新型コロナウイルスのまん延は、入院中の子どもたちに笑顔を届ける臨床道化師(クリニクラウン)の活動にも変革を迫った。対面でのふれあいが重視されてきたケアの現場。家族すら面会が制限され、止むを得ずかじを切ったオンライン化だったが、画面を通じた子どもたちとの交流は思わぬ副産物をもたらしたという。クラウンの奮闘を追った。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣)
画面でも伝わる笑顔
「みんな大好き、ありがとう。きょうは会えてよかったな」。2022年3月中旬、ウェブ会議システムの画面の中で、カラフルな服を着た真っ赤な鼻のクリニクラウン「ポリタン」と「まめたん」が陽気に歌ったり踊ったりしていた。この日は日本クリニクラウン協会(大阪市)のオンラインイベントが開かれており、同じ画面には各地から参加した3~17歳の子どもたちも映る。病気や障害で自宅療養する子どもとそのきょうだいだ。
「エイトマン」と呼び掛けられていた浜崎瑛人さん(14)=神奈川県平塚市=はベッドに横たわったまま右手に持った鈴をぶんぶん振り回し、うれしそうにほほ笑んだ。「ここちゃん」が愛称の田辺心絆(ここな)さん(11)=横浜市=はポリタンの歌に合わせ、踊るように両手を母親に引いてもらっている。他の子どもたちは鍵盤ハーモニカやギターを鳴らしたり、画面に「いいね」マークや「クラッカー」の絵文字を表示させたりして楽しげだ。
鈴を鳴らしていた瑛人さんは生活のあらゆる場面で介助を必要とする。母親の幸枝さん(47)によると、クリニクラウンと関わり始めたのは、各地で緊急事態宣言が続いていた21年9月。これまで瑛人さんとクラウンに直接の触れ合いはないが、外出自粛が続く中、画面でのつながりは気持ちの切り替えに役立っている。「元気をもらえてありがたい存在」という。
両手を引かれるように踊っていた心絆さんが初めてイベントに参加したのは、21年2月だ。視線と指先以外、ほとんど自力で動かすことができず、母親の麻里さん(35)によると、「コロナ前から自宅にこもりがちで外出頻度が少なかった」という。だが、オンラインイベントは友だちや同世代と関わるよい機会になっており、以降、毎月参加。遠く離れた各地の子どもたちと画面の中でエールを送り合うこともあり、「頑張ろうという気持ちになれる」と語る。
◇世界のどこからでも、どこへでも
イベント終了後、「ポリタン」こと伊佐常和さん(66)と「まめたん」こと藤本真実子さん(50)に話を聞いた。クラウンの活動で日々心掛けていることは何か。2人は➀分かりやすい伝え方➁子どもからの発信をしっかり受け止めながら遊びをつくっていく➂真剣に遊ぶーの3点を挙げた。重い病気や障害で表情から感情が読み取りにくい子どももいるが、何度も関わっていくうちに、わずかな表情の変化に気付けるようになるという。
活動の場が実際の病室だったコロナ以前、退院して自宅療養に移った子どもたちとは関係が切れてしまったが、オンライン化は、病院外の子どもとの継続的な交流も可能にした。「インターネットのおかげで日本全国、世界中の子どもたちとつながることができます」。藤本さんは満面の笑みで語る。
ネット環境があればどこからでも参加できるのはクラウンも同じだ。今回、ポリタンは沖縄県、まめたんは大阪府から出演した。
直接の病院訪問とオンラインの違いについて、伊佐さんは「手段が異なるだけで基本は一緒。それぞれの楽しみ方がある」と解説する。病院訪問では子どもと直接ふれ合えるが、感染対策のため、例えば顔と顔を近づけるようなことはできなかった。だが、オンラインでは画面を通じて顔を寄せ合うことができる。これまでにないコミュニケーションだ。
1通の手紙
クラウンたちがオンライン化に本腰を入れた背景には、20年4月、ある母親から日本クリニクラウン協会(大阪市)に届いた1通の手紙がある。岡山県の病院で月1回、クラウンの訪問を受けていた5歳の女の子が病死したことがつづられ、女の子が生前に描いたクラウンたちの似顔絵が同封されていた。裏面には赤いクレヨンで「ありがとう」と記されている。
