140年ぶりの大変革
トム・ハンクス主演のコメディー映画「ビッグ」(1988年)では、主人公の12歳の少年が一夜にして成人に成長し、大都会ニューヨークで就職や恋愛を経験する。
映画の世界ほど極端ではないが日本では民法改正により、4月1日からこれまで「少年」だった18歳、19歳が「成人」となる。心温まる映画と異なり、若者を狙った悪徳商法が広がることも予想され、思わぬ落とし穴が待ち受けている可能性もある。成人年齢の引き下げで暮らしの何が変わるのか整理した。(時事通信政治部 城間知碩)
2018年6月に成人年齢の引き下げを決めた改正民法が成立し、1876(明治9)年の太政官布告以来約140年ぶりに見直しが行われることになった。
2014年に憲法改正国民投票の投票権年齢が18歳と定められ、15年には公職選挙法の選挙権年齢が18歳に引き下げられた流れをくむものだ。今年4月1日時点で18歳または19歳に達していれば、その日に成人となる。04年4月2日生まれ以降は、18歳の誕生日を迎えた日から成人だ。
親の同意なくローン契約も
民法が定める成人年齢には「1人で契約をすることができる年齢」という意味がある。このため、4月からは18~19歳でも親の同意を得ずに1人暮らしのアパートを借りたり、携帯電話、クレジットカード、ローンの契約が結べたりするようになる。
もう一つ、民法の成年年齢には「父母の親権に服さなくなる年齢」という意味がある。今後は親権に服さなくなるため、進学や就職、住む場所について自分の意思で決定できる。
成人となるので、10年有効の「大人用」パスポート、司法書士、公認会計士、医師免許、薬剤師免許などの国家資格が取得できる。性同一性障害の人は性別の変更審判を受けることも18歳で可能となる。裁判員制度にも組み込まれるが、実際に選任される可能性があるのは名簿に登載される23年以降となる。
消費者被害に懸念
懸念されているのは消費者被害の拡大だ。未成年者は親の同意を得ずに契約した場合、「未成年者取消権」によって原則契約を取り消すことができる。しかし、4月以降、18、19歳は取消権を行使できなくなる。社会経験が乏しく、保護を失ったばかりの新成人をターゲットとした悪徳商法への注意が必要となる。
実際、国民生活センターによると、20年度に全国の消費生活センターなどに寄せられた消費者被害の相談のうち、契約者が18、19歳だったケースは合わせて1万1378件だったのに対し、20歳は1万1107件だった。成人になったタイミングで被害相談が増える傾向にある。
被害額も18、19歳は計約4億7000万円だったが、20歳は約9億6000万円と約2倍に跳ね上がった。国民生活センターの担当者は「4月以降、成人年齢引き下げに伴う被害が増える可能性はある」と話す。
同センターはホームページで、18歳からクレジットカードや不動産契約が可能になることを念頭に、「リボ払いを選択したら、支払残高が高額になっていた」「引っ越し当日に業者が訪れ、管理会社と関連があるかのような説明を受けて換気扇フィルターの契約をしたがウソだった」といった相談事例を紹介し、注意を呼び掛けている。
一方、成人年齢が引き下げられても「20歳」の年齢制限が維持されるものがある。酒・たばこ、競馬や競輪、競艇など公営競技の参加可能年齢が当てはまる。養子を迎えることや大型・中型自動車運転免許の取得も引き続き20歳からで変わらない。
逆に「引き上げ」となるのが女性の婚姻開始年齢だ。男女間で心身の発達に差異があるとの理由から、結婚できる年齢は男性が18歳、女性が16歳と男女間で異なる状況が続いてきたが、社会の変容に伴い、女性も4月1日から男性と同じ18歳となる。
自治体で分かれる成人式
これまで1月の成人の日前後に行われることが多かった成人式については、自治体ごとに対応が異なりそうだ。18歳を対象に実施した場合、1月開催は受験シーズンと重なる。特に来年1月は18、19、20歳の3世代が全て対象になることから、多くの自治体は今のところ20歳を対象に開催するようだ。
法務省が今年1月までに「22年度以降に実施する成人式の対象年齢に関する検討状況」を全国の自治体に尋ねたところ、回答のあった1176市町村のうち18歳を対象にすると答えたのは三重県伊賀市と北海道別海町の二つだけだった。伊賀市教育委員会の担当者は、18歳での実施を決めたことについて「これまで民法上の成人年齢が20歳なので、成人式も20歳で実施していた。法律が変わったので成人式も18歳で行うことにした」と説明する。
担当者は「18歳で成人になったという自覚を促し、社会もそれを祝福することが大事だ」と語る。伊賀市は来年に関しては、1月に20歳、3月に19歳、5月に18歳と3回に分けて成人式を実施する予定。それ以降は受験シーズンを避けた5月に成人式を開催するという。
実名報道が可能に
成人年齢引き下げに伴う重要な変更の中には、少年法の改正がある。新たに成人となる18、19歳は引き続き法の下で保護の対象とするが、「特定少年」と位置付けて取り扱いを17歳以下と分ける。
「少年」の事件は全件が家庭裁判所に送られ、非公開の審判で裁判官が処分を決定する。ただ、殺人など故意に人を死亡させた罪については原則として、検察に送り返す「逆送」が行われる。改正少年法は、18、19歳の「特定少年」も全件を家庭裁判所に送ると定めるが、逆送の対象を強制性交等罪、現住建造物等放火罪、強盗罪などにも広げた。逆送されれば20歳以上と同様に公開法廷で裁判を受けることになる。
これに伴い「実名報道」に関するルールも変わる。少年法では少年の更生の観点から、氏名、年齢、職業などで個人が特定されるような記事・写真の「推知報道」が禁止されているが、事件が逆送され特定少年が起訴された場合、実名報道が解禁される。
法務省は「公開の裁判で刑事責任を追及される立場になれば、推知報道を解禁し、社会的な批評・論評の対象となり得るものとすることが適当だ」としている。これに対し、日弁連は「就職、進学などのリスクになり、社会復帰を困難にし、結果として再犯につながりかねない。とりわけインターネット上の情報は半永久的に残り、重大な弊害が予想される」と反発している。
法改正時に衆参両院法務委員会は政府と最高裁に対し、「特定少年の健全育成および更生の妨げとならないよう十分配慮されなければならない」と求める付帯決議を採択。これを受け、最高検は実名発表の基準について、殺人など裁判員制度の対象事件を「検討すべき事案の典型」との見解を示した。推知報道が解禁されれば、実際に実名で報道するかどうかは報道機関の判断に委ねられることになる。
養育費は20歳までと法務省
離婚した場合の子の養育費の支払いは、「子が成人に達するまで」といった取り決めをしているケースが多い。このため、成人年齢引き下げにより、18歳で養育費の支払いがストップすることも考えられる。これについて法務省は、取り決め時点では成人年齢が20歳だったことを踏まえ、「従前どおり20歳まで養育費の支払い義務を負うことになる」としている。
今後新たに取り決めを結ぶ場合は「22歳に達した後の3月まで」などと明確に支払期間の周期を定めることが望ましいという。
(2022年2月18日掲載)