巽 好幸(ジオリブ研究所所長、神戸大学海洋底探査センター客員教授)
大半の人が恐怖を覚えて物につかまると言われる震度5弱の地震。2021年にはこんな地震が10度も起きた(図1)。半数は2011年太平洋東北沖地震(東日本大震災)余震域の地下50~60キロ程度の深さで起きた海溝型の地震であり、首都圏で最大震度5強を観測した千葉県北西部地震は深さ75キロの太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界付近で発生した。そして残り四つは日本列島下の比較的浅い場所(深さ20キロ程度まで)、地殻内で起きたいわゆる直下型(内陸型)地震であった。
地震ばかりではなく、火山活動も活発だった(図1)。東京湾から約1300キロ南方の小笠原諸島にある福徳岡ノ場海底火山では2021年8月に日本の有史以来最大レベルの噴火が発生し、噴出した軽石が沖縄県内各地を中心に漂着して大きな被害が出た。また、10月の阿蘇山水蒸気噴火は規模は小さかったが、火砕流を伴う噴火の映像は多くの人を戦慄させた。他にも日常的に爆発を繰り返す桜島や西之島、それに南西諸島の口永良部島も活動的だった。
このように地震や噴火が繰り返し起きると、「日本列島は活動期に入ったのではないか?」「南海トラフ巨大地震や首都直下地震の前触れではないか?」「富士山は噴火するのではないか?」と人々は不安になり、それをあおるかのような報道や論評が追い打ちをかける。
ここではこのような不安に科学的にお答えするとともに、世界で最も地震や火山が密集する日本列島(図1)における地震や火山噴火の切迫性を改めて見直し、それらに対する私たちの心構えを確認することにしよう。
地震と噴火は連動するのか?
地震とは、プレート運動などが原因で岩石や地盤に力がかかって変形して歪みが蓄積し、それが限界に達すると破壊が起きる現象だ。ある場所で破壊が起きて歪みが解放されると、その影響を受けた領域で新たな地震が発生することはある。例えば太平洋東北沖超巨大地震は東日本の広い範囲で地盤にかかる力の状態を変化させ、そのために先に述べたような余震域だけではなく内陸部でも地震を引き起こしている。しかし、多くの人たちが心配するように、内陸域の地震活動が、例えば南海トラフ巨大地震を誘発することは科学的には考えられない。
次に、2011年の太平洋東北沖地震のような海溝型超巨大地震が、火山活動を誘発する可能性を考えてみよう。火山噴火のトリガーは、マグマ中に含まれていたり地表近くに溜まっていたりする水が発泡して体積が激増することである(図2)。多くの場合は、地下深部から高温のマグマが注入されて発泡現象が起きる(図2A)が、地震による振動や、地震後に地殻が引き延ばされることでも発泡現象が噴火につながる可能性もある(図2B)。特に世界各地で後者のメカニズムが働いて、海溝型超巨大地震の後で実際に噴火に至ったケースがある。実際、2011年の地震では東日本の地盤の状態を大きく変化させ、その後数年間はこの地域で火山性地震の異常が認められた。幸いにも2011年以降はこのメカニズムによる大噴火は起きていないが、後で述べるように富士山は切迫した状況下にある。
ただこのような巨大地震に伴う火山噴火は、起きるとしても地盤の状態が変化した東日本に限られる。はるか南方の小笠原諸島や西日本での火山噴火は、2011年の地震とは全く関係ない。
また、異なる火山が連動して噴火することも考え難い。火山はそれぞれ異なるマグマの発生・上昇のシステムで形成されるものであり、決して地下でつながっているわけではない。つまり、おのおのの火山は独立して活動しているのだ。
近づく富士山大噴火
日本列島のどこかで大きめの地震や火山噴火が起きると、必ずと言っていいほど話題にになるのが富士山大噴火だ。1707年の宝永噴火以来沈黙を守り続けるこの活火山は、ひとたび大噴火を起こすと首都圏でも数センチの火山灰が降り積もり、日常生活に影響が出る可能性が高い。また、日本一の高さを誇りその秀美な山容から日本人の心のふるさととも言われる富士山の大噴火は、はかなきものに美を感じる日本人にとって気がかりでならない。
こんな富士山の大噴火が切迫していることは、科学的にある程度の確からしさを持って言うことができる。富士山は四つの火山(先小御岳火山、数十万年前に活動;小御岳火山、10万年以前;古富士火山、10~1万年前;新富士火山、1万年前以降)が重なったいわば4階建ての火山で、最上階の新富士火山は現在でも建設中である。その中でも噴火年代とマグマの噴出量が正確に分かっている9世紀以降を見ると、噴火年代とマグマ噴出量の間に図3に示すような関係が見えてくる。
