キャンプのグラウンドで汗流す
プロ野球ソフトバンクで、球団の「重鎮」がペナント奪還へと力を貸している。昨季は8年ぶりのBクラスとなる4位。7年間で5度の日本一に導いた工藤公康監督が退任し、チームを熟知している藤本博史新監督の下、再建を図る。そのバックアップに並々ならぬ熱意を示しているのが、かつて監督として球団の礎を築いた王貞治球団会長(81)、そして希代の名捕手で米大リーグのマリナーズでも活躍した城島健司さん(45)だ。宮崎市での春季キャンプでは、グラウンドで選手と一緒に汗を流した。(時事通信福岡支社編集部 近藤健吾)
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「勝っていた時はあまり感じないけど、負けてみるとやっぱり勝つっていいことなんだなと。負けると、こんなに惨めなんだなと感じたと思う」。昨季の低迷を誰よりも悔しがるのが王会長だ。「特別チームアドバイザー」の肩書が加わり、フロントは王会長の現場指導にも、より一層期待する方針に。これまでは野手向けの助言が主だったが、今季は投手や捕手にも目を向けたいという。「試合で良い形を出すために必要だろうと思ったことは伝えていきたい」
キャンプでは藤本監督やコーチらとともにメイン球場のグラウンドに立ち、若手を中心に打撃をじっと見詰める。時折、選手に歩み寄って身ぶり手ぶりで教える。第2クールのある日。閑散としたB組のブルペンに、王会長の姿があった。黙々と投げ込む若手投手をを凝視していた。
チームに再び、「常勝」の意識づけをして、誰よりも熱く選手に寄り添う王会長。その存在には、藤本監督も「ありがたいこと。現場で若手に声を掛けてくれるだけでもありがたいのに、指導までしてくれるわけですから」と感謝する。
「王の教え」を配布
何より王会長の熱気が感じられたのが、キャンプイン前日の1月31日にチーム宿舎で行われた全体ミーティングだった。自身の野球人生、経験に裏打ちされた考えなどをまとめた冊子を刷り、選手や首脳陣に配布した。その内容に「時代がどれだけ変わろうが、あと100年たっても野球がある以上、俺は真理だと思う。それぐらい自信がある」と自負する。もちろん詳細は明かされなかったが、野球界で60年以上生きる「王貞治の教え」がこと細かに記されているようだ。受け取った選手に感想を聞くと、「一つ一つ、響くものがある」との声が聞かれた。
それほどまでに選手のために尽くすのはなぜか。王会長の答えは至ってシンプルで、明快だ。試合で力を発揮してほしい―。勝つために、「試合でどうするかという部分」にこだわる。昨季のソフトバンクは投打がかみ合わず、僅差の試合をことごとく落とした。あと一打が欲しいところで、凡退する。あと1点を守り切りたい場面で、投手が踏ん張れない。結果的に3位と3ゲーム差の4位。緊迫する試合で力を出し切ることが、いかに難しいかを痛感させられたシーズンだった。
練習と試合は別もの
練習と試合は全くの別ものというのが、王会長の持論だ。一般的に、大リーグでは打撃投手がいないため、打者は試合前の練習でコーチが投げる遅い球を打つのに対し、日本では打撃投手の球速100キロ近い球を打ってから試合に臨む。この違いを指摘し、メジャーの選手たちが「練習の延長だとは思っていない」のに対し、日本のプロ野球では「ちょっと練習の延長的な雰囲気がある」。その上で「練習でうまく打てたら試合でも打てると思ってるかもしれないけれど、そういうことじゃない。練習は練習、試合は試合。試合は勝負」と言い切る。
もちろん、練習をおろそかにしていいというのではない。野手なら試合での打席を想定し、投手ならばマウンドに立つ姿をイメージする。選手たちに、こう説いた。
「例えば誰か試合で当たる人を想定して、あいつがこういう風な投球をしてきたら、俺はこういう風にしようとかね。そういうことを自分で(思い描いて)、実戦的なイメージトレーニングというのかな。そういうのを、常にやってほしい」
厳しい言葉で選手を鼓舞
主力の多くが30代となり、世代交代期にあるホークス。どの球団もそうだろうが、とりわけこのチームは、38歳の松田らベテランを脅かす若手の台頭に特に期待がかかる。そうした状況もあり、王会長はプロ野球人としての自覚についても、少々厳しい言葉で選手を鼓舞した。
「自分の身を助けるのは自分しかいない。コーチは教えてくれるけど、コーチは打たせてくれるんじゃないんだよ。いいピッチングをするのも、いいバッティングをするのも、自分だから」
「せっかくこの世界に、自分の意思で入ってきたんだから、ここで一花咲かせなきゃ。自分がうまくなって、自分が試合で結果をつくるんだよ。自分、自分、自分だ。何でもね。自分の意識を持って」
最後はこう締めくくった。「君たちにいい仕事をしてほしいから、そういうことを言っている。とにかく今年は絶対リーグ優勝して、日本一になろうよ。頑張ろう」
キャンプイン前夜のミーティングでの訓示は、約12分にわたった。
甲斐を「打てる捕手」に
