先の全日本卓球選手権で日本女子のエース伊藤美誠(スターツ)=世界ランク3位=が女子シングルスで3年ぶり3度目の優勝を、同ダブルスでは早田ひな(日本生命)とのペアで4連覇を果たした。昨年の東京五輪、世界選手権を終えて何を考えたか、第1回パリ五輪国内選考会(3月5、6日)を前にどんな課題に取り組んでいるのかなどを聞いた。
やっぱりこれが自分の卓球
1月30日、早田とのシングルス決勝。伊藤は立ち上がりから集中力の高さが際立っていた。多彩で的確な打法を操り、4-1(11-5、11-9、11-5、8-11、11-6)で勝って3年ぶり3度目の優勝を果たした。
-伊藤選手らしい多彩な技術を発揮した優勝ですが、「負けない卓球」などいろいろな考え方、戦い方に取り組みながら、レベルアップした上で本来の卓球になったように見えました。
「いろんなことを、いろんな(台との)距離でできるようになりました。苦しいところでも、1球1球相手のボールに応じて、どうすればしっかり自分のボールにして返せるか、反応できるようになったところが成長できたかなと。やっぱりいろんなことをやるのが私らしさだなと」
-これまでも試合の入り方は重要でしたが、今回は特にいい感じでした。
「頭も体もすごく動いて、自分の良さを出し切れたし、試合感覚もすごく良かった。早田選手にも他の選手に対しても、しっかり自分を出せたかなと思います」
東京五輪は混合ダブルスで金メダルを獲得したが、シングルスと団体では孫穎莎(中国)の強さプラスうまさに及ばず、11月の世界選手権(米ヒューストン)のシングルスは東京の雪辱戦を前に準々決勝で王芸迪(中国)に1-4で敗れた。
-世界選手権後に考えたことは。
「自分の中では、いろんなことができることが実力だと改めて思ったのと、面白味がある方が続けられる、勝てる可能性がある。そういう面白味のある卓球、面白味のある戦術をどんどん増やしていきたいと」
直前調整のポイントを見つけた
-ピークの持って行き方や直前の調整は変わりましたか。
「全日本は会場での練習時間が限られていて、1時間とか1時間半なので、全日本の前は、40分とか1時間練習してからゲームをするような練習をしていたので、大会中も短時間で調整ができるようになりました」
-全日本は7種目もあって出場選手が多いので、割り当てが少ない。世界選手権などでは、日本の選手は練習場の空いている時間を探してたくさん練習します。
「もちろん試合前にしっかり足を動かすといったことは大事だし、人それぞれでもありますけど」
-あれも確認したい、これも…と。
「そうそう。私は、体力はあるので結構長く練習できるタイプですが、体力があっても、試合で楽しめること、面白味を出せることが必要なので、自分の中で(試合前に)飽きさせないことが大事だと思っていて。いつでもルンルンやワクワクがあった方が試合も楽しめる。今回はいいポイントを見つけたって感じです。短時間でしっかり動いて集中する感じがすごく良くなった」
-ワクワクは試合に取っておく。頭や脳も新鮮な状態で試合に入った方が。
「体は頑張れば自然と動くんですよ。練習しているから。でも頭も動かすことが大事です。今回は大会前1週間ぐらい、睡眠もよく取れました」
全日本で言い続けたこと
-大会中の取材で、「いろんな戦型の選手とできることが楽しい」と盛んに言っていました。
「全日本はいろんな選手とできるので、目の前の試合を勝てば、また違う選手とできると。そういうワクワクを持って頑張るのが私にとっていい目標(の持ち方)の一つだと思ったんです。自分に合っていると」
-女子は今回のベスト16や32の顔ぶれを見ても、いろんな戦型がいました。トップの伊藤選手がバック側で表ソフトラバーを使って多彩なプレーをしている影響もあるし、非力なので変則で勝負する選手も男子より多い。
「それが女子の良さでもあるし、(オーソドックスな)裏・裏(両面が裏ソフトラバー)でもいろんな打ち方や卓球のスタイルがあるし、同じ裏でも(メーカーや銘柄で)違う。いろんな選手とたくさん試合するのが今の目標です」
-そう言える選手はいませんよ。普通、変わった選手とやるのは嫌です。