富士山はこの間に2度の日本史上最大クラスの大噴火を起こし、この大噴火の時期と規模の関係は、最近3600年間の平均噴出率とよく一致する。したがって、この関係を使って大噴火が起きる時期をおおよそ見積もることができそうだ。
仮にこの関係が将来にも当てはまるとすれば、次の大噴火は2150年くらいと予想できる。だから、このような推定法の不確かさも考え合わせると、富士山噴火はもう十分に切迫した状態であると考えるのが良いだろう。さらに、太平洋東北沖超巨大地震が起きたために、東北地方から富士山の周辺域までの広い範囲で地盤にかかる力の状態が変化した。2011年以前はぎゅっと押し縮められていた地盤が、地震発生後は逆に緩んだ状態となった。こうなると地下のマグマ内で発泡現象が起きて噴火が起こりやすくなる(図2B)。つまり、大地震をきっかけに富士山は一触即発状態に入ったと見るべきだろう。
2021年に改定された富士山ハザードマップでは、首都圏などにおける降灰の評価は変更されていないが、近隣地域への溶岩流の到達予想が新しくなっている。富士山には稠密(ちゅうみつ)な火山観測網が展開されており、大噴火の前兆を捉えることができる可能性が高い。危険性が高まった際にいかに被害を最小限に抑えることができるか、ハザードマップをよく検討して対策をあらかじめ立てておくことが必須だろう。
「低確率」で起きた阪神淡路大震災
2021年に国内で頻発した地震が将来の巨大地震などの前兆とは考えられない。しかしながら、四つプレートがせめぎ合う日本列島では歪みが地盤に蓄積され続けている。残念ながら現状では、これらの歪み蓄積の限界などを検知し、科学的に意味のある「地震予知」を行うことは不可能だ。念のために申し上げておくと、昨今ちまたに存在する地震予知情報はいずれも科学的根拠のない「予言」の類である。さらには20XX±XX年に〇〇地震が発生する、などという「専門家」のコメントも、地球科学あるいは統計学的な合理性は皆無である。
一方で、活断層や海溝周辺などで過去に起きた地震の規模やその周期、それに地下の地盤の振動特性などに基づいて、ある地点における地震動の発生確率を求めることはできる。2020年の政府発表(図4)によれば、今後30年間の発生確率が80%程度である南海トラフ地震や首都直下地震の影響で、四国から千葉県までの太平洋沿岸で高い確率で地震動が予測されている。また、これらの地震が起きた場合それぞれ32万人、2万3000人の死者数が想定されている。
それでもなお多くの人たちには切迫感が十分ではないように見える。そんな人たちには、次のような事実を伝えておくことにしよう。図4と同様の手法で求められた、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)発生の前日における今後30年間に震度6弱以上の揺れが起きる確率は、0.02~8%だった。これほど低確率であったにもかかわらず、翌日にはあの大惨劇が起きたのである。
さらに言うと、図4に示す発生確率は最低の数字だと心得ておく必要がある。なぜならば、直下型地震については周期性に乏しく、正確な発生確率に基づく予想は困難なのである。地震大国日本では、いつどこで地震が起きても不思議でないことをしっかりと認識して、津波も含めていざと言う時に備えておくべきであろう。
必ず起きる超巨大噴火
日本史上最悪の火山災害は、1792年(寛政4年)に起きた「島原大変肥後迷惑」だ。現在の長崎県島原市の雲仙岳眉山が火山性地震によって山体崩壊を起こし、大量の土砂が有明海へ流入して大津波が発生したのだ。その死者は1万5000人、単純に人口比で換算すると、現在では死者数は約5万人にも及ぶ大火山災害だった。
一方で、世界一の火山大国日本では、この火山災害をはるかに凌ぐ「破局的災害」を引き起こす可能性のある火山噴火が、過去に何度も起きてきた。それが「超巨大噴火」である。日本における有史以来最大規模の噴火は、先に述べた富士山貞観噴火(864年)や桜島大正噴火(1914年)などで、2立方キロメートル近いマグマが噴出した。一方で、火山から噴出された火山灰などが地層によく保存されている過去12万年間を見ると、さらに大規模な噴火が起きていたことが分かる(図5)。そしてマグマ噴出量が40立方キロメートル以上の「超巨大噴火」が10度も発生している。もっとも直近に起きたのは7300年前の鬼界カルデラ火山(鹿児島県三島村)で、高温の火砕流が海をこえて九州本島まで達し、南九州縄文人の豊かな暮らしを完全に破壊した。また火山灰は東北地方にまで達した。
