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全て「1番」を狙った高木美帆のすごさ 【菊池彩花さんの眼】③

2022年02月19日16時43分

 2月17日北京五輪スピードスケート女子1000メートルで、高木美帆(日体大職)が念願だった個人種目初の金メダルを獲得し、今大会は5種目で金1銀3のメダルを手にした。スピードスケートのオールラウンドは、挑戦できる選手すら少ない至難の業。2018年平昌五輪女子団体追い抜き金メダリストで現ナショナルチーム・アシスタントコーチの菊池彩花さんが、北京の高木美帆に見たすごさとは-。

スタートで「金」を確信した1000メートル

 1000メートルを滑る前に、ウオームアップエリアで自転車を漕いでいる映像が出たんです。見ると、いい集中をしている、入り込んでいる顔をしていました。今の自分に集中しているというのか、これは期待できると思いました。

 スタートしたらもう「ああ、これは金を取ったな」と。それくらい体の動きが1500メートル(7日、銀メダル)と全然違っていました。1500メートルはスタート前から緊張やプレッシャーが感じられて、ちょっと硬かったんですが、1000メートルはスタートから動きが良かった。

 2組前でユッタ・レールダム選手(オランダ)がいいタイム(1分13秒83)を出していて、結果的に銀メダルを取るわけですが、美帆はそのプレッシャーも感じられない動きで、200メートルのラップも速かったし、最後の1周も落ちることなく滑り切りました。今大会で一番いいスケーティングでしたね。

 5種目の最後、レースの数で言うと7レース目ですが、美帆のすごさは、1本1本全力で滑っていて疲労がないはずはないのに、そうは見せない。その強さが今大会は特に見えました。本人の言葉からもうかがえますが、スケーティングも最後が一番いいレースでしたから。

500メートルから上向きに

 5種目を通してみると、500メートル(13日、銀メダル)をきっかけにスケーティングがすごく良くなったように見えます。

 大会直前にコロナ陽性になって隔離されていたヨハン・デビット・コーチが合流できたことも、大きかったでしょう。彼も、ナショナルチームを立ち上げた時から美帆はすごい選手になると思っていたから、お互いに不可欠で特別な存在です。平昌五輪の年の世界選手権で女王イレイン・ブスト選手(オランダ)に1500メートルで勝って総合優勝もした時や、20年世界選手権のスプリントで優勝した時など、一つ一つのタイトルをともに獲得してきた師弟関係がありますから。5種目に出場してこの金メダルは、2人にしか分からない特別な思いがあるのでは。

短距離挑戦で進化した能力

 美帆は中長距離から結果を出してきた選手ですが、平昌五輪の後でスプリント能力も重視し、世界スプリントに出るなど500メートルと1000メートルを滑る機会を増やしてきました。タイムを伸ばす中で、500メートルの体の使い方を習得して、それが1000メートルや1500メートルに生きたりして、もともと美帆が持っている効率良くスピードを維持する能力がさらに進化した。

 短距離種目への挑戦と成果がしっかり身についたからこそ、美帆にしかできない今大会の5種目、出るだけでなくメダルを取る5種目につながりました。

 何種目に出るとか、出ることに意味があるのではなく、どの種目でも「1番」を狙って滑る。純粋に「1番」を狙う。それに挑戦し、自分を試し、周りでなく自分自身が納得できるかどうかが、美帆にとって大切なことだったと思います。誰にもできることではありません。滑るだけでも簡単じゃない。美帆だからできること。そこが美帆のすごさです。

五輪への特別な思い

 五輪という舞台には、10年バンクーバー大会に15歳で出ました。代表選考会の1500メートルで1位、1000メートルで3位になって行って、本番は1500メートルが23位、1000メートルは完走選手最下位の35位でした。団体追い抜きの4人にも抜てきされましたが、レースに出ていないので、銀メダルをもらえていないんですね。

 その次の14年ソチ五輪は、期待されながら出場さえできなかった。美帆にとってとても大切な経験だったから、誰よりも強い気持ちで五輪に出ているのではないでしょうか。

 そして、そういう経験もしているから、今もただ先頭を走るだけでなく、思いやりを持った振る舞いや気遣いができる。「スーパー中学生」から順調にここまで来たわけではない道のりが、人間的な深さも培ったのだと思います。

 ■菊池 彩花さん(きくち・あやか) 長野・佐久長聖高出。橋本聖子さん、岡崎朋美さんらと同じ富士急に所属し、2度目の五輪出場となった18年平昌大会の団体追い抜きで金メダルを獲得。引退後は富士急コーチとナショナルチームのアシスタントコーチに就任。妹の悠希と純礼はショートトラック北京五輪代表。夫は10年バンクーバー五輪500メートル銀メダリストでショートトラックのナショナルヘッドコーチ、長島圭一郎氏。34歳。長野県出身。

 ■高木美帆の北京五輪■

 5日 3000メートル 6位(4分1秒77)

 7日 1500メートル 銀(1分53秒72)

12日 団体追い抜き1回戦

13日 500メートル 銀(37秒12)

15日 団体追い抜き準決勝

 同  団体追い抜き決勝 銀

17日 1000メートル 金(1分13秒19=五輪新)

(取材・構成:時事通信運動部 大野周)

北京五輪特設サイト・スピードスケートのページはこちら

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