五輪メダリストの二刀流を後押し
北京冬季五輪でフリースタイルスキーのモーグルに出場する原大智(24)=日本スキー場開発ク=に、かつて競輪界で「怪物」の異名を取ったレジェンドがエールを送った。日本競輪選手養成所の滝沢正光所長(61)だ。前回の2018年平昌五輪で銅メダルを獲得した原は、競輪への挑戦を目指して翌19年春、世界的な規模のスポーツ大会などでの成績優秀者が応募できる同養成所の特別選抜試験に合格。静岡県伊豆市の養成所で約11カ月の訓練を積んで卒業し、20年5月にプロとしてデビューした。滝沢所長自身、もともとは他競技から転身。中学、高校時代のバレーボール選手から競輪の世界に入り、大レースを次々と制す名選手となった。北京五輪の開幕を控えて時事通信の単独インタビューに応じ、原に熱い期待を寄せた。(時事通信スキー取材班)
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冬季五輪メダリストの実績を持つスキー選手の原が競輪界へ―。その一歩を踏み出したのが2019年5月9日だった。日本競輪選手養成所の入所式に、多くの報道陣が訪れた。
「その記者会見で初めて(原と)話をしました。とても好感を持てる好青年というのが第一印象です。当然ながら五輪でメダルを取るくらいの選手ですから、体つき、体幹がしっかりしているという感じを受けました」
T教場、ぶれずにやり切る
滝沢所長が直接指導する「T教場」でも、原は鍛えられた。原は養成所の卒業記念レースを終えた時、「モーグルの練習では経験しなかったきつさを知った」と語り、過ごした約11カ月間を「濃密そのもの」と振り返った。
「最初の2カ月ぐらいですかね、私が一緒に訓練しました。基礎を中心に。自転車に慣れる、長く乗るということです。ペダリングなどを注意しながら。しっかりと自転車に乗ることが大切な基本だから、そこを重点的にやったと思います。他競技から来たので、基礎から始めていきました。足腰がすごくしっかりしていて、体幹が強いなという印象。バランス感覚も。だから、乗りっぷりがさまになっているような感じでした」
「T教場は、将来活躍してほしい、もちろんみんなに活躍してほしいのですけど、そういう特に気になるような選手をピックアップしています。少数精鋭で、マックス10人弱ですね。単調なトレーニングだから、特効薬みたいに成果がすぐに出るものではない。我慢し切れなくて続かない子もいる中で、原選手はぶれずにやり切ってくれました。目標をしっかりと持っていましたから」
体幹の強さなどアドバンテージに
滝沢所長をはじめ、他のスポーツから競輪選手になる例は珍しくない。夏季トレーニングで自転車練習などを取り入れるスピードスケートからは、02年ソルトレークシティー五輪代表で500メートル8位入賞の武田豊樹ら。武田は14年に「KEIRINグランプリ」で優勝し、賞金王となった。ショートトラックで1998年長野五輪金メダリストの西谷岳文もいる。
「いろいろなスポーツをすることによって、いろいろな体力や体幹が鍛えられた状態で自転車の世界に入ってくるから、すごくアドバンテージはあると思います。自転車は簡単なようで、一定のレベルを超えるスピードを出すためには体力的にかなり過酷になってくるので。そういうベースがしっかりしている人は順応しやすいな、という感じはします。(スキー界からは)私の現役時代も、アルペンスキー出身で競輪でも活躍した選手を見ました。だから、成功するなという確信はありましたね」
原のように他競技から転身して、その競技と競輪と両立させる「二刀流」は異例だ。原は競輪選手養成所の卒業に際し、競輪に軸足を置いた上で、モーグルも「北京五輪まではやる。それ(五輪代表)は手が届く目標だから」と話した。有言実行。再び代表の座をつかみ、2度目の五輪に臨む。
「最初の頃、雑談ですけど、原選手が『モーグルの方でも頑張りたい』と。二刀流ですね。それを目指していて、筋肉を付け過ぎると(モーグルのエアで)飛んだ時に重くなるからというような。『それがちょっと不安です』という話はしていましたね。競輪選手を目指す中で、いったんモーグルに戻るという意識があったと感じていました」
「そういう選手、そう志す選手は今までいなかったですね。他競技にある程度区切りをつけて(競輪に)入ってくるのですが、前の競技を持続させ、なおかつ競輪選手としても、という選手はいませんでしたから、個人的には許される範囲で応援したいな、と思います。二つの競技で結果を出してくれれば、両方の競技にとっていい効果が出るんじゃないかと感じました」
「2大会連続のメダル獲得、これはぜひ期待したいですね。それを引っ提げて、また競輪の方でも活躍してもらいたいなと願っています」
自転車の国際大会挑戦にも期待
原は養成所の卒業記念レースの後、「自転車でも将来、五輪を目指すのか」との問いに「夢ならば、そう。子どものような純真な夢。甘くないのは分かっている。でも1%でも可能性があるなら、しがみつきたい」と答えた。
「原選手は、自転車でも世界選手権や五輪に出るような話を目標の中に置いていたんですよ。だから今度はぜひ、自転車競技でそういう国際大会に、もしチャンスがあればチャレンジしてもらって、そういうところも視野に入れながら、競輪選手として頑張ってもらいたいなと思っています」
バレーボール出身で競輪トップ選手に上り詰めた滝沢所長。モーグル選手の原が持つ身体能力や強みを生かせば、競輪選手として大きな成長が望めるとみる。
「バネや瞬発力がある選手は、自転車にはいいのかな、と考えています。原選手の場合、足腰の強さはもちろんですけど、飛ぶ動作(モーグルのエア)、あればバネに近いんじゃないか、あれをもっと生かせれば大変な選手になるんじゃないかなと思います。こぶのあるところを滑ってきて、体力を削られている時にジャンプと、一気に切り替えていくじゃないですか。ああいうことができる人というのは、途方もない体幹、体力を持っているんじゃないかと思いますね。だから、まだまだ原選手は潜在能力を出し切っていないと思うんです。自転車では未知数なので、そこをもっともっと開拓していけば、大変な選手になってもおかしくない。そういうものを備えているなと確信しています」
滝沢所長は東京五輪・パラリンピックの選手村で、副村長を務めた。冬季パラリンピックのアルペンスキーで輝かしい実績を残した大日方邦子さんも副村長だった。滝沢所長は、新型コロナウイルスの影響下で迎える北京冬季五輪の成功を祈っている。
「副村長のお仕事をさせていただき、いろんな方とお会いし、大日方さんは北京に向けてもすごく熱心に尽力されていました。こういう大変な時期ではありますけど、選手たちには思う存分、力の限り戦ってもらいたいと思います」
(2022年2月3日掲載)