サッカーのトレセンにも再指定
福島県楢葉町と広野町をまたぐ場所にあるサッカー専用施設「Jヴィレッジ」は、1997年7月にオープンした。年間40万人以上が来場するなど活況を見せた中、転機になったのが2011年3月の東日本大震災。東京電力福島第1原発事故の対応拠点に決まると、営業休止に追い込まれた。19年4月に全面再開を果たした後は、復興のシンボルとしての新たな役割を担いながら、魅力を増した施設として企業研修や修学旅行先になるなど意外な活用法も広がりつつある。
最近はサッカー女子日本代表(なでしこジャパン)の合宿や男子U23(23歳以下)アジア杯予選が行われるなど活気が戻り、スポーツ庁は今月1日、Jヴィレッジを再びサッカーのナショナルトレーニングセンター強化拠点に指定した。施設の関係者は、震災前よりも魅力的な場所にしようと努力を重ね、試行錯誤を続けている。(時事通信運動部 長谷部良太)
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大震災の際、高台にあるJヴィレッジは津波の被害こそ免れたものの、原発事故収束のための対応拠点になった。緑の天然芝が施された美しいピッチには砂利が敷かれ、駐車場に。スタジアム内には仮設の宿舎が建てられ、本来の活動ができなくなった。
東京五輪開催が決まった13年を機に、再興に向けた動きが活発化。19年4月に全面再開を果たすと、同年度は約50万人が来場し、4万人が宿泊施設を利用した。昨年度の水準も同程度で、Jヴィレッジ副社長の上田栄治さんは「新型コロナウイルスが収束すれば、右肩上がりになるだろう」と大きな期待を寄せている。
天然芝のピッチは8面、人工芝は2面もあり、照明設備や雨天練習場だけでなく、レストランなども充実している。その成り立ちから「サッカー専用施設」としてメディアなどで紹介されることは多い。実際に利用者の半数以上はスポーツ団体で、トップはサッカー関係者。ただ、最近はラグビーやバレーボール、バスケットボール、ハンドボールなどの団体客にも使われている。現在、Jヴィレッジが誘致に力を入れているのはスポーツ団体以外。努力が実り、企業向けの研修や、学校の修学旅行先としての選択肢にもなりつつあるという。
独自プログラムでコミュニケーション
Jヴィレッジが独自に開発した企業研修プログラムの一例に、「アイマスクサッカー」がある。パラスポーツのブラインドサッカーをアレンジしたもので、アイマスクを着けた人が、着けていないチームメートから指示を受けてボールを操作し、相手ゴールを狙う。コミュニケーションが育まれやすく、日常では経験できない感覚を味わえることもあり、体験者からは好評を得ているという。
こうした工夫を凝らして利用客を増やそうとしている背景の一つに、宿泊施設としての認知度が低かった点がある。合宿などの誘致を担当する事業運営部副部長の愛川雄一郎さんは言う。「そもそも、ここに泊まれるという認識が(客に)なかった。それを今、一生懸命に打ち砕いて、いろんな団体に使っていただけるようにしている」
今後の課題に挙げるのが、スポーツ団体以外の客をいかに増やすか。新型コロナの影響が世の中に及んで久しい今日、「コロナ下でリアルのコミュニケーションが足りていないという話も企業側から聞く。それに対して、私たちがどういう提案ができるのかを考えているところ。ホテルもピッチも使ってもらうことにより、平日のホテル稼働率も上げたい」と説明する。
風評被害は「ほぼない」
原発事故による風評被害については、「ほぼない」と上田さん。その点は施設の再興を後押ししそうだ。新型コロナによる入国制限に関して、JリーグはJヴィレッジを隔離施設に指定し、数十人の外国選手が利用した。上田さんは「放射能の心配がないということを発信できた」と喜ぶ。
震災前と比べ、Jヴィレッジには徒歩圏内の最寄り駅やホテル棟、全天候型の練習場が新設され、昨春には医療施設「JFAメディカルセンター」が再開。ここで開催される大会でけが人が出た場合も、施設内ですぐに手当や磁気共鳴画像装置(MRI)検査ができるようになった。
昨春からはエリート教育プログラム「JFAアカデミー福島」の男子の練習拠点としても再び使われるようになり、24年春には女子も戻る。同年からは、全国高校総合体育大会(高校総体)の男子サッカーが毎年Jヴィレッジで行われることも決まっている。今月23、24の両日は、人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のライブも開催される。スポーツファン以外にも福島の復興をアピールする場になりそうだ。
宮間あやさん「花開く場所に」
Jヴィレッジは、「復興五輪」とも位置づけられた昨年の東京五輪で、国内聖火リレーのスタート地点となった。第1走者は「なでしこジャパン」が務め、横に並んで走るメンバーの姿は機運を盛り上げた。その1周年を記念し、今年3月25日には当時の様子を伝える巨大な写真パネルが現地でお披露目。なでしこジャパンの元監督で日本サッカー協会女子委員長の佐々木則夫さんや、元選手の宮間あやさんが除幕式に臨んだ。
Jヴィレッジ周辺は、夏場は涼しく、冬場は降雪が少ないため年間を通してスポーツに適した環境とされる。佐々木さんは「ここは福島の中でも気候の良さがある。なでしこ時代にここを拠点としてきたし、多くの方に利用していただきたい」。宮間さんも「なでしこジャパンの土壇をつくってもらった施設。この場所から花開いていったと思う。たくさんの人にもそういう場所にしてもらいたい」と、将来像を思い描いていた。
(2022年4月18日掲載)