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タンチョウに復活の兆し 野生生物との共生を探る

2022年01月04日11時00分

 体が白く頭頂部が赤い「タンチョウ」。縁起の良い動物として知られるツルの一種で、全世界の個体数のうち約半数が北海道に生息している。江戸時代には全国各地で確認されたが、乱獲などで絶滅の危機にひんし、一時はわずか約30羽が確認できるところまで激減した。地元住民らの保護活動で徐々に個体数が増え、生息地も広がりつつあるが、タンチョウの復活は農業被害などの新たな問題も生んでいる。国の特別天然記念物と人間の共生。よりよい方法はないのだろうか。(時事通信札幌支社 千葉佳奈子)

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◇国内最大級「湿原の神」

 タンチョウは翼を広げると約2メートル40センチにもなる国内最大級の野鳥だ。その昔、アイヌ民族が「サロルンカムイ(湿原の神)」などと呼び、凶暴な鳥として恐れてきたとの話もある。

 鳥類の歴史に詳しい北海道大学の久井貴世准教授によると、江戸時代には北海道から沖縄県まで全国に分布していたが、明治時代にかけての乱獲や湿原の開発などで激減。環境省によると、1952年に確認できたのはおよそ30羽にとどまり、その後、国際自然保護連合(IUCN)に「絶滅危惧種」としてレッドリストに登録された。

 危機を受け、立ち上がったのが、タンチョウが多く生息していた釧路湿原周辺の地元住民だ。穀物などを給餌する取り組みを始め、国も84年に追随した。

 給餌は実を結びつつある。NPO法人「タンチョウ保護研究グループ」(釧路市)の百瀬邦和理事長によると、現在は1900羽ほどにまで回復。IUCNは2021年12月、絶滅危機レベルを1段階引き下げた。

◇活動、実るも…

 保護活動に携わる関係者からは「活動の成果だ」と喜びの声が聞かれたが、百瀬さんは「数は増えても、給餌なしでは生きられない」と語る。「給餌場では密集が起きており、ひとたび感染症などが流行すれば、途端に絶滅の危機に陥ってしまう」という。

 給餌場の密集対策は既に始まっている。環境省は密集緩和とタンチョウの「自立」を目指し、2015年度から給餌量を削減。19年度は最大量の半分にまで減らした。公益財団法人「日本野鳥の会」(東京都)も、タンチョウが多く生息する鶴居村で、タンチョウが水場までたどり着きやすいよう、やぶ払いや倒木撤去を実施。同会の原田修チーフレンジャーは「給餌に頼らず、自然な状態で生息できるようにすることが必要だ」と説明する。

 自立を目指した活動の成果は、生息地域の拡大という形で見え始めている。札幌近郊の長沼町では2020年、100年以上ぶりにヒナが誕生し、道央の苫小牧市周辺でも繁殖が確認されている。北大の久井准教授によると、現在定着し始めた場所は、江戸時代ごろにも生息が確認されていた地域で、「かつての生息地に戻りつつある」という。

◇新たな問題、空気銃で撃ち死なす事件も

 だが、個体数の増加と生息地の拡大は問題も引き起こしている。車と衝突したり、電線に引っかかったりするタンチョウが相次ぎ、農作物の食害も増加。環境省や道によると、2019年度に事故などで保護したタンチョウは過去最多の53羽となり、20年度の農作物の被害額は700万円に上った。21年には被害を受けた農家がタンチョウを空気銃で撃って死なせる事件も発生している。

 開発事業と保護活動の衝突もある。苫小牧市などに広がる湿原「勇払原野」では、風力発電施設の建設予定地で2017年と21年に繁殖が確認され、日本野鳥の会や研究者らは「風車が建設されれば衝突や環境の変化による繁殖への悪影響が見込まれる」などと、事業者や道に事業の中止を要請。同会の浦達也主任研究員は「貴重な繁殖地を保護していかなければならない」とした上で、事業者には「なるべく生息を阻害しないよう、配慮をお願いしたい」と訴える。

◇地域一体での取り組みも

 人間とタンチョウが共生できる道はないのか。北海道内の4動物園は2021年の夏から22年2月にかけ、タンチョウの事故防止を啓発する巡回展を開催。環境省は、農業関係者に対策パンフレットを配布し、開発業者など向けには、動植物の分布地を確認できる「センシティビティマップ」をホームページ上で公開しているが、「希少種でもあり、追い払いなどによる対策を呼び掛け続けるしかない」(担当者)のが現実だ。

 一方、地域一体で「タンチョウも住めるまちづくり」を目指し、2021年まで2年連続で繁殖が確認された町もある。7年前、町民や関係者が遊水池の整備や食害対策を協議する場を設置した長沼町は、学校での講演や観光施策など、町を挙げて共生への取り組みを推進。町によると、「タンチョウは町に定着しつつある。反対の声もあるが、住民の理解は進んでいる」という。

 タンチョウ保護研究グループの百瀬さんは「お互いの立場を尊重し合うこと。タンチョウが戻り始めた自治体では、住民、農家を交えて協議することが大事だ」と強調した。

◇取材を終えて

 環境省の2020年度版レッドリストによると、日本で絶滅の恐れがある動植物は3716種で、前年度から40種増えた。野生生物が絶滅する要因は、乱獲や開発、外来種の持ち込みなど、人間の活動によるものとされる一方、保護活動を選択できるのも人間だ。取材を通じて知った、タンチョウ保護の取り組みと、それによって生じた課題。人間と野生の動植物との共生は「どうバランスを取るか」に尽きるのかもしれないが、よりよい道はないのか、常に考えていきたいと思った。(2022年1月4日掲載)

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