北京冬季五輪のスピードスケートは注目種目が目白押しの中、2月8日までに女子3000、1500メートルなどが終わった。5種目に出場する高木美帆(日体大職)をはじめ日本選手の滑りをどう見るか。2018年平昌五輪女子団体追い抜き金メダリストでナショナルチーム・アシスタントコーチの菊池彩花さんに聞いた。
攻めた高木美帆、好調裏付ける銀
1500メートル(7日)で銀メダルを獲得した高木美帆選手は、とてもいい滑りをしたと思う。スタートから気迫と緊張感の感じられる滑りでした。
3組前でイレイン・ブスト選手(オランダ)がオリンピック・レコードを出したのを見ていますから、初めから攻めるレースをしました。
技術的に言えば、もう少し肩の力が抜けていたらとか、最後に2秒近くラップが落ちたとかいうことはありますが、それは攻めたから。あの状況で金メダルを取りに行くなら攻めなければ。
ただそれは、気合が入って体も思った以上に動かないとできない。難しいんですよね。恐らく体もいい状態に上がっていたのでしょう。バランスが取れていたからできた。体のコンディションが良く、スケーティングが良いと、自分への期待も高まり、メンタル面も気合が入り過ぎてしまう。すると力みが出て、動きに硬さが出てしまう。美帆の滑りはしなやかで、効率よく氷に力を伝え続けるスケーティングが持ち味なので。
期待、プレッシャー、いろんなものを背負った大舞台です。相手にオリンピック・レコードも出されて、その中でベストパフォーマンスをしたと思う。感動しました。
ブスト選手は心と体の状態がちょうどいい状態で、リラックスして滑っていた。王者の風格というか、本当に強かった。
あえて両選手の違いを挙げるなら「オリンピックの滑り方」かもしれない。美帆は体のコンディションが相当良かったんだと思います。いける気持ちがあって、もちろん勝ちにいきたい。体や滑りの調子がいいと精神的にも上がってきますから。
その中で気持ちを少し落ち着かせるというか、抑えるというか。それが全て気合として見えていました。難しいことですが、ほんの少しの気持ちのコントロールというか、ブスト選手はすごく上手だったのかなと。
5日の3000メートルは少し動きが重そうで、苦しそうにレースをする美帆を久しぶりに見ました。思っていたより氷が軟らかかったのかもしれません。
ただ、2レースとも内容は良く、気持ちの上でも1レースごとにちゃんと自分に矢印を向けて分析しています。レース直後にあれほど冷静に自分のことを話して、前回との比較もできる。やっぱりすごい。自己分析ができている以上、1レースずつ調子を上げていけるのではないでしょうか。
楽しかったと言える佐藤、体を使える高木菜那
1500メートル4位の佐藤綾乃選手(ANA)は、メダルまで0秒1。表彰台まで本当にもうちょっとでした。表彰台の綾乃を見たかった。綾乃は等身大の自分を大切にして、欲張らない。あと0秒1で、こうできていれば勝てたのに、ではなくて、でも私はここまで頑張って来たと、自分をしっかり認めることができる。そこが彼女のいいところ。コメントでも、今までで一番楽しいレースだったと言っていた。
悔しさはあると思います。メダルを取れるか取れないかでものすごく違う。4位は取れなかった悔しさがものすごく残ると思いますが、楽しかったと言えることが彼女の人柄というか、応援したいと思わせてくれる選手だと思いました。
高木菜那選手(日本電産サンキョー)=8位=もすごく良いスケーティングでした。体の使い方が上手になった。室伏広治さんのところで教えてもらった体幹トレーニングで、自分の思った通りに体を動かせるという効果が出てきた。
4年前までは膝などけがもあって、フィジカルトレーニングで負担になる箇所があったと思う。その中で五輪を目指して頑張ったけれども、平昌では1500に出られなかった。
それから体の使い方やバランスの整え方を地道にやってきた。求めるものを納得できるまで探し続ける。それが今季はワールドカップ(W杯)前半戦でメダルを取る結果にもつながったと思う。小さい体で最大限の力を氷に伝えられる。
だから今回は自分もできるという自信もあって臨み、序盤からすごく良かった。ただ、ラスト1周の直線で同走者と交差する際に、自分に優先権があるのに進路を譲ってもらえず、スピードをロスした。不運でした。あれがなければメダルに届いたかもしれない。3位に0秒52差ですから。
