「何でもできるのがいい」
米大リーグの2022年シーズンが近づいてきた。労使紛争で99日間も続いたロックアウトが解除され、戻ってきた球音。オープン戦もたけなわだ。昨季のア・リーグ最優秀選手(MVP)、エンゼルスの大谷翔平選手(27)が早くも投打ではつらつと調整し、4月7日の開幕に向け心技体が充実している。21年は投手で9勝2敗、防御率3.18、156奪三振、打者で打率2割5分7厘、46本塁打、100打点、26盗塁。その素晴らしい成績は、約2年前に口にした言葉を具現化させた形だ。大谷のエンゼルス入団1年目から昨季までを現地で取材してきた記者が、大きな飛躍を遂げた21年シーズンの要所を振り返った。(時事通信運動部 安岡朋彦)
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「何でもできるのがいい」―。2019年12月のインタビューで、大谷に「理想の選手像」を問うと、こんな答えが返ってきた。同年は右肘の内側側副靱帯(じんたい)再建手術(トミー・ジョン手術)を受けた影響で、プロ入り後初めて打者に専念。当時は、翌年の二刀流復活に向けてリハビリを重ねている最中だった。
この言葉には続きがある。
「キャッチャーをやれって言われたらキャッチャーをやって完璧にこなす。ファーストをやれと言われたらファーストをやって完璧にこなす」
いくら大谷が並外れた実力を備えていても、それは不可能だろう。大谷は言葉を継いだ。
「それはできないことなので、バッティングもピッチングも、できることを人よりも多くしたい」
技巧派さながら
「できること」を着実に増やしていき、迎えた21年シーズン。球史に残る活躍を見せた。大リーグでデビューした18年から、100マイル(約161キロ)超の球速はメジャーの先発投手の中でもトップクラス。直球で押して、鋭く落ちるスプリットで空振りを奪う。「本格派」を地でいくような投球が日本ハム時代からの象徴だったが、21年は「技巧派」さながらの打たせて取る投球も光った。
転機は1回持たずにKOされた6月30日の敵地ニューヨークでのヤンキース戦。エンゼルスは指名打者(DH)制を使わず、先発投手の大谷を1番に入れた。だが、一回裏の先発マウンドで3分の2回を投げて2安打、4四球で降板。7点を失った。
チームは巻き返し、九回に7点を奪って11—8で劇的な逆転勝ちを収めたものの、ブルペンから7投手を注ぎ込み、打撃では指名打者枠を欠いて投手が打席に入ったこともあり、苦しい戦いを強いられた。
ヤンキース戦までの開幕から12度の先発登板では、平均して3.5四死球と制球に苦しんだ。7四死球を与えて4回で降板した試合も。球数がかさみ、投球回数も伸びなかったものの、ヤンキース戦を迎えた時点で3勝1敗、防御率2.58とまずまずの結果を残していた。
「打たれないと(スタイルを)変えようと思わなかったり、 感覚が悪くても抑えてしまっている状態だと変えづらかったり。そういう意味では、変えるためのいいきっかけになった」
ムキになって三振を取らない
ヤンキース戦の翌週に先発した本拠地アナハイムでのレッドソックス戦では、投球をガラリと変える。スプリットやカットボールの他、珍しく67.6マイル(約109キロ)の緩いカーブも交えながら、ストライクゾーンを積極的に突いて凡打を誘った。強力打線を相手に7回を89球でまとめ、5安打2失点で4勝目。奪三振は四つだけだったが、四死球はなかった。
ヤンキース戦までの12試合は合計で970球を投げ、ストライクは59.4%の576球。これに対し、レッドソックス戦は89球のうち、73.0%に相当する65球がストライクだった。
「ムキに三振を取らないようにっていうのは気を付けていた」
球数を抑え、長いイニング
転機となったヤンキース戦以降は、レッドソックス戦に象徴されるように、ストライクゾーンを攻めて打たせる投球で球数を抑え、長いイニングを投げる傾向が顕著に出た。
ヤンキース戦までの12試合で投球回数が計60回(1試合平均5回)だったのに対し、その後の11試合は70回3分の1(同6回3分の1)。レッドソックス戦の結果が示すように、奪三振は減ったが、1試合平均9イニングあたりの四球を示すBB/9(奪三振率)は5.25から1.15と大幅に減少した。
