新年早々に起きた中央アジア・カザフスタンの騒乱や、ロシアによるウクライナへの軍事圧力をめぐって、中国・ロシア間に微妙な不協和音がみられる。近年、反米で結束し、準同盟関係を深める中ロだが、中国は旧ソ連圏への経済進出を進めており、ロシアが軍事力で影響力拡大を図ることを好ましく思っていないようだ。
2月4日の北京冬季五輪開会式には、プーチン・ロシア大統領が出席し、同日、習近平国家主席との首脳会談が予定される。中国はロシアがウクライナに侵攻し、「平和の祭典」が銃剣で汚されることを望んでいない。2月4日の中ロ首脳会談が注目点だ。(拓殖大学海外事情研究所教授・元時事通信モスクワ支局長 名越健郎)
カザフ親中派を一掃
カザフの暴動は指導部内の権力闘争に発展し、名目的指導者とみられたトカエフ大統領が実権を掌握。30年にわたって独裁体制を敷いたナザルバエフ前大統領は引退を強いられた。
その背後でロシアの影がちらつき、プーチン大統領は旧ソ連6カ国で構成する集団安保条約機構(CSTO)の平和維持部隊約2500人を投入。トカエフ大統領は暴動鎮圧でプーチン大統領に「特別な感謝」を表明した。
この間、中国は出番がなかった。習近平国家主席は権力闘争の決着がついた後にトカエフ大統領に電話し、暴動鎮圧の支持を表明、北京冬季五輪開会式に招待した。外交筋によれば、中国もカザフに治安部隊出動を打診したが、トカエフ政権は法的根拠がないとして断ったという。
実際には、中国も加わる上海協力機構(SCO)の平和維持部隊があり、何度も演習を行いながら、出番はなかった。
権力闘争の結果、ナザルバエフ氏の側近中の側近だったマシモフ国家保安委員会(KNB)議長ら親中派が失脚した。マシモフ氏は武漢大学を卒業し、中国に太いパイプを持つ。
中国は長い国境を接する資源大国のカザフを「一帯一路」の拠点国家と位置づけ、マシモフ氏がカザフ側窓口だったが、反逆罪で逮捕された。
新型コロナ禍の前まで、習主席は毎年カザフを訪問。ナザルバエフ氏の訪中回数も25回に上り、プーチン大統領の訪中回数(20回)を上回る。
中国の王毅外相がロシアのラブロフ外相との電話会談で、CSTO出動を支持しながら、「カザフの主権尊重」を申し入れたのは、中国の不満を示唆している。
ロシアが背後で暗躍か
元外交官のトカエフ大統領はソ連外務省の「チャイナ・スクール」出身ながら、ロシア・コネクションが深い。3年前に離婚した夫人はロシア国籍で、一人息子はロシアのオリガルヒ(新興財閥)と組んでビジネスを展開し、一家はロシアに資産を持つ。
今回の政変でロシアが果たした役割は不透明ながら、トカエフ大統領はプーチン大統領と頻繁に電話で話していたことが知られている。
ナザルバエフ氏はロシアとの同盟を維持しながら、欧米や中国、日本と関係を深める「全方位外交」を展開し、プーチン大統領はこれをロシア離れとみて警戒していた。今回、親ロ派・トカエフ大統領を擁護し、一気にカザフを取り戻そうとしたかにみえる。カザフとの貿易・投資はいまや中国がロシアを上回るだけに、習近平政権にとっては「カザフの屈辱」となった。
ウクライナは中国の「戦略パートナー」
中国はウクライナとも緊密な関係を築いており、ロシアの侵攻を望んでいない。
中国とウクライナは2013年末、友好協力条約を締結。両国は中国の100億ドル以上の投資計画で合意し、ウクライナ側も「一帯一路」を全面支援した。
2014年のロシアによるクリミア併合以降、中国がロシアに代わってウクライナ最大の貿易相手国となり、特にウクライナ製兵器の輸出先は中国向けが圧倒的に多い。
人民解放軍系企業が穀倉地帯のウクライナ東部で、200万ヘクタールの農地を50年間租借し、中国最大規模の海外農場を建設する計画を進めているとの報道もあった。
友好協力条約には、ウクライナが核の脅威に直面した場合、中国が相応の安全保障を提供するとの一節がある。ウクライナを脅かす国はロシアだけであり、ロシアのウクライナ攻撃では中国がウクライナを擁護するとも読める。
1月初めには、習主席とゼレンスキー大統領が国交樹立30周年の祝電を送り合い、「戦略的パートナー関係の発展」を誓ったばかりだった。中国はロシアのクリミア併合を承認していない。
ロシアの軍事介入に不満
それだけに、ロシアがウクライナ国境に展開する10万人以上の兵力を侵攻させるなら、中国も支持しないはずだ。とりわけ中国は、国威を賭ける北京冬季五輪が、戦争によって台無しになることを憂慮している。
2008年の北京夏季五輪開催中、ロシア・ジョージア戦争が並行して起きた際、中国外務省は二度にわたって即時停戦を要求する声明を出し、露骨な不満を示していた。
ロシア軍が東部ウクライナに侵攻すれば、中国企業が進める農場建設計画も破綻してしまう。ロシアが核の脅しをかけるなら、中国は友好協力条約に沿って、ウクライナの側に立たねばならない。
中国はベラルーシにも工業団地建設を進めているが、2020年にベラルーシで独裁者・ルカシェンコ大統領への反対デモが吹き荒れた時、中国は後ろ盾のロシアに対し、軍事介入しないよう警告したとの情報がある。
旧ソ連諸国に経済力で平和的に進出しようとする中国と、軍事力による影響力拡大を図るロシアでは、相入れないのだ。
2月4日の中ロ首脳会談で、習主席がロシアの強硬外交に対し、水面下で自制を働き掛けるかどうかが注目される。
バイデン米政権がロシアのウクライナ侵攻を阻止するには、中国と連携してロシアに警告するのが有効だ。プーチン大統領を制止できる最大の影響力を持つ人物は、国力、経済力でロシアの「兄貴分」となった習主席だろう。
【筆者略歴】東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社でモスクワ、ワシントン各特派員や外信部長などを歴任。2012年から現職。『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)など著書多数。
(2022年1月25日掲載)
【解説委員室から】