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「にゃー」並ぶ2022年2月22日 猫はどこまで幸せに?

 2022年2月22日は猫好きにとっての祝日だ。ここまで「2(にゃー)」が並ぶ日付は珍しいからである。テレビやネットには、お祝いムードの映像やメッセージがあふれるだろう。祝賀ムードの裏で、外で震えている猫たちは、どうなっているのだろうか。(ジャーナリスト・草枕信秀)

 飼い主がいない猫を交通事故や行政による殺処分、虐待死から守る方法は二つある。

 一つは繁殖を防ぐ「TNR」だ。捕獲(トラップ)、手術(性を中立にするニューター)、放出(リターンやリリース)の略である。増えなければ鳴き声やふん尿による苦情は減るため、一代限りの「地域猫」として生き延びる確率が上がる。

 もう一つは飼い主探しだ。人なれ度が高い子猫や捨て猫などを「保護猫」にして、ネットやSNS、譲渡会などを活用し、飼い猫にする。

 筆者はこれまで数年間、会社勤めの傍らTNRで繁殖を止めつつ、エサやりに通って懐いてくれた猫を良心的な動物病院や施設に預け、飼い主を見つけてきた。しかし、東京の片隅に住む一個人にすぎないため資金面などで余裕はなく、助けられなかった猫も多い。

行政による殺処分は激減

 環境省の統計によると、2004年度に24万頭近かった猫の殺処分数は、2020年度には2万頭を割り込んだ。殺処分に反対する世論の高まりを受けて行政が猫の引き受けを抑えた側面もあったとはいえ、激減したのは事実だ。

 全国各地に出張して無料不妊手術を行っている公益財団法人「どうぶつ基金」への寄付金は2020年度に3億3400万円に達した。これは筆者が同基金による一斉TNRを初めて取材した8年前の約40倍に当たる。

 佐上邦久理事長は「第一線で一斉手術を続けていることや殺処分減少などを、支持者が評価してくれた結果だ」と語る。ただ、コロナ禍で寄付が落ち込みつつあるため、2月22日からひと月間、支持を訴えるキャンペーンも展開する。

 協力病院への助成なども合わせ、同基金が不妊手術費を全額支援した猫の累計は、今年1月末で22万頭近くに達した。1度の出産で4~5匹を生む猫の繁殖力を考えると、不幸な死に方をする猫を激減させたのは間違いない。

 2月2日に設立8周年を迎えた保護猫カフェ運営企業「ネコリパブリック」も、行政による殺処分を2022年2月22日までにゼロにする目標を掲げてきた。河瀬麻花社長の出身地である岐阜を皮切りに出店を続け、東京、大阪、広島に進出。猫関連のアイデア商品販売や岐阜県飛騨市のふるさと納税とのタイアップなどで、注目も浴びてきた。

 河瀬社長によると、カフェでの紹介や譲渡会参加などを通じ飼い主を見つけた保護猫は約2000頭。そのうち500頭程度はここ1年以内に譲渡した。「世間が明らかに保護猫に目を向け始めている」ことで、譲渡ペースは加速している。8年間で2000頭を少ないと見る向きもいるかもしれないが、飼い主の審査はかなり厳格に行っている。

 今後の目標として河瀬社長は「猫を幸せにするサステナブル(持続可能)な仕組みづくり」を挙げた。数字の上で行政が殺処分ゼロを達成したとしても、ボランティアが収容能力を超えた数の猫を引き受けるようなアンバランスな状況が続くようでは無意味だからだという。

「下請け愛護」と保護猫ビジネス

 今年1月、ある連載漫画が終わりを迎えた。小学館発行の「ビッグコミックオリジナル」で4年半にわたり掲載されてきた「しっぽの声」(作画・ちくやまきよし、協力・杉本彩)だ。利益至上主義のペット業界だけでなく、愛護団体や保護ボランティアの一部までもが、動物の命を巧みに食い物にしている現実を、見事に描き切っていた。

