2022年4月11日、親子3人乗りの自転車が大阪府東大阪市の国道で転倒し、3歳の男児がトラックにはねられて死亡する事故が起きた。一台の自転車で仲良く出掛ける親子の姿は朝の日常風景だが、その裏では痛ましい事故も繰り返されている。便利さの反面、大きなリスクもはらむ「親子自転車」。子どもたちの安全を守るために何ができるのだろうか。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
転ぶだけで「命に関わる」
「ひとごとじゃない。できる対策はちゃんとしなければ」。東京都足立区の20代女性は育児休暇を終えて職場復帰した当日、東大阪市の事故のニュースを見て背筋が寒くなった。
女性は復職に備え、同年1月から1歳半の長男を自転車の後部座席に乗せて保育園まで送り迎えしている。家から園までは5分ほどだが、それでも「ひやり」とする場面は何度もあった。
送迎ルートは車通りが多く、歩道と車道が区別されていない。女性は車道の路側帯を慎重に走っているものの、朝は猛スピードで追い抜いていく車もあり、「一度転んでしまっただけで子どもの命に関わる」と感じる。長男には必ずヘルメットを着用させ、チャイルドシートから放り出されないように晴れた日もレインカバーを掛けて出掛けているが、「事故の報道を見て、毎日子どものシートベルトをもっとしっかり締めるようになった」と話す。
◇転倒が招いた悲劇
東大阪市での事故では、30代の母親が運転する電動アシスト自転車の前後に3歳と5歳の男児が同乗していた。死亡したのは、ハンドル部分のチャイルドシートに座っていた弟で、何らかの理由で自転車が転倒した際に道路に投げ出され、後方からきたトラックにひかれたとみられている。現場は片側1車線の道幅の狭い国道で、歩道はなく、ガードレールも設置されていなかった。
親子3人乗りの自転車が単独で転倒し、死亡事故につながったケースは過去にも起きている。
13年2月には、川崎市で5歳と1歳の姉妹を保育園に送り届ける途中だった30代母親が転倒し、後部座席の長女が市道に投げ出されてトラックにひかれ死亡した。事故直前、母親は前から自転車が近づいてきたため、スピードを落とそうとしてバランスを崩したとみられている。18年7月に横浜市都筑区で起きた事故では、長男を自転車前部に乗せ、1歳の次男を「抱っこひも」で抱えた母親が転倒、次男が頭部を強打して死亡した。母親が手首に掛けていた傘が自転車に引っかかって転倒したとされる。
◇2009年に「解禁」
実は、自転車の3人乗りが条件付きで「解禁」されたのは2009年のこと。子供2人を乗せてペダルをこぐ保護者の姿はそれ以前も街中で見られたが、事実上黙認されていたようだ。警察庁が07年末、3人乗り禁止を交通ルールの教則に明記する方針を示したところ、保護者らが「子どもの送迎手段がなくなる」などと反発。有識者委員会による検討を経て、(1)幼児2人を乗せても十分な強度とブレーキ性能がある(2)駐輪時の転倒を防ぐ操作性と安定性が確保されているーなどの基準を満たす自転車に限り、6歳未満の幼児2人の同乗が認められることになったという経緯がある。
交通違反を放置するより、ルールの下で3人乗りを認めようという改正だったが、混乱要因は残っている。
道交法では、同乗する幼児のヘルメット着用は保護者の「努力義務」とされ、チャイルドシートのベルトについては着用義務は課されていない。だが、幼児を同乗させる際のルールは自治体ごとの規則によっても細かく異なり、保護者からは「分かりにくい」との声も上がる。
前から降ろせと言われても…
幼児を乗せた自転車事故をめぐっては、消費者庁の消費者安全調査委員会(消費者事故調)が20年12月に調査報告書を公表している。それによると、東京・神奈川・大阪の保育園など15施設で、子どもを自転車送迎している家庭を対象にしたアンケート調査で、54.3%が事故を起こしたり、起こしそうになったりしたことがあると回答。一方、送迎時の観察調査では、幼児にヘルメットを着用させていなかったのは50.4%、シートベルトを着用していなかったのは46.1%に上り、安全対策が徹底されていないことが浮き彫りになった。