ストライクゾーンにボールを集めることで、被安打、被本塁打は増えた。そこは大谷自身も折り込み済み。打たれた分を差し引いても、防御率は3.60から2.82、米球界で重視されるWHIP(1イニングあたりの被安打、与四球の合計値)は1.27から0.94と改善された。
「本格派」と「技巧派」の使い分け
「本格派」としての投球を捨てたわけではない。ピンチの場面ではギアを入れ替え、剛速球とスプリットで三振を奪いにいく場面もあった。
そして8月18日、タイガース戦では違った形で「本格派」と「技巧派」を使い分ける投球を披露した。
五回までは、ストライクをどんどん投げて打たせて取る投球で、毎回のように安打を許しながらもソロ本塁打での1失点でしのぎ、球数は55球。制球を重視していたためか、五回までの直球の球速は平均で94.2マイル(約152キロ)と、大谷としては抑え気味だった。
五回を終えた時点で、エンゼルスは2ー1でリード。この試合も本塁打で失点していることからも分かる通り、打たせて取る投球は時に痛打を浴びる可能性をはらんでいる。点差と球数を見て、大谷は六回から「本格派」の投球に切り替えた。
「きょうはたまたま球数が少なかったので、ゲームも競っていましたし、六回以降は比較的三振を狙っていくような意識ではいきました」
六回から八回までの直球は155キロを超える97~98マイル台が中心。狙い通りに相手を力でねじ伏せる投球でスコアボードにゼロを並べ、打席では自ら貴重な追加点を挙げるソロ本塁打を放ち、勝利を手繰り寄せた。
引っ張る大谷
打者としてはホームランバッターとして成長した姿を見せ、シーズン終盤までタイトル争いを演じた。力強く引っ張る本塁打が増えた。大リーグのデータサイトによれば、20年までの3シーズンの合計47本塁打のうち、右翼方向への「引っ張り」に分類されたのは11本で、21年は46本塁打のうち「引っ張り」が26本。データ上で「引っ張り」に分類されない右中間への当たりもあり、実際に右翼方向へと飛んだ本塁打の本数はさらに多い。大谷は中堅への大きな当たりが持ち味だが、本塁打を量産するためには引っ張る打撃が不可欠と言えるだろう。
左打者では大谷に次ぐ39本塁打を放ったアスレチックスの強打者マット・オルソン内野手(現ブレーブス)は、大谷の打撃についてこう語っていた。
「(左の長距離打者でも)中堅や左方向に多く打球を飛ばす選手もいる。大谷はどこにでも打てるけど、彼も右翼側がより飛距離の出る『パワースポット』みたいだね。だから右翼方向にたくさん本塁打が出ている。僕や大谷のような体の大きな選手は、引っ張った打球の方がよく飛ぶものなんだ」
「全てを兼ね備えた打者」
21年は、試合の流れを見て俊足を生かしたセーフティーバントを鮮やかに決める場面も目立った。
6月16日のアスレチックス戦。4―1とリードした五回に先頭で打席に立つと、セーフティーバントを決めて出塁。二盗にも成功し、チャンスを演出した。相手投手は大谷が打席に入れば一発を警戒するが、本人は「(点が入る)確率が高いと思った」とセーフティーバントと盗塁で、得点圏に進むことを選んだ。
18、19年に同じア・リーグ西地区のアストロズで監督を務め、21年からタイガースで指揮を執っているA・J・ヒンチ監督に打者大谷の印象を問うと、「彼は何でもできる」と答えた。大谷が19年オフに語った理想像と重なる。
「(打率を稼ぐ)いい打者になろうと思えば、いい打者になれる。パワーヒッターになろうと思えば、パワーを生かした打撃ができる。四球を取ることもできる。彼は全てを兼ね備えた打者なんだ。試合で必要なことができる。先頭バッターになっても、(塁に出るという)その役割を嫌がらない。得点圏に走者がいれば、(走者をかえすために)ボールを飛ばそうとする」
走塁もトップクラス
投げる、打つだけではない。21年は日本ハム時代を含め自己最多の26盗塁。同年までベンチ・コーチ(日本のヘッドコーチに相当)を務めていたマイク・ガイエゴ氏は、「走塁も、盗塁の技術も今の球界ではトップクラスだと思う。間違いない」と断言する。
同年4月には、野手が不足した試合で、自ら首脳陣に提案して左翼に入り、メジャーでは初めて外野守備に就いた。その後も降板後や代打から右翼に入るケースがあり、計7試合で外野を守った。
「何でもできるのがいい」
至ってシンプルなその言葉こそ、大谷を端的に示すキーワードとも言える。
(2022年3月25日掲載)