「でも(笑)、ああ、こういうラバーもあるんだ、こういう返球の仕方もあるんだとか、楽しいですよ」
2人で攻められるダブルス
-早田選手とのダブルスを振り返って。
「今回も競り合った場面や相手に先に10点を取られる場面もありましたが、2人ともすごく落ち着いて、しっかり考えてプレーできました。できるプレーも増えているし、とっさに来たボールも大丈夫だし、感覚的にここに来るだろうというのも当たって、冴えていたと思う」
世界選手権では決勝で前回19年大会と同じ孫穎莎、王曼昱(中国)と対戦し、雪辱を果たせなかった。
-日本のペアも外国ペアも、シングルス同様にテンポが速くなりました。
「動きもそうですけど、いろんな選手が一人ひとり実力が上がって、できることが増えているのでダブルスも面白みがあると感じます。ダブルスでも勝ちにいく卓球をやりたいと思っていて、今回はできた。もともとダブルスは1人が攻めてもう1人がつなぐイメージですが、お互いにいろんなことができて反応も良くなって足も動くので、いろんなことをすることが大事かなと」
-世界選手権は中国のマークも厳しかった。
「(私を)1人の選手としてすごく研究してきている感じがあって、今はダブルスの方が勝てる可能性が高くて、自分たちはダブルスで勝ってからシングルスでも勝てる可能性が増えてきたので、そういう可能性を増やしていきたいというのもあるし、シングルスでも勝てるようになればダブルスでも勝てる可能性が増えるという感じもあります。早田選手も拠点が大阪なので来てもらったり、周りに応援していただいたりして、練習は充実している。こんなに練習時間の長いペアはなかなかいないんじゃないですか。ありがたいです」
対応、反応も「高速」に
-3月には第1回のパリ五輪国内選考会があり、その後はシンガポールで中国のトップも出る大会があります。
「国内選考会でもいろんな選手と試合したいので、目の前の選手にしっかり勝てるように。練習でもいろんな相手に来てもらったり、普段できない選手と練習させてもらったり、同じ練習相手の方でもいろんなラバーでやってもらったりしています。大学や企業へ行かせてもらう機会も少しずつ出てきました。大勢の選手とポンポンとやらせてもらったり、試合でちょっとの違いをパッと理解していろんなことをパッと出せたりするように、練習しています。何が起きても大丈夫なように」
◇ ◇ ◇
伊藤が今、実戦での適応力を課題にしているのは、個々の技術が世界で通じるレベルになり、それらを状況に応じて高度に使い分ける段階に来ていることと同時に、国内外の情勢変化も背景にあるだろう。
一つは中国の世代交代。丁寧が第一線を退き、劉詩雯もピークを過ぎた。陳夢もパリ五輪までいられるかどうか。今は充実している王曼昱、孫穎莎、11月の世界選手権で対戦した王芸迪、そこへ割り込みそうな若手もいる。19年に東京五輪への意気込みを聞かれてキョトンとしていた孫穎莎が、たちまち主力になったように。
コロナ禍の終息が見通せない事態が続けば、これらの選手の情報が不足したまま数少ない国際試合で戦うことになる。
日本のパリ五輪代表選考基準も東京五輪と違う。東京はシングルス代表を20年1月時点の世界ランク日本選手上位2人と決めていた。レース開始時点でポイントが高かった伊藤は着実に「当確」となり、2人目を石川佳純(全農)と平野美宇(日本生命)が争った。
パリは日本卓球協会が指定した24年1月までの国際大会や全日本、国内選考会などのポイントでシングルス代表2人が決まる。多くの選手がスタートラインに立つので、伊藤が言うように多様な戦型の日本選手と戦わなければならない。日本女子は全体のレベルアップも著しい。
実際には並大抵のことではないが、伊藤はそれを「ワクワク」と言える。用具が大きな比重を占め、複雑で繊細なこの競技に、強い好奇心と探究心を持ち、面白がって正対できるハートが、この選手を成長させてきた。
私は、卓球選手が修行のように毎朝暗いうちから走る時代に育ったので、いまだに「楽しむ」という言葉を簡単に使えないが、伊藤美誠が言うのなら理解も共感もできる。
※取材はオンラインで行った。
(時事通信社 若林哲治)(2022.2.24)