大黒天に恵比寿様ー。参拝すると七つの災難が除かれ、七つの幸福が授かると言わる「七福神」。全国各地に参拝コースがあり、初詣にお参りする方も多いのではないでしょうか。日本人になじみ深い神様ですが、それぞれの名前をすらすらと暗唱できる人は意外と少ないのかも…。古くから伝わる縁起のよい神様と、福を呼ぶとして人気の高い「福助人形」について、浮世絵と江戸文化の世界に詳しい國學院大の藤澤紫教授に教えていただきました。
ことほぎの浮世絵―江戸時代のかわいい神様-
◇「子宝船」に夢を乗せて〈喜多川歌麿「風流子宝船」1805(文化2)年〉
日本には、古来より「縁起のよいもの」を身近に置く風習があります。とりわけ新年には、その年の干支(えと)や吉祥柄のものを好んで飾る方も多いでしょう。ご紹介するこの浮世絵も、新春にふさわしい逸品。3枚続きのワイドな画面いっぱいに、豪華な飾りを付けた玩具の船に乗った子どもと魅力的な女性陣を配した本図は、美人画の名手として名高い喜多川歌麿(1753?~1806年)らしい華やかな作品です。
「子宝」と称された元気な七人の子どもたちは、かぶり物をしたり、楽器や玩具を持ったりと楽しそう。どうやら「おめでたい何か」の扮装(ふんそう)をしている様子ですが、いったい何がテーマか分かりますか。そう、福をもたらす七人の神様に扮(ふん)しているのです。
この絵が制作された江戸時代の後期には、七人の福の神を集めた「七福神信仰」が大流行しました。七福神信仰は、古くは室町時代にさかのぼると言われます。江戸時代には年始の七福神巡りが庶民にも広まり、よい初夢を見ようと、正月二日の夜に七福神が乗る宝船の絵を敷いて眠る風習も浸透していきました。
七福神と言えば、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の七神による構成がよく知られていますが、中国の道教に由来する長寿神の福禄寿と寿老人を同じ神とみなし、麗しい女性神「吉祥天」を加えるパターンなどもあります。実は本図もその一つで、時代や目的に沿って神様の組み合わせが変化しているのは興味深いですね。
さて、子どもたちがそれぞれどの神様を表しているのか、着物や道具から推理してみましょう。船首から順に、①大きな袋を持ったふくよかな布袋様、②ざるをかぶとのようにかぶってポーズを取るのは戦の神の毘沙門天です。③中央で大きなタイのおもちゃを抱えているのは恵比寿、④琵琶を弾くかわいい少女は音楽などの技芸に通じた弁財天に見立てられています。⑤宝尽くしの豪華な振り袖を着た女の子は吉祥天、⑥如意を持つ幼児は如意宝珠とつえを持った寿老人をまねています。そして⑦お母さんのお乳を吸って幸せそうな幼児は頭巾をかぶった大黒天、いずれも神様の特徴をうまく捉えていますね。
なお、本図は画中の刊記から喜多川歌麿の晩年の作と分かります。愛らしい子ども、船を引く美しい姉、赤子に乳を与える艶っぽい母など、さまざまな年齢に沿った細かな描き分けに、生涯、美人画の名手として第一線で活躍し続けた歌麿の衰えぬ意欲を感じます。
浮世絵が、一九世紀後半の欧州にジャポニスム現象を起こすきっかけにもなったことはよく知られていますが、西欧の芸術家たちが強い刺激を受けた作品には、例えば本図のような母子を描いたものも含まれます。あどけない子どもや愛情にあふれた母の姿は、いわゆる「聖母子像」とも異なる新鮮な主題として受け止められました。
◇福をぎゅっと寄せ集めて〈歌川芳藤「福助(有卦絵=うけえ)」1858(安政5)年〉
一方、コミカルなこちらの図は、戯画や子ども向けのおもちゃ絵を得意とした歌川芳藤(1828~1887年)による作品です。文化(1804~1818年)ごろから江戸で流行し、神棚などに祭った、福を招く「福助人形」がモデルです。中国伝来の陰陽道(おんようどう・おんみょうどう)に由来する「有卦絵(うけえ)」と称されるもので、「七福のふの字尽しの福助は ふろうふうき(不老富貴)にかなふ福神」の画賛が添えられています。
よい年回りの人が身近に置くべき道具、ここでは「福」を意図した「ふ」の付くものを寄せ集めており、こちらも吉祥性の高い作品です。
頭部は上から順に、①頭にかぶった風呂敷、②髪の毛は分銅、③眉は筆、④目はフグ、⑤鼻は平仮名の「ふ」、⑥唇は房、⑦顔全体が大きな袋で表現されています。首から下は、⑧扇の骨が筆、⑨手のひらと扇紙が文、⑩着物の紋に富士山があり、着物のアウトラインに隠された「かのうふくすけ」の文字も読み解けば、一層、福を得られる気がします。「嵌(は)め絵」というだまし絵風の趣向が面白いですね。おめでたい物事はなるべく寄せ集めた方がよい、との思いは、いつの時代も同じなのでしょう。
江戸の庶民文化の華と言われる浮世絵は、「錦絵」と称されるカラフルな木版技術の普及によって広く浸透し、江戸の庶民の暮らしをにぎやかに彩りました。皆さまもおめでたい浮世絵を眺めて、年の初めの福探しを楽しんでみませんか。
藤澤 紫 (ふじさわ むらさき) 東京都生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士後期課程満期退学、博士(哲学)。國學院大文学部教授。国際浮世絵学会常任理事や公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団評議員も務める。近著に『NHK 浮世絵 EDO-LIFE 浮世絵で読み解く江戸の暮らし』(監修・講談社)、『くもんの子ども浮世絵コレクション 遊べる浮世絵 江戸の子ども絵・おもちゃ絵大集合!』(共著・青幻舎)などがある。NHK-BS4K・Eテレで放映中の「浮世絵 EDO-LIFE」の浮世絵監修、「特別展 くもんの子ども浮世絵コレクション 遊べる浮世絵展」(横須賀美術館ほか)の監修、新聞連載「もっと!浮世絵と遊ぼう!」(時事通信)も手掛ける。
(2022年1月2日掲載)