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老政治学者の「最後の一戦」 令和臨調が目指すもの【政界Web】

2022年05月13日12時00分

佐々木毅元東大学長に聞く(上)

 「これが文字通り、最後の一戦となる」。佐々木毅(ささき・たけし)元東大学長は今夏に迎える80歳の誕生日を前に、ひそかな決意を固める。産学の有識者で構成する令和国民会議(令和臨調)が6月に始動するに当たり、共同代表に就いた。少子高齢化、財政赤字、過疎化といった日本が抱える構造的問題に向き合い、世論と連動して永田町政治を動かそうという試みだ。佐々木氏に直面する内外の情勢、臨調発足の狙い、主に1990年代以降に関わってきた政治改革の試みを「総括」してもらった。(時事通信社政治部 纐纈啓太)

30年前と奇妙に重なる現実

 もともとはプラトンやマキャベリ研究など西洋政治思想史を専門とする佐々木氏。現実政治との接点を得ることになったのはおよそ30年前の元号が昭和から平成に代わったころだ。

 戦後政治史の一大疑獄となったリクルート事件で政界が混乱する中、選挙制度や政治資金の在り方を検討する第8次選挙制度審議会に「巻き込まれた」と振り返る。当時の著書の中で、自民党の派閥政治から脱却し「統合的な政府」を打ち立てる必要性を訴えた。具体的には衆院中選挙区制の廃止、小選挙区比例代表制の導入、政治資金の透明化などを提唱。これらの主張は審議会の答申にもそのまま反映され、94年の政治改革関連法へとつながった。

 当時と現在の状況について「奇妙に重なるものがある」と映る。国内を見渡せば、著書でも取り上げた急激な為替変動、産業の空洞化、物価高、財政赤字、地方からの人口流出―といったキーワードは、30年を経た今、むしろ深刻さを増しつつある。

 同時に、佐々木氏がより力説する共通点は、「歴史が動きだした」という世界史的な感覚だ。89年はベルリンの壁崩壊や天安門事件が起き、91年のソ連邦消滅、第2次世界大戦以降続いた東西冷戦終結へとつながっていった。

 89年夏。渡欧していた佐々木氏は「僕らは非常に鈍かった。日本では昭和天皇のご病気で持ちきりで、あとは消費税(導入)とリクルート事件一色だった。外国のどこがどうなったという話にはちっとも関心がない。だけど天安門事件が起こり、東ドイツあるいは東欧からどんどん人が(西側へ)動きだすというニュースを毎日聞かされて、これは何か起こるということに初めて気が付いた」。

 約30年後の現在、何を感じているのか。佐々木氏は「僕の個人的な印象なんだけれども、昨年末にとにかく嫌な感じがして。嵐の前に生ぬるい風が吹くようなね」と苦笑いを浮かべつつ、「嫌なことが起こりそうだなと思って。年寄りの繰り言だなと思いつつも、弟子たちにはそんな話をして」。しかし、今年に入り「ある意味でその悪い予感が『プーチンの戦争』で当たったというかね。全体としてのシステムそのものが不安定化するという事態に至ったわけだ」。

 もちろん、佐々木氏が「嫌な感じ」を覚えた理由としては、歴史家、思想史家として見てきた昨今の世界の動向がある。一つの例として挙げるのは、トランプ米大統領の登場だ。

 「一見安定していたように見える民主主義というものが、だんだん空洞化し、アメリカでトランプさんが(大統領)選挙は盗まれた、と騒ぎ立てて、議会乱入事件まで起こった。おそらくプーチン氏も中国もびっくりしたんじゃないかと思うのだけど」。

歴史の切れ目、激動期へ

 そこから佐々木氏は民主主義や経済的グローバリゼーションといった、2000年代初頭にかけて世界を席巻した思想的潮流の動揺を読み取る。

 「やはりこの数年、ずっと民主主義自体が怪しくなったり、ポピュリズム(大衆迎合主義)であったり、いろんな形の動きが出てきた」。

 「民主制自体が緩んで、自由とかいろんなことは唱えるけど、内実は政治の弱体化、政治的問題解決能力が落ちているということが見透かされたんだろうな。究極的には経済のグローバリゼーションと民主主義のかみ合わせが合わなくなって、だんだん障害物が目立つようになり、反グローバリズムが民主主義の中からも出てくるようになった」。

 今年4月の仏大統領選では、欧州連合(EU)に否定的な極右政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首が現職マクロン氏に迫った。先進国でも従来の国際協調の枠組みに挑戦する動きが相次ぐ。背景にはかつてない経済のグローバル化が進んだことで、格差の著しい拡大と各国政府による所得再分配機能の低下、そのしわ寄せとしての若者の高失業率などへの不満があるとも指摘される。

 ポスト冷戦期、米国の政治学界からは強権的な権威主義体制に対する民主主義の勝利をうたった「歴史の終わり」論が台頭。今やそうしたバラ色の見通しは見る影もない。

 「30年前に冷戦が終わり、民主主義国でなかったところも民主化し、その中からプーチン氏も出てきたわけだ。そうした、いわゆる新興民主主義国も変質したし、先進的な民主主義国もいろんな内部問題を抱え、統治能力が落ち、国際秩序もそれにつれて不安定化していくのではないかという思いでずっと見てきた」。

 そう振り返る佐々木氏は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった今年2月24日、再び「歴史が動きだした」と指摘する。「これは簡単には元に戻らない。大変な、やっかいな時代に入ると思う。ゆったりした歴史の安定期が終わり、激しく動く時代が来る」「アメリカにせよどこにせよ、先進各国も30年前は余裕を持って社会主義圏が崩壊していくのを見れば済んだが、今度は自分たちが犠牲を払っていろんな問題を包摂しなければいけない時代に入った。その意味でわれわれの政治改革は、奇妙な歴史の切れ目に出会っている」。

(下)に続く

(2022年5月13日)

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