「男子以上の情熱」と確信
プロ野球巨人で昨季まで巡回打撃コーチを務めた山崎章弘さん(60)が、兵庫県三田市に拠点を置く女子硬式野球チーム「兵庫ブルーサンダーズ」の監督に就任した。古巣巨人のコーチになる前は複数の独立リーグ球団で監督やコーチを歴任し、豊富な指導者経験を持つ。1月5日付で5年契約を結んだ山崎監督は「女子を指導するのは初めてだが、とてもやりがいがある。守りを中心に鍛え上げ、最後の最後まで諦めない日本一のチームにしたい」と意気込む。再燃の動きがある「女子野球」の活性化へと、志が高い。(時事通信大阪支社編集部 小島輝久)
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山崎さんは兵庫・育英高で強打の捕手として鳴らし、ドラフト2位で1980年に巨人入り。日本ハムを経て91年に現役を引退した。日本ハム、中日でコーチを務めた後、2008年からは10年以上にわたり、独立リーグで尽力した。選手の潜在能力を引き出す高い育成力に定評があり、20年には原辰徳監督の強い希望で巨人のコーチに招かれた。温厚、誠実な人柄。オリックスの左腕、山崎福也投手の父親としても知られている。
決め手は選手のひたむきさ
女子チームの監督就任を要請された当初は、尻込みしていたという。それでも、練習などを2度視察した昨年12月、考えが変わった。泥まみれになりながらも、ひたむきに白球を追う選手の姿に胸を打たれ、彼女たちの思いを受け取るために受諾した。
「男子には最終的にNPB(日本野球機構=プロ野球)入りという明確な目標があるのに対し、女子の場合は何があるのだろうか、と思い悩んだ。そんな状況でも野球に懸ける情熱をグラウンドで見せられ、思いは男子以上だと確信した」。力になりたいという意欲が沸き立つとともに、自分をプロ野球選手に育ててくれた兵庫に「恩返しをしたい」との気持ちも決断を後押しした。
プロリーグ休止も、灯を消さず
同じ頃、12年間続いた女子プロ野球リーグの無期限休止が決まった。関西の2球団からスタートし、一時は4球団まで拡大して公式戦を実施。女子野球の競技人口拡大とレベルアップを目標に掲げ、熱心なファンに支えられながらの運営が続いた。しかし、19年オフにリーグ所属の半数にあたる36人が退団。長引く新型コロナウイルスの影響が経営難に追い打ちをかけ、リーグ存続は不可能となった。
プロリーグ休止で女子野球の命運は尽きてしまうのか…というわけでは決してない。逆風が吹く中でも、経営ノウハウを持つプロ野球界を中心に、熱意の失せない女子野球の灯を消さず、環境を変えようとする機運がある。
西武、阪神、巨人…「甲子園」で決勝も
プロ野球の西武は20年、埼玉県川越市が拠点の新規チーム「埼玉西武ライオンズ・レディース」を全面的に支援すると発表。NPBが初めて公認した女子硬式野球のクラブチームで、監督はかつて西武の主力投手として活躍した新谷博さんが務めている。昨年はNPB球団が関わる2例目の女子チームとして、阪神OBの野原祐也さんが監督の「阪神タイガース Women(ウィメン)」が発足した。
巨人も女子野球のサポートに乗り出した。23年からの活動を目指し、硬式野球チームを新設。今年3月に卒業する見込みの大学生、高校生計4人の入団が既に決まっている。トライアウト(入団テスト)などで選手の充実を図る予定だ。初代監督らコーチングスタッフは、今後決める手はずとなっている。
高校の女子野球では昨夏、全国高校女子硬式野球選手権の決勝を、25回目で初めて甲子園球場で実施。神戸弘陵(兵庫)と高知中央(高知)が戦い、新たな歴史を築いた。全国高校女子硬式野球連盟によると、22年1月時点の加盟校は43校。優勝した神戸弘陵のエース、島野愛友利(あゆり)投手は巨人が新設したチームに入団する。「女子野球にも光を当ててほしい」という全国からの切実な願いが日本高校野球連盟(高野連)に通じて、高校野球の聖地で実現した夢の舞台。野球は男子だけのスポーツではない―。そんな熱い思いが、一つの形となった。
「野球が好き」こそ原点
女子の着実な実力アップに加え、「野球をしたい」というモチベーションが格段に上がっている。それが明るい未来を示す。兵庫ブルーサンダーズの山崎監督は「思っていた以上に上手。決して侮れない」と繰り返し強調する。バットのスイングや走塁などパワーとスピードは男子に劣るが、それに頼ろうとしない分、基本に忠実になると分析。「男子はどうしても力に頼ろうという邪念が先走るが、女子にはそんな悪い癖がない」と話し、「一人ひとりの『野球が好き』という情熱がどれだけあるか。選手の原点だし、それには男も女もない」と力説する。

プロ野球巨人が創設する女子硬式野球チームに内定している島野愛友利投手(左から2人目)ら4選手。左端は原辰徳監督。右端は前投手コーチの宮本和知氏=2021年12月8日午後、東京・両国国技館【時事通信社】
例えばプロゴルフで、男子はパワフルなショットや桁外れの飛距離がファンを魅了する。ただし、一般的な男性アマチュアゴルファーにとっては、現実離れしている男子より、女子のプレーの方が手本になるとの意見もある。飛ばし屋の女子プロはさておき、飛距離などが身近に感じられるからだろう。野球にも共通する部分があるのではないか。裾野を広げるためにも、女子野球の存在価値は高い。
発展のカギは受け皿の整備
独立リーグの傘下球団を経て、2年前に女子チームとしてスタートした兵庫ブルーサンダーズには現在、女子ワールドカップ(W杯)に出場した経験があるプロ契約の台湾選手を含む8人が所属。今春新たに8人が加わり、16人で再始動する。選手全員が経営母体の洋菓子店に正社員で採用される。球団は食事付きの選手寮を用意。プロ球団がサポートするクラブチームもそうだが、ブルーサンダーズのような実業団チームをはじめ、好待遇なくして女子野球の発展はあり得ない。情熱に対する「受け皿」をいかに整えていくかがカギを握る。
4月末には、実業団、クラブチーム、大学などが参加した今年のリーグ戦スケジュールが固まる見込みだ。山崎監督は、来るべきシーズンに向けて、守備重視の方針を打ち出す。「打撃は相手次第。どうしても波があるが、守りにはスランプがない。バッテリーを中心に、センターラインがしっかりとしたチームをつくりたい」。19歳の福永理乃主将は「監督の話はとても分かりやすい。チームも個人もレベルアップを図り、一つでも上を狙いたい」と目を輝かせている。
(2022年1月30日掲載)