そしてもう一人。今キャンプで、ある選手をマンツーマンで指導したOBがいる。王会長付特別アドバイザーとして2020年からフロント業務などを任されている城島さん。その目線が向いていたのは、もちろん正捕手の甲斐拓也選手。同じ捕手として、かねて悩みを聞くなど寄り添ってきた城島さんだが、ここまでグラウンドに立つ姿を見たのは珍しい。
2年前の春季キャンプ。15年ぶりの球団復帰となった城島さんに、報道陣やファンから熱い視線が注がれたことは記憶に新しい。当時、こんなことを言っていた。「甲斐の肩は、ホークスにとって最大の武器として戦っていける」。城島さんは甲斐の成長を見守ってきた。
その言葉通り、今や甲斐の強肩は誰もが認める。盗塁阻止技術、ブロッキング、投手陣からの信頼。昨年は東京五輪も経験し、日本を代表する捕手に成長した。城島さんも「歴代の名キャッチャーに肩を並べるくらいのところにきている」と太鼓判を押す。
課題は明白だ。甲斐は昨季、パ・リーグで最多となる142の三振を喫した。本塁打は自己最多の12本を放ったものの、確実性の向上が必要。昨季、小久保裕紀ヘッドコーチ(現2軍監督)から「キャンプはジョーが付きっきりで見てあげるのがいいんじゃない」と「専属コーチ」になることを、やんわりと提案されたそうだ。城島さんは「俺から出しゃばって甲斐を教えるという感じじゃないんですけどね!」「俺の給料に(現場指導の分は)入ってないですから」と笑いを誘いつつ、いざキャンプが始まれば指導に力を注ぎ、共に汗を流した。
打撃フォームが「そっくり」?
甲斐が「ゼロから教えてもらってる」と言うように、城島さんはまず、打席での立ち方、構え方から目を付けた。甲斐のこれまでの打撃フォームは、重心を低くし、やや斜めにする構えが印象的だった。これを、今キャンプでは直立に近い、真っすぐ立つように修正。「プロ野球なのでいろんなタイプのバッターがいて、いろんなスタイルの打撃をしてもいい。その人たちは、それで成績を残しているんでそれでいいですけど、あれ(甲斐のこれまでのフォーム)で(結果が)出ていないなら真っすぐ、シンプルにしておいた方がいい」というのが城島さんの考えだ。
自身も現役時代は背筋を伸ばして構えるフォームが特徴的で、正捕手の激務をこなしながら優れた打撃成績を残した。2003年に119打点、翌04年には打率3割3分8厘で36本塁打。「捕手が打つことは特別じゃないと証明してほしい」との思いがある。
冬晴れのグラウンドで、ロングティーのさなかは甲斐の真横に立ち、数球打つたびに何かを伝えた。「打撃の話をさせてもらい、身ぶり手ぶりで会話をしながら教えてもらっている」と話していた甲斐。自主トレーニングからのテーマでもある「打球を右方向に飛ばす」を意識しながら、例年以上にバットを振った。打席での姿には徐々に変化が見られ、甲斐の新たなフォームは、どこか現役時代の城島さんに近い。SNS上ではファンからも「城島2世」「そっくり」との反応があった。
経験、考えも伝える
甲斐にとってはこれ以上ない「生きる見本」が間近にいる。直接指導だけでなく、城島さんならではの考えを知ることができる。それも成長の糧になるはずだ。とりわけ「打席の中でも、捕手の視点で考える」という見方。打席に立った時に相手投手の心理を読み、打ちごろの球が来たと思えば、打つ。頭の中に考えを巡らせて味方投手陣をリードする「守り」の時と同じで、「攻め」でも捕手として日々培っている経験を生かそうとしている。
「彼はいいキャッチャーなので、頭では分かっている。バットを持った時も(捕手としての)自分の配球と同じように、ピッチャーが投げ損ねた球、危険だ(甘い)と思う球を、逆に打ってほしい」と城島さんは言う。
さらに、こう続けた。「打撃の方でも彼が戦力になってくれたら、これほどの強みはないくらい。自分が取った虎の子(の1点)を守る1―0のゲームなんて、キャッチャー冥利(みょうり)に尽きる。そういう醍醐味(だいごみ)というか喜びも、彼には知ってほしい」
現場とフロント、より密接に
新体制には少なからず、不安要素もつきまとう。藤本監督はこれまで、1~3軍の全てで11年にわたり選手たちを見てきたものの、1軍のトップは初めて。打撃コーチら首脳陣も大きく入れ替わった。新たな指揮官はチームを熟知しているとはいえ、未知な部分もある。
こうした状況で、本来ならばフロント業務に専念する王会長と城島さんが現場に出ることの意義は何か。王会長は「フロントと現場の意見交換を今まで以上に頻繁にして、風通しをよくして進めていきたい。新しいホークスのスタイルができるのではないか」と語る。三笠杉彦ゼネラルマネジャー(GM)が藤本監督の就任記者会見で「しっかりバックアップして藤本体制を支えていきたい」と話したように、フロントを含め球団が十分にサポートする意識が根付けば、世代交代期の難しい局面を乗り切ることにもつながるはずだ。
ダイエーとソフトバンクで監督と選手の間柄だった「王&城島」の熱血。覇権奪回を願ってチームを支える2人は、今のホークスにとって心強い存在になっている。
(2022年2月28日掲載)