ウクライナ国境付近にロシア軍部隊が集結し、侵攻の可能性が指摘されている問題で、ウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使が2月9日に東京都内の日本記者クラブで記者会見した。ロシア軍は北部、東部、南部の三方を包囲する形で約13万人の兵力を配置したとされ、情勢は緊迫している。
コルンスキー大使は「われわれが選んだのは、NATO(北大西洋条約機構)だ。議論の余地はない」と述べた上で、「ロシアとの軍事衝突は望んでいない」と訴えた。同大使の発言をまとめた。
NATO拡大を不安視するプーチン大統領
ロシアのプーチン大統領は、東欧圏にロシアの影響力を拡大したいと考えている。そしてNATOが(東欧に)拡大しないという約束を書面にしてほしいと思っている。彼は、世界第二位の軍隊を持ち、世界最大の核兵器を保有しているにもかかわらず不安に思っている唯一の人間だ。
ロシアの行動論理は、米国とNATOがヨーロッパで自由と民主主義を支持するための高い代償を払うべきだとの立場だ。プーチン大統領は、ロシアの対応は非対称的で素早く、厳しいものになるだろうと言っている。すなわち、敵側がロシアの根本的な安全保障上の利益を害することがあれば、従来とは異なる軍事行動を取るかもしれないということを言わんとしている。
彼の考える新世界秩序の根幹はシンプルだ。米国は北米に戻ってとどまれ、ロシアがヨーロッパを扱う、中国は東南アジアと東アジアを監督するのだということ。
現在の危機は、クレムリンから一連の要求が出されたことがきっかけで、言わば最後通牒(つうちょう)のようなものだ。米国および同盟国が同意するならば、実効的に旧ソ連時代の線に近い形でロシアの影響圏が戻ることになる。すなわちNATOが東欧に拡大する前の状況になるということだ。ロシアはウクライナの国境周辺に部隊を増強し、脅しをかけて繰り返し警告を発している。
侵攻シナリオ、決定できるのは1人
最も明白なシナリオは、ロシアがウクライナに侵攻してくるということだろう。(親ロ派武装勢力が支配地域を拡大する)東部のドネツク州、ルガンスク州に軍を送り込み、(国の中央部を南北に流れる)ドニエプル川まで押し込んでくるかもしれない。
ロシアが侵攻してくる場合のシナリオだが、第一のシナリオは、(首都キエフへの)正面攻撃で、北の隣国ベラルーシから入ってくるというものだ。第二は、南部すなわちロシア側が支配している地区を経由して入ってくるもの。(ロシアが一方的に併合した)クリミアなどがそうだ。ウクライナにとっては、オデッサ港など黒海沿岸の貿易玄関口を切断されることになる。第三は、全土を占領すべく侵攻してくるものだ。
もし、軍事衝突が起これば、人類史上初めてだが、15基の原子炉、長大な石油やガスのパイプライン網、化学プラントなどがすべて(戦域に)含まれてしまう。北には(旧ソ連時代に事故を起こした)チェルノブイリ原発もある。
つまり、小規模なものであっても軍事攻撃は排除しなければならない。国境沿いに集結しているロシアの戦車、ミサイル発射機は戦争に火を付け得る武器であり、それがもたらす結果は甚大なものになる。ウクライナのみならずヨーロッパ全体に被害をもたらし得る。
ロシアのテレビ局で軍事専門家は、ウクライナが挑発して始まる限定的な戦争があり得ると予測している。破滅的な空爆によってロシアは楽に勝てると言っている。戦車部隊など必要ない。空からウクライナのインフラをすべて破壊尽くせばいいと。彼らが、どのようなインフラを破壊したがっているのか、ここからも分かる。ミサイル攻撃も含めた空爆ということになるかと思う。
ウクライナ侵攻計画など一切ないという主張を信用するわけにはいかない。ロシアにおいて全てを決定できるのはただ一人。彼が何を考えているのか誰にも分からない。だからこそ、われわれは準備をする。
加盟していたらクリミア併合なかった
NATOへの加盟について初めて議論が始まった時の世論調査で、支持する国民は3割だった。今、特にロシアの行動を受けて加盟支持はほぼ2倍の59%になっている。われわれが生きている世界は、米国でさえ、同盟の一部にならなければ、そして安全保障のインフラの一部として参加しなければ、安全ではない。では、ウクライナはどこを選んだのか。やはりヨーロッパ、NATOの側ということだ。
加盟までのプロセスは非常に複雑で大変なものだろう。すべての加盟国が受け入れてくれなければならない。しかし、(ウクライナにとっては)議論の余地はない。
ウクライナの国民一人ひとりが今、自問自答していると思う。もし2014年時点でNATOに入っていたなら、ロシアがクリミアにあのようなことを仕掛けてくることはなかっただろうと。親ロ派に働き掛けて工作員を送り込んだり、部隊を送り込んだりした後、占領してくるといったことはあり得なかったはずだ。
しかし、当時のウクライナは自らを守る術がなかった。もちろんNATOにも入っていなかった。それで、ああいう結果になってしまった。単純な論理と分かってもらえると思う。
