進む技の高難度化
【2022年冬季オリンピック】北京五輪で日本勢の複数メダルが期待される種目の一つにスノーボードの男子ハーフパイプがある。今季ワールドカップ(W杯)などの成績からも戸塚優斗(ヨネックス)、平野歩夢(TOKIOインカラミ)、平野流佳(太成学院大)がメダル争いの中心になるとみられる。
この種目の注目点は技の高難度化。五輪ごとに難易度が上がっている点は興味深く、北京五輪では「トリプルコーク」が勝敗を分けるとされる。コークとはコークスクリューの略称で、トリプルコークとは縦に3回転する技。実際はこれに横回転も組み合わせて斜め軸での回転となる。
ハーフパイプの現状について冬季五輪2大会連続銀メダルの平野歩は「ここ半年くらいで急にみんなも気合が入ったというか、スイッチが入ってきて、レベルも急に上がったという印象。勝負の世界だから、一人が新たなことにトライすれば、次々とみんながトライして、それで周りのレベルが上がっている」と分析する。まさに北京では極限の戦いが見られそうだ。
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半面スノーボードは、空中技(エア、トリック)の名前が複雑で分かりにくく、ハーフパイプなどのフリースタイル種目では、どんな回転をしているのか分からないまま見ている人が多いのではないだろうか。回転についての理解が少しでも深まれば競技をより楽しく見ることができる。
今回は競技の特徴や技の名前などから説明していきたい。
五輪のスノーボード競技はフリースタイル3種目とアルペン2種目が行われる。アルペンはコースを滑って速さを競うもので、パラレル大回転とスノーボードクロスの2種目があり、フリースタイルは、主にジャンプ台などから空中に飛び出して技の難易度や完成度を競うもの。
ここではフリースタイル種目に絞り、中でもハーフパイプ、スロープスタイル、ビッグエアの3種目からハーフパイプを中心に取り上げてみる。
ハーフパイプは円筒を半分に切ったような形状のコース(パイプ)を左右に滑りながら、サイドの壁の端(リップ)から空中に飛び出して技を繰り出す。一般的なコースは全長が約160メートルで、横幅が15~20メートル、高さが6~7メートル。ほぼ垂直の壁を滑って勢いをつけ、選手が空中に飛び出した際の高さは、リップから5~6メートルにも達しているという。
選手は1度の演技で、パイプを左右に滑りながら5、6回の空中技を出す。例えば一つの技が成功しても着地が乱れれば加速が十分につかず、次の技の失敗や難易度の低下にもつながる。高得点を出すにはこの5、6回の空中技を着地まで全て完璧に決める必要がある。また、回転数の多い技を連続して出すのはより難しいため、高得点に結びつきやすい。個々の技の完成度はもちろん、演技の構成(ルーティン)や、技と技とのつなぎも重要で、着地のうまさやスピードを維持する技術も求められる。
技の名前は「足」と「回転」の組み合わせ
ハーフパイプの最大の見どころは、高くてダイナミックな技が連続して繰り出される場面だろう。スノーボードの空中技には、3種目とも同じ名前が付けられている。テレビの解説などで「バックサイドダブルコーク1440」、「フロントサイド1260」などと言われても、視聴者にはピンとこないだろうが、空中技の名称は全て「踏み切る方向(足)」+「縦回転」+「横回転」の組み合わせでできている。
[踏み切り]フロントサイド=自分のお腹側、正面方向に回転する▽バックサイド=自分の背中側、後ろ方向に回転する
さらに踏み切りは、これ以外に2種類がある。各選手には自分のスタンス(どちらの足を前にしてボードに乗るか)がある。各選手のプロフィルにも記載されているが、野球で言えば右打、左打みたいなもの。左足を前にするのがレギュラースタンス、右足が前はグーフィースタンスと呼ばれている。
そして、自分の通常スタンスとは逆、例えばレギュラーの人がグーフィーで滑るなど、これで技を出せば高得点につながることが多い。それが▽キャブ(キャバレリアル)=通常と逆のスタンスでフロントサイドの回転▽スイッチバック(スイッチバックサイド)=通常と逆のスタンスでバックサイドの回転―の2種類。
[縦回転]ダブルコーク=縦2回転▽トリプルコーク=縦3回転▽クワッドコーク=縦4回転
コークはコークスクリューの略称で縦回転を意味する。その前に付く数字が回転数。