このような超ド級の噴火が現代日本で起きれば想像を絶する被害を及ぼすことは間違いない。しかし現状では、このような超巨大噴火は自然災害との認識は持たれていない。その最大の理由は、超巨大噴火の発生周期が1万年を超え(図5)、直近の噴火からの経過時間を差し引いても数千年程度の猶予があるということだ。しかし、この周期データの基礎となるのは異なった火山における噴火であり、それぞれ独立して何の因果関係もなく活動している火山の噴火データ用いて平均周期を求めることは科学的には誤りである。
「発生確率1%」は安心を保証しない
このような場合には、統計学的には例えば今後100年間の発生確率を求めることが正しい。そしてその確率は超巨大噴火の場合約1%程度である。この一見低い確率が、決して安心を保証するものではないことは、先の阪神淡路大震災の例でも明らかであろう。そして、さらにこの超巨大噴火が恐ろしいのは、その桁外れの被害である。
その最悪の被害想定を図6に示す。この想定ではまず、超巨大噴火が九州中部で起きたと仮定する。九州には超巨大を起こした火山が四つも集中し、どこで超巨大噴火が起きてもおかしくなく、また降灰域に影響を及ぼす偏西風の向きや人口の分布を考慮した想定だ。次に火砕流の到達域や降灰の範囲を見積もる。それには、これまで日本列島で起きた超巨大噴火の中で、最もデータがそろっている、2万9000年前に鹿児島湾を作った姶良カルデラ噴火を参考にする。
数百度の高温の火砕流は2時間以内に九州のほぼ全域を焼き尽くし、関西では50センチ、首都圏は20センチ、そして東北地方でも10センチの火山灰が降り積もる。ここで重要なことは、10センチ超の降灰域では現在のインフラシステム(電気・水道・ガス・交通など)は全てストップすることだ。つまり、この領域に暮らす1億2000万人の日常は破綻する。しかもこの状況下での救援活動は絶望的である。その悲惨な結果は明瞭であろう。これは日本喪失以外の何物でもない。
自然災害や事故の切迫度は、ある程度数値化することが可能だ。それが「危険値」(=死亡者数×年間発生確率)である。この数値は、ある災害や事故で、年平均何人が死亡するかを表す。
図7を見ると、超巨大噴火は確かに発生確率は低いが、あまりにも多数の死亡者が想定されるために、危険値は交通事故とほぼ同程度である。この危険値を見ると、超巨大噴火は立派な自然災害であり、私たちもこの災害に対処することが必要であることが自明であろう。
変動帯の民に求められるもの
このように超巨大噴火が切迫した自然災害であることを知っても、地震と火山が密集する「変動帯」日本列島からあまりにも多くの試練を与えられてきた日本人の深層には、散り際の良い桜を愛でる「美化された無常観」が潜んでいる。さらに「自分は大丈夫だろう」と言う無意味な正常性バイアスが重なり、現時点では超巨大噴火への対応よりも頻度の高い災害や事故を心配する刹那的発想が広がっているように思える。こうして超巨大噴火への減災対策は講じられることなく、「打つ手はないし、考えても仕方がない」と言うような諦念が広がってゆく。一方で私たち変動帯の民は、この超巨大火山からの恩恵として例えば温泉や雄大な景観、それに火山性土壌でも育つ作物から作られる芋焼酎や蕎麦などは享受している。このような恩恵を将来の日本人が受けることができる術を考えることは、今を生きる変動帯の民の責任だと感じる。(2022年1月13日掲載)
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巽 好幸(たつみ よしゆき)ジオリブ研究所所長、神戸大学海洋底探査センター客員教授。1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に「地球の中心で何が起きているのか」「富士山大噴火と阿蘇山大爆発」(幻冬舎新書)、「地震と噴火は必ず起こる」(新潮選書)、「なぜ地球だけに陸と海があるのか」「和食はなぜ美味しい 日本列島の贈り物」(岩波書店)がある。