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歯科医で「プチ整形」増殖のワケ◆あいまいな「合法」ロジック、トラブルも【時事ドットコム取材班】

2022年03月22日10時00分

 「プチ整形」と呼ばれる美容医療を手掛ける歯科医院が増えている。注射で顔のしわを取ったり、脂肪を溶かしたり。中には糸を使ったフェースリフトを行うクリニックも存在するが、それって医師の仕事では? 口の中から飛び出した歯科医の守備範囲は、どこまで及ぶのか。法律の境目を探ると、歯科医の美容医療参入を可能にするロジックと、業界を取り巻く構造的な背景事情が浮かび上がってきた。(時事ドットコム編集部 太田宇律

 【特集】時事コム取材班

歯科医で「糸リフト」 

 「ほうれい線・フェースライン・しわ・たるみなどのお悩みに、歯科医師がお答えします」。北海道のある歯科医院のホームページには、こんな文章が記載されている。

 この医院は、しわ取りを目的としたヒアルロン酸や神経障害治療剤「ボトックス」注入のほか、脂肪溶解注射、ビタミンC点滴といった美容医療を実施。医院の公式インスタグラムには、歯科医が女性患者のほほに挿入した糸を引っ張り、フェースラインを引き締める「糸リフト」の施術動画が掲載されており、患者が出来栄えを見てうれしそうに驚く様子や、施術前後と2週間後の変化を比較する「ビフォーアフター写真」も映し出される。

 針を使って耳の前からほほに糸を挿入する施術は、見たところ歯科治療とは直接関係がないように思える。医院を取材すると、男性院長は「保健所や厚生労働省に問い合わせた上で、『歯科口腔(こうくう)領域』の美容に関しては法的な規制がないことを確認している」と説明。どの美容施術も歯科診断に基づいており、「違法ではない」との見解を示した。

 院長によると、糸リフトを希望する患者は多く、口元のたるみや口角が上がりにくくなった症例に対して定期的に実施しているという。糸リフトの経験が豊富な別の歯科医から技術を学んだ女性副院長が担当で、手技に問題はないと強調。「口元の美容治療には、口腔顔面の知識が必要不可欠だ。私たちは医者のまねをしているわけではなく、医者の理解し得ない診断を駆使して、望ましい美や若々しさを追求していこうと考えている」とも主張した。

 院長が説明する「歯科口腔領域」とは、1996年に厚生省(現厚労省)の「歯科口腔外科に関する検討会」がとりまとめた歯科医の診療範囲のことだ。原則として、口唇や頬の粘膜、歯槽、舌の一部などが対象とされ、現在も厚労省や日本歯科医師会でこの見解が引き継がれている。

 だが、歯科医が「こうした部位の治療・改善を目的としている」と言えば、美容医療も全て「歯科医の仕事の範囲内」となるのだろうか。

「合法とも違法とも言えない」

 厚労省歯科保健課の担当者は「施術の目的が歯科治療の一環として行われているなら、直ちに医師法違反とは言えない」と説明する。一般に「単なるしわ取りが歯科治療と認知されているとは考えにくい」としつつも、症例によっては歯科治療に当たるケースもあるとし、「違法かどうかは最終的には司法の判断になる」と語った。

 前述の歯科医院を管轄する地元保健所も同様の見解だったが、担当者は「歯科医による糸リフトが全て合法だとお墨付きを与えたわけではない。どういう治療目的で行われたのか実態が分からなければ、合法とも違法とも言えないというのが正直なところだ」と話した。

◇ノウハウ習得、1日で

 「歯科治療が目的であれば直ちに違法ではない」。こうしたロジックの下、美容医療を手掛ける歯科医院は今や全国に広がる。こうした歯科医院のノウハウ習得を支えているのが、企業や業界団体による技術指導だ。

 例えば、東京都内のある医療機器関連企業は、ヒアルロン酸やボトックス治療の導入を検討している歯科医向けに、各地でセミナーを開催。「4時間集中セミナー」は参加費5万円、「1デーセミナー」は8万円だが、日程表は多くが満席表示となっており、人気ぶりがうかがえる。記者はこの企業に取材を申し込んだが、「代表の意向で取材は一切お断りしている」と回答があった。

 本当に1日で技術を習得することは可能なのだろうか。日本美容外科学会(JSAPS)の理事長を務める獨協医科大形成外科の朝戸裕貴主任教授は「解剖学をきちんと理解して、傷つけてはいけない顔面神経や動脈の位置を把握していれば可能ではある」としつつ、「歯科医にも上手な人がいることを否定はしないが、本来は日常的に顔面を扱っている形成外科医がやるべき施術だと思う」と首をかしげる。

 朝戸主任教授によると、ヒアルロン酸やボトックスを誤った位置や深さに注射すれば、周辺の皮膚が壊死(えし)して傷痕が残ったり、まひが広がったりするという。「そうなれば歯科医院では対応できず、結局形成外科に引き継ぐことになる」と危惧し、「美容医療に『プチ』という表現は適切ではない。どんな施術にも必ず合併症のリスクがあるので、できれば大学卒業後7年以上の経験を積んで試験に合格した形成外科の専門医がいるクリニックを選んでほしい」と語った。