観察調査や走行実験の結果、停車中の転倒事故の多くは(1)駐輪場所の緩やかな傾斜(2)ハンドルにぶら下げた荷物(3)子どもの動き(4)保護者が自転車から目を離したことーなどが複合して起きていることが判明。走行中の転倒事故は、車道から歩道に乗り上げる際の5センチほどの段差でバランスを崩して起きることが多いことも分かった。
停車中の3人乗り自転車は、地面に触れる前輪とスタンドの左右を結ぶ三角形でバランスを取っており、報告書は「幼児や荷物の乗せ降ろしなどによって三角形から重心がはみ出したとき、転倒リスクが高まる」と指摘。消費者庁は指摘に基づき、ヘルメットやシートベルトの着用徹底のほか、「幼児2人を同乗させる場合は安定度が高い後部座席から乗せ、前部座席から降ろす」といった対策が有効だとしている。
気に掛かる点はある。三角形の頂点である前部座席に幼児が乗ったまま目を離すと、重心が崩れやすく危険なことは確かだが、前の座席にいるのがもし赤ちゃんだったら、路上にそのまま置くわけにもいかないだろう。保護者は後部座席の兄か姉を先に降ろさざるを得ず、前部座席に赤ちゃんだけが残ることになるのが現実ではないだろうか。
◇総重量100キロ超、「過信しないで」
自転車用のチャイルドシートメーカーなどが立ち上げた「おやこじてんしゃプロジェクト」は、事故を減らそうと、保護者向けの勉強会を定期開催している。東大阪市の事故を受けてオンラインで行われたウェブ会議では、参加した保護者から「親子自転車の購入を検討しているが、転倒は本当に怖いと分かった」「子どもをおんぶして自転車に乗ってもいいとネットに書いてあったが、実際には死亡事故が多いと知って怖くなった」などの声が上がった。
プロジェクト事務局の宮本直美さんは「子ども二人と保護者が電動アシスト自転車に乗ると、総重量が100キロを超えることもある。一度バランスを崩すと、立て直すのは困難」と指摘した上で、「第1子に比べ、第2子以降はヘルメット着用率が下がるというデータがある。自分はめったに転倒しないと過信することが一番危ない」と語った。
ヘルメットやシートベルト以外の安全対策はないのだろうか。宮本さんは「送迎のルート選びや朝の家事分担、出掛ける時間などを全体的に見直すことで、運転する際に余裕が生まれ、事故を起こりにくくできる」と話す。メーカー側もより安全な自転車作りを目指し、幼児の頭部の周囲を大きくカバーするチャイルドシートや、磁石を使い簡単に締められるシートベルトといった商品開発を進めているという。
「禁止」とは言えない、でも…河村真紀子さん
消費者事故調メンバーで、主婦連合会会長の河村真紀子さんの話 事故調査に関わって分かったのは、「これを守れば大丈夫」という安全対策の決定打などないということだ。調査対象の施設には、保護者が昼寝用の布団を頻繁に持って帰らないといけない保育園もあった。2人の子どもを自転車に乗せ、布団を持って、さらに雨でも降ったらどうするのか。曲芸のような送迎をしないといけない社会の在り方にも大きな問題がある。
保護者の置かれた立場を思うと、軽々しく「親子3人乗りは危険だから禁止すべきだ」とは言えない。メーカーには真剣に安全機能の向上に取り組んでもらいたいが、事故のリスクは道路の舗装状況や路上駐車の有無、抱える荷物の量など、自転車の性能と関係ない環境にも左右される。こうした複合要因での事故で保護者だけ責められてしまうのは、本当に気の毒でならない。保護者に呼び掛けたいのは、とにかく「無理をしないで」ということ。ヘルメットやシートベルトの着用徹底はもちろん、雨が降っていたり、荷物が多かったりしたときは、別の方法で送迎することも考えてほしい。(2022年5月8日)