[横回転]720=720÷360=2回転▽1260=1260÷360=3.5回転▽1440=1440÷360=4回転
数字を360で割ったものが横の回転数。
これら[踏み切り]+[縦回転]+[横回転]が技の名前となり、「バックサイドダブルコーク1440」なら背中側から踏み切って、縦2回転と横4回転を合わせた技となる。
王者ホワイトが牽引した進化
ハーフパイプはフリースタイル種目では五輪で実施されたのが最も早く、1998年長野大会から行われている(スロープスタイルが2014年ソチ大会、ビッグエアは18年平昌大会から)。ハーフパイプは空中技の難易度が大会ごとに上がっているのが顕著に分かる。ではどのように変遷していったのか。 技の進化の先頭には常に米国のショーン・ホワイトがいた。絶対王者として長く君臨し、五輪では06年トリノ、10年バンクーバー、平昌と3大会で金メダルを獲得している。 ホワイトが金メダルを獲得したトリノ大会までは横回転の技が主流だった。当時は「1080(横3回転)」が大技とされていたが、その後ホワイトは、これに縦回転を加えた技に挑戦した。それが「ダブルコーク1080(縦2回転、横3回転)」。
バンクーバー大会では「ダブルコーク」が金メダルのカギになるとされ、ホワイトは本番で「ダブルコーク1080」の連続技を成功させてみせた。優勝が決まった後のランでは、さらに難易度を上げた「ダブルマックツイスト(縦横に回転軸を変えながら3回転半するオリジナルの技)」も成功させたが、実質、勝負を決めたのは「ダブルコーク1080」だった。
4年後のソチ大会では、さらに回転数が上がった。金メダルはユーリ・ポドラドチコフ(スイス)が獲得し、決め手となったのが「キャブ・ダブルコーク1440」だった。横が1回転増えて4回転に上がっており、当時、できる選手は世界で数人だったという。15歳で五輪初出場だった平野歩は、けがをした足首に不安があり、横4回転に挑戦できず銀メダルに終わっている。
そして、平昌大会では前回大会で登場した「ダブルコーク1440」を続けて出す連続技が金メダル争いには必須だった。優勝したホワイト、2位の平野歩ともに成功させている。僅差でホワイトが上回ったが、いずれにせよ優勝に必要とされる技が、「ダブルコーク1440」の連続技にまでレベルアップしていた。
さらに北京大会では縦回転を一つ増やす、トリプルコークがカギになるといわれている。これと横回転と組み合わせた「トリプルコーク1440(縦3回転、横4回転)」に挑戦する選手が出てくる可能性は高そうだ。
平野歩が決めたトリプルコーク
トリプルコークを入れたルーティンが成功すれば高得点は間違いない。しかし、これは難易度が相当に高く、確かな技術と条件が整わないとできない技でもある。日本代表の村上大輔コーチは「トリプルコークはダブルコーク以上に高さがないとできない技。パイプのリップを抜けるのに少しでも抜けが早かったり遅かったりすると、けがのリスクや回転数も足りなかったりする。ちょっとのミスも許されない、全てを兼ね備えていないと出せない技」と説明する。当日のパイプが十分に加速できるコンディションなのか、あるいは天候や風などの条件面も重要になる。
北京五輪を見据え、昨年10月のスイス合宿では日本選手が先頭に立ってトリプルコークに挑戦し、同地で合宿をしていた海外勢を驚かせたという。12月のプロ選手が集まった米国でのデューツアーでは、平野歩がこのトリプルコークを入れた技を成功させている。次の技で着地に失敗したため5位だったが、ライバルたちに大きな衝撃を与えたことは間違いない。これを機に他の選手もこの技へ、より本腰を入れて挑戦してきそうな感じもある。
日本勢は戸塚が昨季の世界選手権、W杯、Xゲームズと出場した全ての大会で優勝し、北京五輪の金メダル最有力候補となった。しかし、東京五輪でスケートボードに挑戦していた平野歩が今季からスノーボードに本格復帰してW杯で2戦続けて優勝するなど、ブランクを感じさせない世界最高峰の技を見せている。
さらに今季W杯初戦で優勝し、2戦目で2位に入った平野流の成長も著しい。本番でも日本勢がメダル争いを繰り広げる可能性は高く、3人とも「トリプルコーク」に本格的に取り組み、本番ではこの技がカギになると口をそろえる。これまでにないハイレベルな技が見られる五輪になりそうだ。
男子ハーフパイプ決勝は2月11日。日本勢同士のメダル争いから目が離せない。(時事通信運動部 酒谷裕)(2022.1.20)