◇「コンビニより多い」

 なぜ歯科医は高額のセミナーを受講してまで美容医療に参入していくのだろう。関連企業や団体に取材を進めると、歯科医業界の「構造不況」が背景に浮かんできた。

 国内の歯科医が需要に対して多すぎるため、歯科医院同士の競争が激化し、経営健全化を目指して保険適用外の美容医療に進出していくー。こうした構図を裏付けるように、セミナーを手掛ける前述の医療機器関連企業の公式サイトには「いまや、その件数はコンビニより多いと言われる歯科医院。他院との差別化、患者さまの満足度の向上、自費率UP、また集患・増患のために、美のマーケットへの参入を実施している医院さまは増えています」と記載されている。

 歯科医による美容医療の普及を目指す業界団体「日本顎顔面美容医療協会」の服部敏会長(代々木デンタルクリニック院長)によると、歯科医院で唇のヒアルロン酸注入が行われるようになったのは十数年前のこと。ここ5年ほどは韓国・中国発の美容整形ブームがニーズに拍車を掛け、女性歯科医が美容に注目したクリニックを立ち上げるなど、美容医療を手掛ける歯科医院が爆発的に増えたという。

 問題は起きていないのだろうか。服部会長は「あくまで歯科治療が目的でなければ違法になってしまうのに、お金儲けのため、事前に顎機能診断もせず安易に美容医療を施している歯科医院が圧倒的に多い」と指摘。口腔と関係のない額や眉に施術をしたり、患者とトラブルになって示談金を支払い内々に解決したりするケースもあるといい、「歯科医による美容医療は、歯科診断の下、その患者の口腔事情に詳しく、信頼できる歯科医に限って実施すべきだ。歯科医一人ひとりのモラルが問われている」と語った。

歯科医の本分とは

 美容医療をめぐっては、全国で年間2000件前後の消費者トラブルが報告されており、「傷跡が残った」「腫れが引かない」といった身体被害を訴える相談が2割程度を占めている。歯科業界の構造不況と法律のグレーゾーンを背景に、経験の浅い歯科医が安易に美容医療を行うようになれば、医療事故の増加につながるのではないかー。日本歯科医師会と医療問題弁護団にそれぞれ見解を尋ねた。

 「日本歯科医師会としては、歯科医は口腔領域の治療を目的とした行為を行うべきだと考えています。そうお答えするしかないですね…」。取材に応じた三代知史常務理事の歯切れは悪かった。

 三代常務理事は、歯科医が過剰状態にあることを認めた上で、「私見だが、患者が減ったから自費診療を推し進めようというクリニックには、ますます患者が来なくなるのではないか」と指摘。本来は虫歯や歯周病治療、歯を失った人へのケアなどが歯科医療の本質だとし、「私自身は、自費診療よりもこうしたことをきっちりやる歯科医院が生き残れると思ってやってきた。若い先生方には『歯科医の本分を離れないでほしい』と話している」と語った。

 歯科医の医師法違反事件に携わった経験がある医療問題弁護団の木下正一郎弁護士(きのした法律事務所)は「顔のしわは歯列に関係しているから、しわ取りも歯科医がすべき歯科医業だ、というロジックはやはりおかしい。歯科医がそう言えば合法になるなら、法律が医師と歯科医の免許を分けている意味がなくなってしまう」と話す。「医療事故が起きて歯科医が逮捕され、司法判断が出ないと対応できないというのであれば、監督官庁である厚労省の姿勢は国民の生命・安全をないがしろにしていると言わざるを得ない。美容医療についてきちんと議論し、医業と歯科医業の線引きを明確にすべきだ」と訴えた。

クリニック選び「3つのポイント」

 国民生活センターには、こんなトラブルも報告されている。関東地方のある80代女性は、雑誌広告を見て訪れた歯科医院でヒアルロン酸注射を勧められた。料金は4万円。詳しいリスクの説明もなく、当日そのまま注射を打ったが、施術台に座ったままの状態で、さらに別の部位に打つことを提案された。女性は承諾し、最終的に約10万円を支払ったが、その後顔が腫れあがり、痛みや跡が残ってしまったー。

 こうしたトラブルを避けるためにはどうしたらいいのか。センターは①「きょう施術を受ければ格安料金にできる」などと勧められても安易に応じない②期間限定のセール価格をうたったり、芸能人との関係を強調したりし、厚労省の「医療広告ガイドライン」に違反しているクリニックは信用しない③カウンセラーではなく、歯科医本人が合併症などのリスクを丁寧に説明してくれるかどうかチェックするーといった対策が有効だと説明した。料金などの契約条件も事前によく確認し、トラブルになった場合は地元の消費生活センターに相談するとよいという。

 身体に被害が生じた場合は、歯科医側の説明を確認した上で、不審であれば形成外科の専門医がいる大学病院などに「セカンドオピニオン」を求める。診断書を書いてもらえれば、返金交渉などに役立つことがあるという。術後の経過が事前説明と大きく異なり、慰謝料の支払いなどを求めたい場合は、医療問題に詳しい弁護士に相談することも必要になってくる。

 センターの担当者は「美容医療をめぐるトラブルは近年増加している。『プチ整形』や『低リスク』をうたっていても、健康に関わることなので、どこで施術を受けるかは慎重に見極めてほしい」と呼び掛けている。(2022年3月22日掲載)

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