイ捨てされた吸い殻は海に流れ着く。魚たちに害が及び、回り回って人間に影響するかもしれない」と憂う。
記者は5月中旬、出勤する中西さんに同行した。自宅を出た中西さんは人混みを避けながら道端に落ちているごみを探す。人目に付きにくい裏路地や植え込みの中に落ちた吸い殻をトングでつまんでポリ袋へ入れ、カウンターで数を数えた。皇居の近くでお堀をバックに、拾ったごみをスマホで撮影。途中見掛けた花や猫も写真に収める。就寝前に投稿するのだという。
中西さんがピリカを利用し始めたのは18年12月。3年半に拾ったごみは7万5000個を超え、延べ4万3000人超から「ありがとう」が届いた。「どれだけ頑張ったかが分かると、人間はやりがいを感じる」と継続の理由を語り、「直接面識はなくても、同じ志を持った仲間がたくさんいると分かって励みになる」とほほ笑んだ。
◇不法投棄の通報も
自治体や企業の利用も増えつつある。14年に公開された「自治体版」は、導入自治体ごとに「見える化ページ」が設けられ、ウェブ上で自治体内の参加者数やごみ回収量を数字やグラフで確認できる。不法投棄の情報を参加者が自治体に通報できる機能なども備わっており、岡山県や横浜市、東京都渋谷区など17自治体が導入した。
秋田県は若い世代の取り組みを促進しようと20年8月に利用を開始した。県内のクリーンアップ実施団体向けに説明会を開いたり、地元テレビ局が主催するイベントと連携したりして利用を呼び掛け、初年度に延べ1173人だった参加者は翌年度には延べ3063人まで増加。これまでに123万6000個超のごみが拾われた。
県の温暖化対策課環境活動推進班の檜山善春主幹は「どのようなごみが拾われたのか、その個数などもしっかり分かる」と効果を説明。こうしたデータを県の環境政策に取り込むまでには至っていないが、「まずは取り組みの裾野を広げたい」と話す。
◇コミュニケーション活性効果
富山県と東京都に本社を構える橋梁(きょうりょう)建築大手「川田テクノロジーズ」は県などと共に「見える化ページ」を活用し、社員のごみ拾いを進める。川田太郎グループ経営戦略室長(44)は「インフラ企業として、地球環境への貢献はミッション。橋梁事業は比較的堅いイメージがあるが、地元フレンドリーなイメージを持ってもらいたかった」と語る。
川田室長によると、22年4月、ピリカを利用したごみ拾いオンラインイベントと県内で集まってごみを拾うオフラインのイベントを同時に開催し、全国の社員に呼び掛けたオンラインイベントには、北は北海道から、南は岡山県までの100人弱が参加した。「ピリカをきっかけに、普段会わない社員同士、20代から60代までの幅広い世代でコミュニケーションの機会が生まれた。もともとごみ拾いをしていた若手社員がいるということも知れた」という。「今後も定期的にイベントを開催し、社内にごみ拾いの文化を根付かせたい」と意気込んだ。
世界一周で気付いた共通点
ごみ拾いSNSはどのようにして生まれたのだろうか。運営会社代表で開発者の小嶌不二夫さん(35)が環境問題に興味を持ったのは、7歳のころ。小学校の図書室で地球環境を題材にしたシリーズ本7冊を読んだのがきっかけだった。
研究者として問題に取り組もうと京都大大学院に進学。だが、「研究は問題解決のプロセスの最初の方。実際に製品や仕組みを世の中に浸透させ、問題を解決するのには向いていない」と気付き、現場を肌で感じようと、世界一周の旅に出た。アマゾンの奥地、アフリカの砂漠地帯、ヨーロッパ、東南アジア。それぞれの地域で、深刻な大気汚染や水質汚染、森林破壊などを目の当たりにしたが、どこの国にも共通していたのが「ごみ問題」だったという。
帰国後、旅行中に書き留めたアイデアを基にサービスを練り始めた小嶌さんが最初に思い付いたのは、環境問題を地図上にマッピングしていくこと。普段は大通りしか掃除しない清掃員も、裏通りが汚れていることに気付けば掃除をするのではないか、という発想だ。
では、どうやって裏通りの情報を集めるか。「人はお金がもらえるわけでもないのに、SNSに投稿する。ゲームのような面白さを取り入れれば、無償でも写真を撮ったり、投稿したりしてくれるかもしれない」。地図上での「見える化」とSNS上での交流、この二つの組み合わせが形になった。
目標は、ごみの流出量より回収量が多い社会をつくること。「今はとんでもない量のごみが海に流れ込み、回収できているのはほんの少し。流れ込む量を減らし、回収する量を増やせば、少しずつ地球上からごみが減っていく。いろいろな方に身近なところでたくさん拾ってもらいたい」と語った。(2022年5月30日掲載)
SDGs 国連が掲げる持続可能な開発目標
「貧困をなくそう」などの17ゴールと169の具体的なターゲットが設定された
ゴール11〔住み続けられるまちづくりを〕2030年までに、大気の質および一般ならびにその他の廃棄物の管理に特別な注意を払うことによるものを含め、都市の1人当たりの環境上の悪影響を軽減する
ゴール12〔つくる責任 つかう責任〕2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質やすべての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する
ゴール14〔海の豊かさを守ろう〕2025年までに、海洋堆積物や富栄養化を含む、特に陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する