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北口榛花、3カ月の重傷を乗り越えて やり投げ世界一へチェコで再出発

東京五輪で57年ぶり快挙も…

 57年ぶりの快挙にも喜びや達成感はなかった。それどころか、大きなショックが待ち受けていた。2021年8月。東京五輪の陸上女子やり投げで、日本勢では1964年東京大会以来となる決勝進出を果たした北口榛花(JAL)。予選で左脇腹を痛め、3日後の決勝は12位にとどまったが、実は約3カ月の療養が必要な重傷だった。日本陸上界では数少ない欧州に拠点を置く23歳の日本記録保持者。世界一の夢をかなえるため、異国の地で再出発のシーズンへ準備を進めている。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)

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 手が震えるほど緊張した東京五輪の1投目。放たれたやりは大きな放物線を描き、ぐんぐん伸びた。62メートル06。トレードマークの笑顔がはじけた。3投目までに好記録を残すため、「練習試技の3投を試合だと思って投げた。だから、試合の1投目が『4投目』だと思って投げたら飛んだ」。予選は全体6位で順当に通過した。

 ところが、体に異変が起きていた。2投目か3投目に左脇腹を負傷し、寝返りをしてもジョグをしても痛みが走る。出場できるのか―。そんな不安を懸命に振り払って決勝に臨んだが、「覚悟を決めないと、やりを前に飛ばすことすらできないと思っていた」。本来の実力を出せる状態になく、55メートル42で12位に終わった。

一歩間違えれば選手生命に影響

 日本勢で57年ぶりに立った舞台は、悔しさや歯がゆさばかりが募った。「正直、予選落ちした時と気分は変わらなくて。すごいことをした感覚はない。もっと高いところを目指していたから、予選通過で褒められるなんておかしいなと思っていた」。試合後に精密検査を受け、診断は腹斜筋の肉離れ。一歩間違えれば、選手生命にまで影響した可能性があった。その後3カ月間はほとんど運動ができず、治療に専念するしかなかった。

 五輪でメダル争いをするためには何が必要か。「予選通過ラインの63メートルは、当たり前に投げられるようにしないといけない。その時に力を発揮できて、強い選手が勝つ」。北口が持つ日本記録は、2019年にマークした66メートル00。地力を高めて記録のアベレージを上げ、狙った試合に調子のピークを合わせる必要性を肌で感じ取った。海外選手と会話して「友達が増えたことも収穫」と笑った。

言葉の壁も怖がらず

 北口はチェコ人のセケラック・コーチに師事している。指導者が不在だった18年11月、フィンランドで行われたやり投げの国際講習会に参加し、そこで出会ったのがきっかけだ。新型コロナウイルスの影響でチェコに行けない時期は、スマートフォンのアプリを駆使してコミュニケーションを取り、遠隔で指導を受ける。言葉の壁も怖がらずに乗り越えてきた。

 この冬季は、故障が癒えた21年11月から1カ月ほどチェコで基礎トレーニングを積んだ。一度帰国した後、今年2月に再びチェコへ。2カ月ほど海外で鍛え、4月頃から日本の試合に出場するプランを描く。

 今は日本にいても、ユーチューブなどで海外トップ選手の練習や動きを動画で見ることができる。高校時代から海外へ渡ってきた北口は、だからこそ伝えたい思いがある。「画面の中に映っていることだけが全てではない。SNSで満足するのではなく、もっと多くの選手が海外に行って『本物』を確かめてほしい」

「同じ人間。世界記録もできる」

 SNSにアップされた練習はどんな目的で、何を意識しているのか。他にはどのような練習をしているのか。どんな環境なのか。「現地に行かないと分からないことがたくさんある」と実感を込めて言う。自身は決して特別な存在ではない。壁をつくらずに勇気を持って一歩を踏み出し、挑戦してほしいと願う。「体格が違っても同じ人間。だから私は世界記録も投げられると思っている。そういうふうに考え方が変わればいいな」

 7月の世界選手権(米オレゴン州)での目標は入賞。「19年の世界選手権は予選落ち。東京五輪は決勝に残るところまで行けたので、次は入賞かなって。まずはそこからスタートする必要があると感じた」。24年パリ五輪を見据え、焦らずに歩を進めるつもりだ。世界記録は72メートル28。一段ずつ階段を上がった先に、世界一への扉が開けると信じている。

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 北口 榛花(きたぐち・はるか) 1998年3月16日生まれの23歳。北海道旭川市出身。中学までは競泳とバドミントンを両立。バドミントンは小学6年の時に全国大会の団体戦で優勝。旭川東高1年の時に顧問に勧誘されてやり投げを始め、2年時と3年時の全国高校総体を連覇。3年時は世界ユース選手権で優勝。日大の4年生だった19年に日本記録を2度塗り替えた。20年春からJAL所属。21年夏の東京五輪は決勝に進み12位。179センチ。父はパティシエ。

(2022年2月25日掲載)

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