女の子は山本芽依ちゃん。心臓の難病を患い、5年10カ月の短い生涯のほとんどを病室で過ごした。芽依ちゃんがクラウンと最後に会ったのは、協会が新型コロナ感染拡大で病院訪問を休止する直前の20年2月。芽依ちゃんは次に会う時に似顔絵をプレゼントしようと準備していたが、体調が悪化し、翌月息を引き取った。
母親の美由紀さんによると、芽依ちゃんがクラウンの訪問を受け始めたのは、まだ赤ちゃんの頃だ。つらい治療を続ける芽依ちゃんにとって、皿回しやマジック、ハーモニカ演奏など、クラウンの訪問は何よりも楽しみな時間。対面が終わった後も、撮影した動画に何度も見入った。
手紙に「クリニクラウンさんに出会えたこと、本当に本当によかったと心から思います。芽依のつらく、痛い入院生活に花を咲かせてくれました。とても大切な思い出です」とつづった美由紀さん。取材に「クラウンにパワーをもらった。親子共通の楽しい話題になり、救いになっていた」と語った。
◇工夫凝らし、動画投稿も
協会の熊谷恵利子事務局長(47)は「自分たちの活動をすごく応援してくれている人がいるんだと改めて気付かせてもらった」と、手紙を振り返る。医療現場が混乱する中、活動を自粛した方がよいのではー。協会内にはそんな声もあったが、芽依ちゃんの描いた似顔絵がクラウンたちを一致団結させたという。
協会が活動のオンライン化を進める中で課題となったのは、病室内で利用できるタブレット端末やWi-Fi環境がないことだった。協会では端末や機器を貸し出したり、オリジナルDVDを配布したりして対応。ユーチューブにも動画を投稿し、子どもたちが時間に縛られず視聴できるよう工夫を凝らしていった。
今後は、長期入院や自宅療養を続ける子どもたちが楽しめるようなオンラインイベント情報を集約し、SNSなどを通じて「#こども時間案内人」の名称で発信するという。
配信、ダンスも
入院中の子どもたちを励ますのはクラウンたちばかりではない。「これまでは年1回しか会わなかった子どもたちとも、ほぼ毎日会うことができる。オンラインで家族のような交流が生まれた」。そう語るのは、NPO法人「心魂(こころだま)プロジェクト」=横浜市=の共同代表の一人、寺田真実さん(49)だ。
団体のメンバーは劇団四季や宝塚歌劇団の出身者らで、クリニクラウン同様、病院でパフォーマンスを披露するほか、闘病する子どもたちやそのきょうだい、保護者らに歌や踊りを教えるなどの活動をしていた。だが、コロナ禍で1年先まで埋まっていた公演予定が白紙になり、オンライン化を推進。20年3月に始めた配信は約1900回を数える。
22年3月14日夜には団体専用スタジオ開設1周年の記念配信が行われ、寺田さんは冒頭、「一人じゃない」の歌詞で始まるオリジナルソングを披露。間奏で入院中の子どもらに「皆さん、つながっていきましょう」と呼び掛け、メンバーや団体が踊りを教える子どもたちとパフォーマンスを繰り広げた。
◇励まされ、パフォーマーへ
団体に励まされ、その後、励ます側に回った子どももいる。心疾患を抱える神奈川県の重宗果歩さん(13)だ。果歩さんは5歳の時、心臓病を抱える子どもたちの集いで心魂プロジェクトのパフォーマンスに出会い、体調が落ち着いた4年前、団体のレッスンに参加するようになった。
全てが順調だったわけではない。長期入院を余儀なくされ、本番の日に外泊許可をもらって舞台に立ったこともある。ダンスの振り付けの考案を任せられた21年10月の配信では「いつ死んでしまうか分からないので毎日1分、1秒を大切に生きています。今の自分はかっこいいと思っています」とあいさつした。母親の裕美さん(42)によると、果歩さんが常日頃、口にしている言葉だ。
今、果歩さんはダンサーになることを夢見ている。裕美さんは「以前はやりたいことを聞いても何も言えない子だった。コロナ禍の中でもチャレンジする機会をもらって自信を付けることができた」と成長を心強く思っている。(2022年4月10日掲載)
SDGs 国連が掲げる持続可能な開発目標
「貧困をなくそう」などの17ゴールと169の具体的なターゲットが設定された
ゴール3〔保健〕あらゆる年齢のすべての人々の 健康的な生活を確保し、福祉を促進する
ゴール4〔教育〕すべての人に包摂的かつ公正な質の高い 教育を確保し、生涯学習の機会を促進する