でも、菜那は感情も思っていることも、ため込まず表に出せる選手。そうすることで頭の中が整理されていくだろうし、それが彼女のメンタルコントロールの仕方かもしれません。
団体追い抜き、深い呼吸で
次は12日からの団体追い抜き。日本は前回覇者ですから、各国が日本に勝つために4年間を過ごしてきました。それはそれとして、自分たちのベストの戦略でパフォーマンスを出せば、優勝はできると思います。
1500メートルを見ると、3人ともかなり調子は上がっているように見えます。あとは気持ちのコントロール。肩に力が入ると、おなかに力が入りづらくなり、氷にも力が伝わりづらくなります。呼吸も浅くなってしまうので、深呼吸して一番良い滑りをすれば、結果に結びつくでしょう。
確かにヨハン・デビット・ヘッドコーチが新型コロナウイルス検査で陽性となって不在の影響は、何とも言えないものがあります。ただ選手たちは、どんな状況でもやるべきことは変わらないと前を向いてやっていると思う。早く戻ってほしい気持ちはもちろんありますが、日本は強いチームだと思っています。
男子の一戸ら、ショート陣にも期待
男子の5000メートル(6日)は一戸誠太郎選手(ANA)が12位でした。自身の低地ベストに近いタイムで、現状でのベストを尽くしたレースだったと思います。
選考会の後から、彼の発する言葉からは、共に生活し切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲間たちの思いを背負い、北京五輪でベストを尽くしたい気持ちがにじみ出ていました。
昨季までの序盤から積極的に攻めるスタイルから、今季はペースコントロールをして、後半でゴールまでに100%出し切る戦略が多く見られました。5000で同走したヨリト・ベルフスマ(オランダ)=5位=は良き目安となる相手でしたが、前半は絶妙なペース配分でリズムを作れたと思います。
後半、じわじわ離された時も、引き離されまいと気持ちの成長がうかがえた。彼には見ている側をワクワクさせてくれる、本番での爆発力があります。男子中長距離のエースとして、成長の跡を結果で示してほしいですね。
ショートトラックもネットで見ています。きのうは(妹の)純礼(富士急)が女子500メートル準々決勝で派手に転んだシーンも見ました(3位で準決勝進出ならず)。この4年間、スピード強化を一番に掲げてやってきた成果はものすごく出てきたと思う。世界から劣っていたフィジカルもできてきた。
純礼は4年前、500で半周差をつけられましたが、今は先頭集団についていけるようになった。さらに抜きに行ける瞬間がありましたが、わずかなタイミングで米国に内側からはねのけられたのが惜しかった。調子はいいと思う。
悠希(ANA、純礼の姉)も出場した5日の混合リレーは、日本も個々の実力が上がって来ているけど、予選の組が日本を含めてみんな速かった。3位の米国に僅差で負けて次へ進めなかったのは残念ですが、ベストを尽くした結果なので。
悠希は真っ直ぐでピュアな性格。レースにも真剣に臨むんですけど、肩の力を抜いて楽しくやってと思います。混合で1回滑ったので、気持ちにも少し余裕が出て1000、1500メートルに臨めるのでは。神永汐音選手(全日空商事)にもチャンスはある。これだけ転倒者が出て、判定次第で失格も結構出ているので、攻めるレースをしてベストを尽くしてほしいですね。
男子も混合に出た吉永一貴選手(トヨタ)は安定していたし、菊池耕太選手(恵仁会)もスピードがついてきた。宮田将吾選手(阪南大)、小池克典選手(全日空商事)も若手で勢いがあります。みんな攻めるレースをしてほしいと思います。
■菊池 彩花さん(きくち・あやか) 長野・佐久長聖高出。橋本聖子さん、岡崎朋美さんらと同じ富士急に所属し、2度目の五輪出場となった18年平昌大会の団体追い抜きで金メダルを獲得。引退後は富士急コーチとナショナルチームのアシスタントコーチに就任。妹の悠希と純礼はショートトラック北京五輪代表。夫は10年バンクーバー五輪500メートル銀メダリストでショートトラックのナショナルヘッドコーチ、長島圭一郎氏。34歳。長野県出身。
(取材、構成・時事通信運動部 大野周)(2022.2.8掲載)