 原作者である夏緑さんは、猫の現状を読み解くキーワードとして「下請け愛護」と「保護猫ビジネス」の二つを挙げる。下請け愛護とは、加齢などにより繁殖用として適さなくなったり、売れ残ったりした犬や猫を、ブリーダーやペットショップなどから非営利の「愛護団体」が引き受けることだ。

 こうした下請け愛護は以前からあったが、拡大する兆しが出ている。動物愛護法改正に伴い今年6月に営利目的のブリーダーなど第1種動物取扱業者に飼育頭数制限が導入されるものの、非営利の第2種動物取扱業者への適用は来年6月以降。この「時間差」を利用して、犬や猫が下請け愛護団体に回される可能性がある。

 夏さんは、こうした下請け愛護団体が「保護猫ビジネス」の担い手となることへの懸念を示す。「ペットショップは店舗を構えているので外部から見えやすい。しかし、保護猫ビジネスは実態が見えにくいのに加え、受け皿があるのをいいことに、果てしなく保護猫を作り出してしまいかねない」からだ。さらに、「保護猫救済を最優先してきた第1世代が資金や労力の面で疲弊し切った後で、金もうけと人集めが上手な第2世代が台頭してしまうと怖い。悪貨が良貨を駆逐するように」と語る。

「善意」と「科学」

 第1世代を自認する筆者は、飼い主探しの過程で、「下請け愛護」によると思われる「飼い主募集」を見かけることが増えた。保護猫は雑種で、生まれた時期も不明なはずだが、こうした募集告知にはなぜか、純血種や純血種同士のミックスが顔をそろえ、生年月日も記載されている。店舗での売買が禁止されているような幼い犬猫を譲渡すると書かれているほか、必要経費を大きく超える高額な寄付金を要求するケースもある。

 哀れな保護猫を救う高潔な使命を帯びて活動している方々が、こうした「売買」をしていると言い立てるのは、失礼で的外れかもしれない。コロナ禍に伴いペットショップでの販売価格が高騰している中、純血種の猫を「保護猫」として安く、そして心の満足を得ながら手に入れたい方々にとっては、余計なお世話かもしれない。

 だが、筆者は保護した猫の医療費の大半を自己負担し、適切な飼い主を見つけるため休日のほとんどを希望者宅の訪問とお見合い設定、猫の搬送に費やしている。なので、どうしても不可解に見えてしまう。

 こと動物保護の現場では、「善意」を疑うのはご法度という雰囲気が根強い。外にいる猫のTNRや飼い主探しをしているのは、他人を疑うのが苦手な人も多い。だから、「数万円支払えばどんな猫でも引き取るが、その後の消息は聞いてはならない」という愛護団体に猫を渡し続けるボランティアがいる。十数匹の保護猫を抱えて経済的に困窮しているのに、さらに引き受けてしまう人もいる。善意に基づく猫助けをしているから何をしても許される、として警察沙汰を起こす者もいる。全て筆者が実際に知っている面々である。

 2020年11月に京都府八幡市の自宅で、多頭飼い崩壊などを受けて預かった多数の犬猫を劣悪な環境下で死なせたとして動物愛護法違反(殺傷、虐待)容疑で逮捕された女性も、警察が動くまでは「神ボランティア」と呼ばれていた。善意をもとにした信仰の恐ろしさである。

 夏さんは「猫もしゃくしも保護猫」の時代は、善意に押されず物事を冷静に見る「科学的な視点」が欠かせないと指摘する。例えば飼い猫の平均寿命が15歳あまりで、生涯必要経費の平均が約153万円強(ペットフード協会調べ、2021年実績)である事実を理解することだ。そうすれば、猫を助ける側も受け入れる側も、ある程度の心構えができるだろう。

◇ ◇ ◇

 草枕 信秀(くさまくら・のぶひで) 複数のメディアで記者や編集者を務め、フリーに。現在は野良猫や捨て猫の不妊手術、里親探しに携わりながら、ペット問題を含め幅広く取材活動をしている。

(2022年2月20日掲載)

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