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「不思議の国のアリス」で“乙女”かぶき 舞台に魅せられた少女たち 

 少女たちのための新しい歌舞伎を―。今年3月、東京・歌舞伎座の歌舞伎座ギャラリー木挽町ホールで行われた「乙女かぶき」の初公演。松竹が運営する「こども歌舞伎スクール寺子屋」で学んだ10代の少女たちが、「不思議の国のアリス」を基にした新作「本朝不思議之國 夢逢姫(ほんちょうふしぎのくに ゆめあいひめ)」に挑んだ。子役以外は男性しか舞台に立てない歌舞伎だが、歴史をさかのぼれば、17世紀初頭に京都などで活躍した女性芸能者、出雲の阿国が創始者とされる。原点帰りとも言える試みは歌舞伎の活性化につながるか。(時事通信編集委員 中村正子)

“乙女”版「不思議の国のアリス」

「とにかく、とにかく」が口癖のウサギの兎丹角丸(とにかくまる)を追い掛けて不思議の国に迷い込んだアリスならぬ藍姫(あいひめ)。茶会の席で陽気に踊る春姫、夏姫、冬姫の3姉妹や三月鼠(みつきねずみ)らに出会い、訳知り顔の知恵者猫(ちえしゃねこ)には、自分が不思議の国の女王・朱雀王(すざくのおおきみ)に亡き者にされた秋姫の生まれ変わりだと教えられる。女王の宮殿に行くと、いいなずけの信貴之助(しぎのすけ)にそっくりな雅樂皇子(うたのみこ)を見つけるが、嫉妬深い女王に捕らえられ…。

「『不思議の国のアリス』はキャラクターが豊かで、ぶっ飛んでいるので歌舞伎にしやすい。アリスは夢を見るが、スクールの女の子の夢の一つが歌舞伎をすること。少女が大人になっていく話が、女子中学生のための作品としてふさわしいと考えた」。「夢逢姫」の脚本を手掛けた松竹芸文室の戸部和久さんはこう語る。

 木に縛られた藍姫が桜の花びら集めて爪先でネズミの絵を描くシーンは、古典歌舞伎「金閣寺」の「爪先鼠」から拝借。ほかにも地唄舞「黒髪」のしっとりした男女の場面、豪快な立ち回りなど、さまざまな伝統芸能の趣向を盛り込んで華やかな乙女かぶき版「不思議の国のアリス」を作り上げた。

 歌舞伎で典型的なお姫さまの装いの赤い着物で登場した藍姫は、不思議の国に入るとディズニーアニメでのアリスのイメージから鮮やかな青色の着物に。ほかのキャラクターの衣装も歌舞伎らしい配色を取り入れたオリジナルのデザインがかわいらしく、髪型やメークも斬新だ。演出・振付を担当した日本舞踊家の藤間勘十郎さんは「舞台に出た時の第一印象が大事なので衣装にはこだわった。普通では面白くないので、デフォルメした形でやってみた」と明かす。

しっかり学んだ基礎

「乙女かぶき」の出演者は、2014年に子役の育成などを目的に開講された「こども歌舞伎スクール寺子屋」で歌舞伎の演技や日本舞踊を学んだ少女たちだ。子役を卒業しても「寺子屋」に通い続け、日本舞踊を中心に稽古を重ねた。男子生徒の中には歌舞伎の道に進んで片岡愛之助の下で本格的な修業を始めた少年もいるが、女子はそうもいかない。そのため、学んだことを生かすことができる場として「乙女かぶき」が企画された。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で1年遅れの上演となり、今回は卒業生も含む小学5年から高校3年までの13人が出演。ヒロインの藍姫を演じた宿口詩乃さん(15)は、幼い頃から歌舞伎好きの祖母に連れられて劇場に足を運び、小学2年で「寺子屋」入り。「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」の禿(かむろ)役などで歌舞伎座出演経験を持ち、ミュージカルの舞台にも立ってきた。

「小さい頃は女性も歌舞伎ができると思っていた。だんだん無理と分かってきたけれど、今まで頑張ってきたので、プツンとやらなくなるのはもったいない」と宿口さん。「爪先鼠」の場面は中村歌右衛門ら名優の舞台映像を見て研究し、西洋のプリンセスとは違う歌舞伎独特のゆったりとして愛らしいお姫さまを演じた。

女形とは違うスタイル

 女性が演じる歌舞伎は、戦後の一時期人気だった「市川少女歌舞伎」が知られるほか、最近では寺島しのぶが「六本木歌舞伎」に出演した例もある。しかし、基本的には歌舞伎は男性が演じるものとして発展してきた。「それを女性がそのまま演じると、どこか違和感がある。ならば、女性のための作品を作るべきではないかと思った」と戸部さんは新作のねらいを説明する。

 勘十郎さんも、「男性である女形の役を女性が演じるときは、一度性別を捨ててから役に成りきって『女』を演じる必要がある」と女性が演じる難しさを指摘。「乙女かぶき」の手本として念頭にあるのは、戦後間もない頃に歌舞伎に出た経験を持つ日本舞踊家で女優だった亡き祖母、藤間紫の姿だという。

 勘十郎さんの指導の下、試行錯誤を重ねた宿口さん。「男の人が女形の声を出す時のまねはしなくていいと言われた。でも女の私がそのまませりふを話したのでは歌舞伎にならない。歌舞伎の言い回しであっても声をあまり作り過ぎないよう、探りながら演技しています」

 立役(男性役)の場合はどうか。朱雀王と対決するために花道に現れた綾乃さん(17)演じる雅樂皇子には、宝塚の男役のようなりりしさがあった。「男を演じるのはほとんど初めてだったので、長い間迷走しました。所作や手ぶり、目線で男っぽく見せることは可能だから、声や体格は私が演技するままにやればいい、男になる必要はないよとアドバイスをいただいて解放されました」と振り返り、今後も「踊りが好きなので、ずっと続けたい。どんな形でも、寺子屋で学んだことを広められる人になれたら一番いいな」と笑顔を見せる。

 歌舞伎座の新作も手掛けるスタッフが力を結集して作り上げた「夢逢姫」は、「寺子屋」のレパートリーとして受け継がれていく。勘十郎さんは「ある意味、歌舞伎の若手も負けないよう頑張れという私からのメッセージ。『乙女かぶき』が一つのジャンルとして根付いていけばいい」と力を込めた。

「夢逢姫」は5月8日まで歌舞伎オンデマンドで配信中。問い合わせは「こども歌舞伎スクール寺子屋」事務局 電話03(5550)1678。

(2022年4月掲載)

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