北京五輪のスピードスケート女子団体追い抜きで、2018年平昌五輪に続く金メダルを目指した日本は、15日の決勝へ勝ち進んでカナダと対戦したが、ゴール寸前で崩れ、連覇を逃した。平昌五輪でその一員として走り、現ナショナルチーム・アシスタントコーチの菊池彩花さんの眼にはどう映ったか-。
日本にはベストの作戦
世界が先頭交代の回数を減らす作戦へ向かっている流れの中で、日本は前回平昌五輪と同じ先頭交代3回で臨みました。先頭交代と一糸乱れぬ滑りで後ろの選手の体力を温存する日本の強みを生かし、高木美帆(日体大職)、高木菜那(日本電産サンキョー)、佐藤綾乃(ANA)3選手の力を最大限に発揮するためには、やっぱりあの作戦になると思います。
日本もワールドカップ(W杯)でいろんなパターンに挑戦してきました。ただ他の作戦を試すにも、W杯でも団体追い抜きを滑る機会は少ないし、前年度はコロナで開催できませんでした。国内でも何回か試しましたが、練習と本番は違いますから。先頭交代3回が、今まで一番やってきたことだし、彼女たちの感覚としてもベストだったでしょう。
極限状態で起きた暗転
その中で最後の転倒が起きたわけですが、ゴール間近ですから、菜那だけでなくみんなが同じような疲労度で、体力の限界に近かったと思う。カナダが強くなっているのも分かっていて、絶対に勝ちたい、期待に応えたいと、気持ちで走っていた場面です。菜那と綾乃は、先頭で風の抵抗を受けて引っ張り続けてくれた美帆を後ろから支えていた。
映像を見ると、菜那は左足がグニャッとなって転んでいますが、コーナーの入り口からずっと押してきていて、転倒するワンストローク前で1回バランスを崩しかけ、右手を離してバランスを取っているんですね。
そこから右足で何とか耐えて立て直そうとしたんですが、左足を置くタイミングがわずかにずれて、安定した場所に乗せられなかった。それが転倒につながったように見えます。みんなが限界に近い状態で、気持ちで滑っている中で起きたこと。
菜那は自分のせいで、と思うかもしれないけど、そうではない。団体追い抜きはスタッフを含め日本チームとして、雰囲気づくりから何から、いい時も悔しかった時間もみんなで分かち合い、乗り越えていくものです。この結果も、菜那が転倒したからではないことを理解してほしいし、自分だけで抱え込まないでほしい。
カナダは前回メダルを逃した悔しさがあって、この4年間、努力を積み上げてきて今回の決勝でベストのパフォーマンスをした。拍手を送りたいですね。
注目と期待の中の4年間
日本は追われる立場で頑張ってきて、悔しい銀メダルにはなったけど、積み上げてきた努力や頑張りは、彼女たちにしか経験できなかったこと。押切美沙紀選手(富士急)もメンバーに戻って、それぞれの思いを持ちながら、強い日本であり続けるためにみんなが努力した時間は、何にも代えがたいものです。
そしてこれだけこの種目が注目されるきっかけをつくり、これだけ期待される中で、応援する側もワクワクして心躍らされる経験をさせてくれました。感謝したいです。
美帆は決勝も安定していました。5種目に出るけれども、他の種目があるからということは考えず、1種目1種目に全力を出しているスケーティングです。精神的にもタフになったと思うし、自分自身に挑戦し、自分がどこまでできるだろうかと戦っている感じ。本当に頼もしいです。
綾乃は、後ろから押されて前を押すジョイント部分の役割。後ろから押された力を前に伝えないといけない難しいポジションで、綾乃の器用さと運動神経の良さがあるからできるんです。それを難しそうに見せずやってしまうところがまたすごい。
再挑戦へ、底上げが急務
ただ、次の4年間はなかなか難しいですね。日本女子の長距離は、今のメンバーと他の選手に差があるので、まずはしっかり底上げに取り組まないといけないし、その上で今まで培ってきたノウハウを生かして新しい日本チームを確立していくしかないのかなと思います。
もちろんこの悔しさがあるので、みんなが引退しないと言えばまた同じメンバーで出るかもしれませんが、そうなっても底上げは必要です。
いずれにしても、やっぱり五輪で金メダルを取ることは簡単じゃないと改めて感じましたが、この姿が若い世代にも勇気を与えただろうし、またこの舞台で金メダルを取れるのにふさわしいチームになるように、日本として努力を続けるしかないと思っています。
■菊池 彩花さん(きくち・あやか) 長野・佐久長聖高出。橋本聖子さん、岡崎朋美さんらと同じ富士急に所属し、2度目の五輪出場となった18年平昌大会の団体追い抜きで金メダルを獲得。引退後は富士急コーチとナショナルチームのアシスタントコーチに就任。妹の悠希と純礼はショートトラック北京五輪代表。夫は10年バンクーバー五輪500メートル銀メダリストでショートトラックのナショナルヘッドコーチ、長島圭一郎氏。34歳。長野県出身。
(取材、構成・時事通信運動部 大野周)