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呪われた?米国の金融引き締め 今世紀3度目、今回こそ成功するか【解説委員室から】

 米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が15、16日に開催する連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利の引き上げを決定する見通しだ。利上げが決定されると、米国は今世紀で3度目の引き締め局面に入る。実は、過去の2度の引き締めはいずれも失敗・頓挫する、という不首尾なものだった。その意味で「呪われた引き締め路線」(日銀OB)であり、3度目こそ成功が求められる。だが、ウクライナ危機の勃発で世界経済は急速に不透明感が増した。市場では「成功確率はかなり低い」(大手邦銀アナリスト)との見方が強い。(時事通信解説委員 窪園博俊)

 まず、FRBの政策運営を振り返ってみたい。今世紀最初の引き締め路線は2004年に始まった。当時の米経済は00年のITバブルが崩壊した後の低迷から抜け出し、個人消費や住宅投資などを中心に景気が急回復する過程に入っていた。そこで、FRBは景気の過熱化を避けるべく、利上げを重ねていった。政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートは当初1.00%だったが、「小刻み」に引き上げられ、06年に5.25%となって据え置かれた。

「小刻みの利上げ」の結果…

 この「小刻み」の利上げに「2年」という長めの時間をかけたことが結果的に失敗を招く。当時のFRB議長は、グリーンスパン氏だった。同議長は、この「小刻みの利上げ」を、計ったかのように実施することから「メジャードペース」と称した。金融市場にとって、利上げペースが事前に分かることは投資ポジションを構築しやすい。米国では住宅投資が活発化しており、2年にわたる小刻みな利上げは「住宅投資を抑制するには引き締めペースが緩慢過ぎで、壮大なバブルを発生させた」(先の日銀OB)と総括される。

 この住宅投資はまた、信用度が低いため「サブプライムローン」と称され、証券化されて世界的に販売された。住宅投資のバブルは07年から市況が悪化して不良債権が発生。08年に「リーマン・ショック」を引き起こし、世界経済を大混乱させた。急激な円高で日本も打撃を受け、不況に沈んだことをご記憶の方も多いだろう。グリーンスパン議長は、それまでの巧みな手腕から「金融政策のマエストロ(名匠)」とも称されたが、最後はバブル生成の戦犯として汚名を着ることになった。

大統領の批判に屈し、信認が地に

 次の引き締め局面(金利引き上げ)の開始は15年である。米経済は、リーマン・ショックから7年を経てやっと立ち直り、FRBはそれまで「0~0.25%」の超低金利だったFFレートを「0.25~0.50%」に引き上げた。それから段階的に利上げを進め、18年に「2.25~2.50%」となり、そこで据え置かれた。ただ、この利上げはもっと進められるはずだった。19年には数回の利上げが予定されたが、米中貿易戦争の勃発で反対に利下げに追い込まれた。

 利上げ途上の17年、トランプ氏が大統領に就任した。FRBのトップは、イエレン議長だったが、トランプ大統領の指名を受け、18年に現在のパウエル議長が就任した。同大統領は保護主義者であり、輸出に不利となるドル高を嫌った。そして、ドル高につながるFRBの利上げに反対。ツイッターを使って自ら任命したパウエル議長を厳しく責めていたのを記憶している方もおられるだろう。パウエル議長は、トランプ大統領からの批判に屈する形で利上げ路線を頓挫する状態に追い込まれ、FRBへの信認はいったん地に落ちることになった。

 今週、3度目の引き締め局面を迎える。冒頭述べたように成功確率は低い。もともとコロナという大感染でショック状態になった経済を成長過程に戻すこと自体がかなりの難題だ。その上にロシアが突如としてウクライナに侵攻。場合によっては、第3次世界大戦まで起こりかねない。さらに付け加えると、世界的にインフレが懸念されるが、労働力不足や原油高など供給要因で発生するインフレに対し、「金融引き締めは基本的に非力」(日銀幹部)と言われる。

運転難度は今回が最も高い

 それでもFRBが利上げに動くのは、供給要因のインフレでも、放置すると企業や家計の物価観があおられ、スパイラル的にインフレが加速する恐れがあるからだ。そうなってから引き締めると、極めて大幅な利上げが必要となり、経済を劇的に悪化させかねない。将来の経済急降下を避けるため、早めにインフレ抑制に動くわけだ。ただし、利上げは前述のように供給要因インフレに非力でも、経済に抑制的であり、慎重にやらないと自ら経済を過度に抑制するリスクがある。

 そしてウクライナ危機である。この危機は、金融政策に相反する対処を迫る。ロシアへの経済制裁は、報復で世界経済が下振れるリスクがあり、これは金融緩和の出番だ。欧米との対立が深まり、大戦リスクが高まることも経済を萎縮させ、緩和圧力となる。一方、ロシア産原油の輸入禁止は、エネルギー価格を高騰させて世界的なインフレ加速要因となり、これは引き締めが必要だ。緩和と引き締めを同時にやるのは不可能で、バランスを見極めた正しい選択はほぼ不可能であろう。

 金融政策運営の困難さは、山口泰・元日銀副総裁が講演で紹介した比喩が最も的確であろう。「中央銀行とは前方の曇った窓ガラスとリアミラーと、不正確な速度計を見ながら曲がりくねった道路を走る自動車の運転手のようなものである」(2000年8月、日本記者クラブでの講演)。FRBは過去2度の引き締めで運転を失敗した。3度目の今回、視界は最も不良で、道路状況も悪い。インフレも供給要因が大きく、正確な圧力は測定不能(速度計が当てにならない)。運転難度は今回が最も高いと言っていいだろう。

 【筆者略歴】外国経済部、ロンドン特派員、経済部などを経て、現在は解説委員。1997年から日銀記者クラブに所属。以来、金融政策、経済、マーケットの動向などを取材。

(2022年3月15日掲載)

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