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「法王」超え黒田日銀総裁の後任は? 今夏の参院選後に人選本格化【けいざい百景】

2022年02月23日12時00分

 江戸時代に金貨を鋳造する金座が置かれていた日本橋本石町。その一角に日本銀行本店が居を構える。近代建築の父と言われた辰野金吾氏が設計し、国の重要文化財にも指定される日銀本館を見下ろす形でそびえる新館の8階に総裁の執務室はある。今は財務省出身の黒田東彦総裁があるじだが、来年4月に任期満了を迎える。後任選びは今夏の参院選後に本格化する見通しだ。(時事通信経済部 宇山謙一郎)

黒田氏の手腕、日銀内から高評価

 2013年3月に就任した黒田総裁の在任期間は異例の2期10年。昨年9月には、戦後のインフレ進行を抑え込み「法王」の異名を取った一万田尚登氏を超え、歴代単独首位に躍り出た。

 黒田総裁は就任後間もなく、国債を異例の規模で買い入れる異次元の金融緩和を断行。市場関係者の間で「黒田バズーカ」とも呼ばれた大規模緩和により、当時、日本経済を苦しめていた円高・ドル安を退治して株高を演出。第2次安倍政権の経済政策「アベノミクス」の推進役を果たし、長期政権をお膳立てした。

 一方で、当初2年程度で実現すると主張した2%の物価目標はいまだに達成できないまま。原油価格の高騰や新型コロナウイルス禍による供給制約も重なり、海外ではインフレ圧力が台頭するが、日本では物価の伸びは限定的。欧米の中央銀行が金融引き締めにかじを切る中、黒田総裁は「金融政策の変更は、まったく考えていないし、議論もしていない」と強調。欧米の正常化路線とは一線を画す。

 ある日銀幹部は、黒田総裁について「良くも悪くも軸がぶれない」と評する。政策スタンスが一貫している黒田総裁の手腕を評価する声は日銀内に少なくない。

次はプロパー有力、雨宮・中曽氏の争いか

 「法王」超えの長期体制を敷いた黒田総裁も残り任期は1年余り。1998年4月の新日銀法施行前は、大蔵省(現財務省)と日銀の出身者がたすき掛けで総裁に就く慣例があった。次期総裁は日銀プロパーによる内部登用も有力視されている。

 その場合の候補者としては、日銀のプリンスと呼ばれてきた雨宮正佳副総裁と、幅広い国際的人脈を持つ前副総裁の中曽宏大和総研理事長が抜きんでている。

 雨宮氏は金融政策の企画・立案を行う企画畑が長く、以前から将来の総裁候補との呼び声が高かった。企画担当理事や副総裁として黒田総裁を支え、異次元緩和やマイナス金利政策、長短金利操作などさまざまな非伝統的な金融緩和策をひねり出してきた。日銀幹部の一人は、雨宮氏に関し「従来の見解にとらわれない柔軟な発想には驚かされることも多い」と、異才ぶりに舌を巻く。

 もう一人の候補者の中曽氏は国際派として知られ、海外金融当局者との親交が深く、国際決済銀行(BIS)でも重責を担った。08年のリーマン・ショック時には、市場部局の現場トップとして金融危機が広がるのを食い止めるために奔走するなど、金融システムの安定に手腕を発揮。「本籍地は本石町」とやゆされるほど、熱意ある仕事ぶりは語り草だ。13年から岩田規久男氏とともに副総裁に就き、黒田体制の1期目を強力にサポートした。

後任総裁、出口戦略が課題

 日銀生え抜き以外の総裁候補について、市場関係者の間では浅川正嗣アジア開発銀行(ADB)総裁を挙げる向きもある。黒田総裁と同じ財務官経験者で国際金融に精通し、自民党内で大きな影響力を持つ麻生太郎副総裁からの信認も厚い。黒田総裁を選出する過程では、当時首相だった安倍晋三氏が日銀総裁に必要な資質として「国際金融マフィアになり得る人」と発言。国際金融のインナーサークルに自分の言葉で伝えることができる人物がふさわしいとの条件を示したこともある。

 もっとも、世界的なインフレ圧力が強まる中、次期日銀総裁は大規模緩和からの出口戦略が大きな課題となる。元日銀審議委員の木内登英野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストは「財務省出身の黒田総裁が10年務めるので、自然体で考えれば、次は別のところからということになる」と語る。その上で「金融緩和の正常化に道筋をつけるとすれば、次期総裁は日銀出身者が望ましい」と指摘する。

岸田首相の意向、審議委員人事が試金石

 今夏の参院選で自民党が仮に勝利すれば、岸田文雄政権が日銀総裁を選出する公算が大きい。黒田氏は、当時の安倍首相が内閣官房参与に任命した本田悦朗(財務省出身)、浜田宏一(米エール大名誉教授)両氏らブレーンと協議する中で白羽の矢が立ち、官邸主導で人選が進められた。

 その後も安倍政権はアベノミクス継続の観点から、日銀政策委員に次々と積極緩和を主張するリフレ派の論客を送り込んできた。

 過去、マイナス金利政策の副作用に言及したこともある岸田首相が日銀総裁に求める資質は何なのか。総裁選びを前に訪れる今夏の審議委員人事が試金石だ。リフレ派のエコノミスト、片岡剛士審議委員が7月23日に任期満了を迎える。安倍政権を引き継いだ菅義偉前首相も、リフレ派で専修大教授だった野口旭氏を審議委員に起用した。岸田首相が、リフレ派を重用してきた従来路線から転換を図るのか、市場で注目が集まっている。

副総裁人事も注目

 一方、白川方明総裁時代は、副総裁の1人に山口広秀氏が就き、正副総裁3人のうち2人が日銀出身だった。次の人事で日銀から副総裁を出すのであれば、現職ではいずれも理事の内田真一、清水季子、加藤毅3氏が候補となりそうだ。

 内田、加藤氏はともに企画畑が長く、実務能力の高さに定評がある。どちらもポスト雨宮を担える逸材だ。清水氏は日銀で女性初の理事に昇格。米経済誌フォーブスが選ぶ21年の「最も影響力がある女性100人」で、小池百合子都知事を抑え、日本人トップの55位にランクインして周囲を驚かせた。

 海外の中銀をみると、米連邦準備制度理事会(FRB)ではイエレン氏が財務長官就任前に議長を務めたほか、欧州中央銀行(ECB)でもラガルド氏が女性としてすでにトップに君臨している。

くすぶる正常化観測、新総裁は難局も

 「今から出口戦略を模索することも大変重要だ。日銀総裁を中心にマーケットに対しどう対応されるかがとても重要になってくる可能性があり、その準備も必要」。1月14日に今年初めて開かれた経済財政諮問会議。民間議員である新浪剛史サントリーホールディングス社長が、今年の課題としてインフレ進行を挙げ、日銀に対し出口戦略に向けた議論を進めるよう求めた。

 黒田総裁は現段階で出口の議論を進めることに否定的だが、金融市場では黒田総裁の後任人事もにらみ、いずれ日銀も金融政策の修正に動くのではないか、との見方がくすぶっている。日本を取り巻いてきた長いデフレのトンネルを抜けるとすれば、日銀の金融政策も転換が求められる。新たな総裁は就任直後から難しい局面を迎えそうだ。

(2022年2月23日掲載)

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