会員限定記事会員限定記事

ロック解除に2.5万年?!「スマホ残して死ねますか」◆デジタル終活のススメ【時事ドットコム取材班】

2022年05月17日09時30分

 写真や親しい人とのやりとりなど、大切な思い出がたくさん詰まったスマートフォンやパソコン、タブレット端末ー。万が一のことが起きた時、こうした電子機器内やデジタル空間には、遺族に引き継がねばならないデータと同時に、誰にも見られたくない情報も保存され続ける。いわゆる「デジタル遺品」だ。書類よりデジタルが重視される時代。専門家は「スマホを残して死ねますか?」と問い掛ける。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣

 【特集】時事コム取材班

「墓荒らしにあった気分」

 「成田さん、知ってますか?」。2020年に97歳で亡くなった漫才師の内海桂子さんの夫、安藤常也さん(75)に電話があった。声の主はお笑いコンビ「ナイツ」の塙宣之さん。内海さんの弟子の一人で、常也さんを旧姓で呼ぶ。塙さんは、生前、内海さんが使用していたツイッターアカウントの異変を告げた。

 22年4月12日、約2年ぶりに更新されたアカウントはどこか様子がおかしかった。以前は字数制限の140字をいっぱいに使った書き込みばかりだったが、この時は「Hi」とだけつぶやき、翌日、「菜の花や 月は東に 日は西に」と与謝蕪村の俳句を投稿した。その後、ユーザー名を変更し、内海さんのこれまでの投稿約4000ツイートを全て削除。英文でデジタル資産「非代替性トークン(NFT)」について盛んにつぶやき始め、あまりの変わりぶりに、ファンは「墓荒らしにあった気分」と嘆いた。

 約10年、毎日、内海さんが考えた文章を「代筆」していたのは常也さんだ。更新が途切れたのは、常也さんが脳出血で入院した20年4月。同8月に内海さんが亡くなり、「三回忌までは」と消さずにいたアカウントには約46万人のフォロワーが付いていた。管理していたのは常也さんで、厳密には「遺品」に当たるかどうか微妙なところだが、死後、削除や遺族への引き継ぎがなされずに放置されたアカウントが同様の被害に遭わない保証はない。

◇スマホ残して死ねますか?

 スマホやパソコンで管理していたアカウントやデータなど、後々トラブルを招きかねない情報などの死後の取り扱いについて生前に決めるのが「デジタル終活」だ。

 日本デジタル終活協会の代表理事、伊勢田篤史弁護士によると、デジタル遺品は手元の端末の中に保存されているオフラインのものと、ウェブ上にあるオンラインのものに分けられる。代表的なオフラインの遺品は、スマホなどの内部に保存された写真データや文書ファイル、サイトの閲覧履歴など。訃報を伝えるべき友人、知人の連絡先がスマホの中だけに保存されていることもある。オンラインの遺品は、ネット銀行やネット証券、ビットコインといった暗号資産(仮想通貨)の口座、ツイッターなどのSNSアカウントや動画配信の定期購入型サービス契約などだ。写真データや文書ファイルがオンライン上で管理されていることも少なくない。

 後々、遺族が把握していなかった資産が見つかれば相続争いも起き得るし、元本割れもある投資商品だった場合、遺族が思わぬ負債を抱えてしまうことも考えられる。故人が企業経営者であれば、スマホやパソコンから業務に必要なデータを取り出せないままでは企業存続にかかわりかねない。

 一方、遺族にも秘密にしたいものもある。プライベートの日記、アダルトコンテンツ、家族に隠していた趣味の記録といった、「見られたら恥ずかしい」と感じるようなデジタルデータなどだ。伊勢田弁護士によると、「毎日の自分の体重記録は、夫には死んでも見られたくない」と語る女性もいたという。

◇解析に2万5000年!

 オン、オフいずれの遺品でも「引き継ぐべきもの」と「引き継がないもの」に分ける。「デジタル終活」の第一歩だが、一歩も踏み出されないまま別れを迎え、右往左往する遺族は少なくない。パソコンやスマホのパスワード解析や内部データの取り出しサービスを手掛けるデジタルデータソリューション(東京都)によると、2017年9月のサービス開始から21年7月末までに、デジタル遺品に関する相談が約1900件寄せられた。

 だが、正式な依頼を受けたのはこのうち約400件で、全相談の2割強にとどまる。夫に先立たれた妻からが多く、事故死など突然の別れだったケースが大半。子どもが自ら死を選んだ理由を知りたいといった切実な依頼もあった。

 相談者の8割が依頼を断念してしまうのはなぜか。平均20万~30万円という費用負担のほか、データの解析や取り出しに長期間を要することが大きい。同社によると、強固なセキュリティー機能を備えたパソコンやスマホのパスワード解析には数カ月以上掛かることも少なくない。一週間の作業後、解析に2万5000年が必要になるほどの強固なパスワードと判明したケースもあったという。


◇わずか10秒で終了

 「スマホ復旧は難しいし、費用も掛かる。でもデジタル終活は10秒で終わる」。そう語る伊勢田弁護士のお勧めは至極アナログな作業だ。自分のスマホやパソコンなどで使うパスワードやそのヒントを紙に書いて財布や通帳、保険証券などと一緒に保管し、家族に保管場所を伝える。生前にパスワードを知られることを防ぎたい場合は修正テープで隠すことを提案する。

 遺族に残したいデータと見せたくないデータの保管場所を分けるのもいい。一緒くたに保管してあると、「見なくてもよいデータ」まで見たくなりがちだが、分離することで、遺族がこうした気持ちになることを防げる可能性がある。ツイッターやフェイスブックなどのSNSについては、「死後にどうしてほしいか」の意思表示をしておくことがポイントという。

 注意してほしいのは、スマホの扱いだ。スマホの場合、パスワードを一定回数連続で間違えると内部データが全て消えてしまう場合もある。伊勢田弁護士は「パスワードを何回も間違えると専門業者に頼んでも解読が難しくなる。3回試して駄目なら諦めて」と話している。

内海さんツイート、ファンが避難

 内海さんが投稿をしていたアカウントはその後もユーザー名が変わっている。記者は取材を申し込んだが、本稿掲載までに返信はなかった。

 何者かの手で様変わりしてしまった内海さんの投稿だが、実は、大半がまとめサイトに転載され、今も読める状態にある。保存したのは「内海さんの投稿には貴重な発言がいくつもある」と指摘する千葉県の20代の女性。削除されることを恐れ、約3300ツイートを移したという。内海さんの夫、常也さんは「本当にありがたいことです」と感謝した上で、このまま女性が管理することを望んだ。女性も常也さんの意向を尊重するつもりだ。(2022年5月17日掲載)

時事コム取材班 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