伝統のライバル対決で団結
ライバルの垣根を越え、愛情のこもった拍手がスタジアムに響き続けた。サッカーのイングランド・プレミアリーグで、19日に行われたリバプール―マンチェスター・ユナイテッド戦。「ノースウェスト・ダービー」とも称される伝統のビッグマッチの前日、マンUのポルトガル代表FWクリスティアノ・ロナルド(37)は生まれたばかりの男女の双子のうち、息子が亡くなったことを明かした。リバプールファンのSNS投稿が大きな輪となり、観客はこの試合を欠場したロナルドとその家族に向けて支える気持ちを表現した。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)
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試合開始から「7」分。リバプールの本拠地アンフィールドを埋め尽くした約5万3000人の観客は突然立ち上がり、拍手を始めた。ロナルドとその家族に敬意を示し、少しでも希望や力を届けたい―。そんな思いの詰まったスタンディング・オベーション。敵地に駆けつけたマンUのファンは、背番号「7」が記されたロナルドのユニホームを高々と掲げた。
拍手は鳴りやまない。記者席のジャーナリストも一緒に手をたたく。リバプールのファンはクラブを代表する応援歌「You’ll Never Walk Alone(君は独りじゃない)」を歌い始めた。優しくて力強い歌声が会場にこだまする。サッカーを通じて同じ場所に集った人々が、敵も味方も関係なく団結してつくり出した特別な1分間だった。
リバプールのファンが提案
ロナルドは18日に自身のツイッターで「深い悲しみとともに、男の子の赤ちゃんが亡くなったことをお知らせしなければならない。親としてこの上ない苦しみ」と心境を明かし、「私たちの男の子、あなたは私たちの天使だ。いつでも愛している」と結んだ。
このニュースを知ったリバプールのファンが、ロナルドの背番号にちなんで試合開始から「7」分に拍手することをSNSで提案。この計画は共感を呼び、瞬く間に拡散された。ファンは「このような悲痛な状況下では、ライバル関係は脇に置かれるべきだ。君(ロナルド)は独りじゃない」「こんな時にライバルなんて意味がない」などと呼び掛けた。
試合前に英大衆紙ミラーはこの計画を記事にして紹介。マンUもクラブ公式サイトで取り上げ、「英国サッカー最大のライバル関係を共有しているが、両クラブの間には根強い尊敬の念がある。それは、リバプールのファンが最初に提案した1分間の拍手によって強調されるだろう」と記した。
「決して忘れない」
イングランド北西部の港湾都市リバプールと工業都市マンチェスターは、約50キロの近隣に位置する。産業革命時代から経済的にも密接な関係にあった両都市を代表するリバプールとマンUは、ともに国内のタイトルを数多く獲得してきたビッグクラブ。世界最高峰のプレミアリーグにおいて、最も激しい好敵手だと言われている。
シーズン終盤を迎え、2季ぶりのリーグ優勝を含む国内外4冠を狙うリバプールと、欧州チャンピオンズリーグ出場圏内の4位争いで正念場のマンU。どちらにとっても落とせない重要な一戦で普段以上に熱気を帯びた観客が、ロナルドを思い、心を一つにした瞬間は何よりも尊いものだった。
両チームの選手は黒色の腕章を着けて戦い、リバプールが4―0で勝った。ロナルドは試合から2日後、自身のインスタグラムで観客が拍手する動画とともに「一つの世界…一つのスポーツ…一つのグローバルファミリー…ありがとう、アンフィールド。私と家族は、この尊敬と思いやりの瞬間を決して忘れない」と感謝の言葉をつづった。
復帰戦でメモリアルゴール
この話には続きがある。ロナルドは23日、リーグ4位争いの大一番となったアーセナル戦で復帰。試合開始から7分が経過すると、アーセナルの本拠地エミレーツ・スタジアムの観客が次々と立ち上がり、拍手を始めた。リバプール戦と同様に約6万人が総立ちとなり、1分間、温かい心を届けた。ロナルドはピッチ上で手を挙げ、謝意を示した。
ロナルドは2点を追う前半34分。左クロスを巧みに左足で合わせてゴールに押し込んだ。プレミアリーグ自身通算100点目となるメモリアルゴール。十字を切り、空を見上げて天を指さした。天国へ旅立った息子へささげるかのように。
(2022年4月27日掲載)