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姜信子、山内明美著「忘却の野に春を想う」(白水社)【今月の一冊】

2022年03月05日12時00分

近代の闇、超える道探る

「忘却の野に春を想う」(白水社)【時事通信社】

「忘却の野に春を想う」(白水社)【時事通信社】

 在日韓国人として歴史の記憶をたどる作家の姜信子さん、社会学者として震災後の東北で、もうひとつの社会を模索する山内明美さん。二人の女性が共に近代の闇を超える道を求め交わした往復書簡集である。(松田博公・ジャーナリスト)

「奪われた野にも春は来るのだろうか」。植民地朝鮮の詩人、李相和の詩に導かれ、過去から現在へ、無数の「奪われた春」が回顧され検証される。

 関東大震災時の朝鮮人虐殺、済州島4・3事件、足尾銅山の鉱毒、水俣の有機水銀公害、東北大震災の津波、原発事故、沖縄辺野古の埋め立て、津久井やまゆり園殺傷事件、コロナパンデミック。さらにアイヌの民族文化、ハンセン病者の隔離、復興で失われる三陸の風土⋯⋯。

 規律化、合理化、効率化、安全・安心を追究してきた近代。「どう考えても、この社会の仕組みそのものに排外と差別が巣くっているとしか思えない」と山内さん。しかも、被害と加害の関係は入り組んでいる。姜さんは書く。「国家/資本の想像力に囲われた、国家/資本の物語の中に生まれおちて、生かされたり殺したり踏みにじられたり踏みにじったりしてきた私たち。この他者殺しの物語をいかに振りほどくのか?」

 二人は、水俣病闘争の中で同じ思いを抱いた石牟礼道子さん、緒方正人さんのたたずまいに幾度も立ち返っている。石牟礼さんは、『苦海浄土』で「もう何もチッソも、許すという気持ちになった」と患者さんの思いを記し、緒方さんは、「チッソは私であった」「チッソの人の心も救われん限り、我々も救われん」と告白し、もうひとつの世/常世を求めて訴訟から離脱した。

 山内さんは「『許す』と言って遺棄されていった者たちを、ほんとうに遺棄してしまったなら、世界はもう終わりです」と語り、東北の風土の中に、「近代を包み込んで余りある三陸世界」を見ようと、コンクリートが造る近代化ではない、津波を文化の一部とする暮らしの再生を求め人々と交わる。

 姜さんは、水俣の受難の光景を「滅びを滅びとして受けとめる最後の神話」とし、断ち切られていく者たちがつながり、世界を書き換える「はじまりの場」を立ち上げるために、歌と踊り、語りを携え各地を巡る。

 こうして、李相和の詩に始まる思索の交換は、宮沢賢治、金時鐘、ハンセン病者の詩人、谺雄二に触発され、「互性」の概念を造語し自然活真の世を作ろうとした江戸期八戸の医師、安藤昌益の啓示を得て深まっていく。「私たちには近代的な論理や因果論を超えた「詩/うた」が必要なのです」と姜さんは書く。

 かつてこの国にも、変革への欲求が沸き立つ時代があった。例えば1960年代末である。そのころと比べ、今の状況がよほど切羽詰まっていることを、二人の慨嘆は示している。

 姜さんは書く。「人間はやはり滅ぶしかないのだろう。もう取り返しのつかないところまできているのだろう」。山内さんも、「もはや、この地球のどこにも、安心・安全な場所などありはしないし、人間が生み出したリスクの嵐にまみれて滅びる運命なのだ」と応じる。

 その感覚は、姜さんが引用する、関東大震災直後に大逆罪で逮捕され獄中で死んだアナキスト、金子文子の言葉に重なる。

「すでにこうなった社会を、万民の幸福となる社会に変革するのは不可能だ」

 だからといって何もしないのではない。不可能でも自分がやるべき真の仕事をする。それが真の生活だと、金子文子も手記『何が私をこうさせたか』で書いていた。

 2021年5月、書簡の往復を終えた二人は水俣の乙女塚で合流して山伏の護摩をたき、一切のいのちの幸福を祈った。乙女塚は、一人芝居の芸能者、砂田明が、水俣病の犠牲となった生類のために全国を勧進行脚し、1981年に建立した供養塚である。姜さんはかねを叩き、山内さんは愛用のしの笛を吹いた。姜さんの旅の連れ、祭文語り八太夫は三味線を奏で、砂田がかつて朗読した詩を歌った。


もし 人が 今でも 万物の霊長やというのやったら

こんな酷たらしい毒だらけの世の中 ひっくり返さなあきまへん

なにが文明や

蝶や蜻蛉や蛍や 蜆や田螺や雁や燕や、ドジョウやメダカやゲンゴローやイモリや

数も知れん生きものを殺しておいて

首は坐らん目は見えん 耳は聞こえん口きけん 味は分からん手で持てん足で歩けん

―そんな そんな嬰児(ややこ)を産ませておいて


「なにが文明や」。YouTubeの動画からほとばしる八太夫の叫びが、身に突き刺さる。

 本書を読み、わたしたちが歴史への健忘症、他者の傷みへの不感症を深く病むことに気づかない者はいないだろう。

◇  ◇  ◇

松田 博公(まつだ・ひろきみ)1945年神戸市生まれ。元共同通信社編集委員。東洋医学ジャーナリストとして、『鍼灸の挑戦』『日本鍼灸へのまなざし』などの著書がある。ほかに、「フーコーに出逢う旅-虹の国のクイア・ピープル」、「ネヴァー・エンディング・レヴォリューション」(『女たちの中東 ロジャヴァの革命』解説)を執筆するなど、幅広く評論活動をしている。

(2022年3月5日掲載)

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