われわれは戦争は避けたいと思っている。第一に目標とすべきは平和だ。できる限り死傷者は出したくない。軍事衝突は望んでいない。とりわけロシアとの間では。軍事力でクリミアを解放するということも一切ない。あくまで外交的手段を尽くしたいと思っている。
日本とウクライナは1万キロも離れているが、同じ国に対して領土問題を抱えている。日本は経済面でソフトスーパーパワーの国だ。G7(先進7カ国)の一員でもある。私どもを政治的に支持してほしい。日本の国会がウクライナ支持の決議を採択してくれたことは、世界にとっても重要なメッセージになる。
フランスのマクロン大統領がモスクワやキエフを訪問して外交的な解決策を見いだそうと努力しているさなかに、さらに6隻ものロシアの海軍艦艇が、黒海に入ってきている。黒海艦隊の7隻の揚陸艦に加えてだ。どこを攻撃するつもりなのか。兵員、戦車、さまざまな装備を搭載する能力を持っている。どこかの領土を占領しようとするときには、こういう艦艇が使われる。もう30隻に及ぶ艦艇が黒海に集結してきている。軍事演習と言われているが、なぜ黒海なのか。
唯一の道はロシア側が出ていくこと
日々外交努力が続けられる中で、軍備増強が図られている。理解できない。ロシアはどういうメッセージを伝えようとしているのか。キエフでわがゼレンスキー大統領は、外国からの賓客に伝えざるを得ない。ロシアは攻撃しないと言っているが、毎日軍隊を増派しているではないか。偶発的なことが起これば、すぐに対立になってしまうと。
われわれはそれでも、外交努力は引き続き重ねられるとポジティブに考えようとしている。
(ウクライナが)中立であれば戦争は回避できると言っているが、片や10万人以上のロシア軍部隊が国境沿いに集結し、ミサイルや航空機も集まっている。これはどうしてくれるのか。
ロシアは常にNATOが攻撃してくると考えている。そしておびえて不安に陥るわけだ。そうなるとヨーロッパ側も不安に陥らざるを得ない。難しい状況だからこそ、国際社会に関わっていただきたい。ロシアの言っていることは、われわれは到底受け入れられない。事態はあまりにも複雑になってきている。
何が起こるか幻想は抱いていない。10万の兵力をあちらが集結してきている。こちらもそれに対抗して予備役も集めている。何万人もの人が領土防衛のため立ち上がっている。戦う用意をしている。彼らにどんな脅威を与えたとしても親ロ派に変わるわけがない。
唯一考えられる道は、ロシア側が態度を変えることだ。東部のドンバス地方やルガンスク州から出て行ってくれる。クリミアから出て行ってくれる。そして国境の支配権をウクライナに戻してくれる。
そういうことが起これば、ウクライナはようやく通常の状況に戻る。ロシアとの関係も、ではどうしようかと考えることができるだろう。
力で国境変更、絶対いけない
われわれが持っているのは防衛用の武器だけだ。ロシアの領土に長距離で攻撃するような装備や能力は持たない。主にパートナー国である米英から供与された武器だ。どのような規模であっても、地上での攻撃には十分対応できる。しかもウクライナ陸軍はしっかりした動機付けを持っている。
国境沿いに集まっているロシアの若い兵士は、なぜこんな所まで来ているのか理解できていないだろう。なぜ戦争に行かなければならないのか。なぜ侵略する側に立たなければならないのか。片やウクライナ側の兵士たちは、自分の国を守る意欲に燃えている。これ以上の動機はないはずだ。
最近、国際的シンクタンクが発表したところによると、軍事力でロシアは世界第2位、ウクライナは22位と評価されている。ロシア側は軍事力で優勢なのはその通りだ。しかし、われわれが勝っているのは自分の国を守るのだという意識。これは過小評価してはならない。疑いなく強力に抵抗する。
ただ、何度でも強調するが、それでも戦争は考えたくない。戦争へのシナリオは議論してはならないということを肝に銘じている。
(旧ソ連崩壊後に独立したウクライナは核兵器を放棄したが、)復すべきだと言っている人が国内にいるのは事実だ。しかし、核を保有する、管理するというのは、非常に複雑で高くつく。専門家の間で議論が出てきているが、政治レベルや政府部内ではない。核を持てば攻撃されないだろうとの考えは、その通りかもしれないが、もっと心配なのは、他の国が核を持とうとしている事実だ。核兵器に安全保障の無駄遣いはしてはならないと思う。
クリミアについてだが、(8年前のロシアによる)併合は、ウクライナだけの問題にとどまらない。第2次世界大戦後、領土を武力で併合した場合、これはもうパンドラの箱を開けてしまうことになる。他の国も、奪っていいのかという論理につながるからだ。
日本の周辺の小さな島々もそうだし、ヒマラヤの土地や、ヨーロッパのあらゆる領土に関わる議論もそうだ。だからこそ、除外していかなければならない。日本もウクライナも、力で国境を変えるというのは絶対にいけないと主張し続けなければならない。
(構成:時事通信総合メディア局 宮坂一平)
(2022年2月14日掲載)