会員限定記事会員限定記事

震災11年、廃炉の現場は◆福島第1原発構内ルポ【news深掘り】

2022年03月12日08時30分

 東日本大震災に伴い事故を起こした東京電力福島第1原発。この1年、放射能汚染水から放射性物質を低減した「処理水」の海洋放出に向けた具体的な計画が策定され、関連施設の準備も始まった。あれから11年。廃炉作業の現場はいったいどのような状態なのか。3月初頭に現地を取材した。(時事通信社会部 渡辺恒平)

 【特集】news深堀り

◇線量計から警報音

 原発敷地内に入った記者はまず、1~4号機が見渡せる高台にやってきた。事故が起きた建屋まで約100メートルの距離だ。放射性物質が飛び散るのを防ぐ対策が取られており、防護服などを着ることはなく、マスクやヘルメットといった軽装備だ。ただし、放射線量は毎時100マイクロシーベルト程度と高い。担当者から話を聞いている十数分のうちに、胸ポケットにしまった個人線量計から20マイクロシーベルトに達したことを知らせる警報音が発せられた。

 高台から見下ろすと、大型クレーンにつるされた機械が1、2号機の間で作業をしているのが目に付いた。時折、甲高い金属音のようなものも聞こえてくる。事故当時、原子炉格納容器内の圧力を逃がすための「ベント」と呼ばれる作業に使われた配管の撤去作業だ。放射線量が非常に高いため、遠隔操作で切断するという。ただ、この日は機器の不具合で、短時間で中断に追い込まれていた。廃炉の難しさを感じる出来事だった。

◇燃料プール、今もがれきに

 建屋の鉄骨がむき出しとなった1号機内部の使用済み燃料プールには、今も核燃料392体が残されたままだ。プールの上には、事故で崩落した建屋のがれきや大型のクレーンが覆いかぶさり、作業を阻んでいる。東電はがれきなどの撤去作業で放射性物質がまき散らされるのを防ぐため、1号機を大型カバーですっぽりと覆い、内部で作業を進める計画だ。カバーの完成は2023年度ごろの予定で、核燃料の取り出しを始めるのは28年度ごろと見込まれている。

 その大型カバーは1号機から少し離れた場所で、着々と組み上げられていた。幅およそ60メートル、高さは20メートル近い。巨大な高層ビルの骨組みのようで、今後の撤去作業の大規模さを実感させる。

 わざわざ離れた場所で組み立てているのには理由がある。鉄骨を組み合わせた部材はクレーンでゆっくりとつり上げられていく。「1つで10トンもあるので、こんなペースになる。これを現場でやっていると、被ばく線量が高くなってしまう」。付き添った担当者は、ある程度の大きさまで組み立て、1号機のそばでは設置するだけにして作業員の被ばくを抑えるのが狙いだと説明した。


◇汚染水、一日140トン

 原発敷地のほぼ中央に位置する多核種除去設備(ALPS)。取材時、低い稼働音を立てていた。福島第1原発では毎日140トン前後の汚染水が発生しているが、多くの放射性物質はALPSで基準値未満に減らせる。ただ、化学的性質が水に似たトリチウムは除去できず、敷地内のタンクで保管を続けている。現在のペースでいくと、23年春には137万トン分のタンクが満杯になると見積もられている。

 隣には「K4」と呼ばれる処理水保管タンク群がある。今後、海洋放出前にトリチウム以外の放射性物質が減っているかを測定、確認するためのタンクに改造される。改造後は3つのグループに分けられ、処理水をためる作業、測定作業、確認を終えて放出する作業をローテーションしながら実施していく予定で、22年2月には複数のタンクをつないで内部の水をかき混ぜ、濃度が均一になるか測定する試験も実施された。

 放出される処理水の安全性は、誰が確かめるのか。東電廃炉コミュニケーションセンターの木元崇宏副所長は「うちの分析だけでなく、第三者の分析機関にも確認を求めることになるだろう」と話す。

 5、6号機近くでは、放出直前の処理水を集める立て坑の掘削が始まっていた。深さ十数メートルの穴の底からシールドマシン(掘削機)を使い、沖合1キロまでトンネルを掘るという。ALPSでトリチウム以外の放射性物質を低減し、K4タンクで測定・確認を終えた処理水は、海水で100倍以上に薄めた上で放出される。原発の敷地そばで放出すると、希釈用の水として処理水を再び取り込んでしまう可能性があり、沖合で放出するのはこうした事態を防ぐのが狙いだ。

 ところで、そもそも汚染水は溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷却するために、原子炉内に注水することで発生する。例えば、デブリに風を当てて冷やすなどすれば、汚染水の発生を止められるのではないか。こんな疑問をぶつけてみた。「あり得る方法ではあるが、乾くとちりが舞い上がってしまう」と木元さん。舞い上がったちりには高線量の放射性物質が含まれる可能性が高く、「ぬれた現場の方が安全という事情がある」と説明した。

◇処理水以外にも

 福島第1原発でたまり続けるのは、処理水だけではない。撤去されたがれきや作業員が着た防護服、伐採した樹木などの廃棄物も日々積み上がっている。取材中、敷地内のあちこちに、廃棄物を収めた白いコンテナを見ることができたが、実は、21年にはコンテナから放射性物質が漏えいするなどのトラブルが続発した。東電は、正式な一時保管所ではない場所に仮置きされた廃棄物の増加が原因とみて対策を続けており、取材に訪れたこの日も、作業員らが黙々と、コンテナに雨水の浸入を防ぐための白い養生シートを設置していた。

◇瓶詰の処理水

 取材の最後、木元さんは瓶に入った処理水を記者に見せた。無色透明で、手に持って眺めてみても、水道水などと変わりないように見える。参考として示された汚染水の写真は、さびなどが混ざって泥のように濁って見えた。

 放射性物質の量も減っている。ALPSなどに通す前の汚染水は、1リットル当たり約3300万ベクレルのセシウムなど、膨大な放射性物質を含有しているが、処理水の段階では測定器で検出できないレベルにまで低減しているという。

 それでもトリチウムは1リットル当たり約77万ベクレルほど残っている。ただ、トリチウムが出す放射線は弱いベータ線で、「瓶からベータ線は出られないので、持っても被ばくはしない」と木元さん。取り出した放射線測定器を瓶に近づけても、空気中の放射線に反応した「毎時0.14マイクロシーベルト」を示すだけだった。

 処理水放出では風評被害が課題となる。実施には、漁業者など地元の理解が欠かせない。東電はどのように対応するのか。木元さんは、トリチウムの科学的な性質や処理方法などについて、漁業者に加え、消費者に近い立場の小売業者などに「繰り返し説明を尽くすしかない」とした上で、「福島で取れた魚と他で取れた魚、どちらでも大丈夫という状況に近づけたい」と力説した。(2022年3月12日掲載)

news深掘り バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