安定的な皇位継承の在り方を検討してきた政府の有識者会議(座長・清家篤元慶応義塾長)の最終報告書が2021年12月末に提出された。肝心の秋篠宮家の長男悠仁さまの後の皇位継承策の問題には触れず、現状の論点整理として出てきた皇族数の確保について、軸となる2案を提示するにとどまった。報告書の内容は国会に報告され、議論の舞台は国会に移った。
ただ、皇位継承問題の中核にある女性・女系天皇の議論は全くなされなかった。女性天皇の子どもが即位する女系天皇については、保守派がかたくなに反対。各種の世論調査で大半の国民が容認する姿勢とは対照的である。憲法は天皇の地位を「国民の総意に基づく」としている。その基盤を崩しかねない難題に、国会はきちんと向き合い回答を出すことができるのか。「国論を二分する」ことを恐れて議論しなければ、「総意」への道は見えてこない。国会議員が国民の代表としての能力を全開にし、その矜持(きょうじ)を見せる時が近づいている。(時事通信解説委員 橋詰悦荘)
本質論を回避した報告書
まず、報告書の内容を確認しよう。報告書は冒頭で「天皇陛下、秋篠宮さま、悠仁さまがおられることを前提にこの皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」と指摘する。これは、週刊誌などで頻繁に登場する「愛子天皇」誕生を事実上、否定したことになる。続けて「悠仁さまの次代以降の皇位継承については議論するには機が熟しておらず」「将来において悠仁さまのご年齢やご結婚等をめぐる状況を踏まえた上で議論を深めていくべき」として、先送りした。
未婚の男性皇族が悠仁さま一人という現状を踏まえて、「まずは、皇位継承の問題と切り離して、皇族数の確保を図ることが喫緊の課題」として、議論の方向性を限定。求められた「悠仁さまの後をどうするのか」という本質的な問いへの回答を避けた。
女系の否定
報告書が示した皇族数の確保策は、①女性皇族が結婚後も皇室に残る②皇族の養子縁組を可能にして、旧宮家の男系男子を復帰させる―という2案だ。
①案は女性・女系への道を模索したものではない。結婚した相手やその子は皇族としての身分を持たず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるとして、女性・女系天皇の誕生を否定した。
②案は明確な男系男子の継続を意味する。宮内庁関係者がよく例示として口にするのが、子供がおらずお二方とも高齢となられた常陸宮家の養子縁組。戦後間もない1947年に皇籍離脱した11宮家51人の旧皇族の流れをくむ男性を養子として迎えるというものだ。
いずれにしても、報告書には皇位継承策を議論する際の中核を成す女性・女系天皇について検討した部分は出てこない。安倍政権下の2017年に退位を認めた特例法が成立し、その後の菅政権で設置されたこの有識者会議の議論は、女系天皇を拒否する保守派政権の意向を完全に取り込んだ形だ。「悠仁さまの後」の本質的な議論を避けて先送りし、当面は「男系男子で行けるとこまで行く」というのが報告書の基本的スタンスと読み取れる。
今後10年で解決
報告書は最終部分で、福沢諭吉の「帝室論」を引用。「帝室は政治社外のものなり」との指摘を紹介して「国論を二分したりするようなことはあってはならない。静ひつな環境の中で落ち着いた検討を行っていただきたいと願っている」と結んでいる。
確かに悠仁さまの恋愛―結婚などの流れを考慮していくというのは当然だが、現実の問題はその恋愛―結婚が希望通りにうまく進むかどうかだ。
一人一人がスマートフォンを携帯し、いつでもどこでも発信できるようになった環境で、恋愛の成就に必要な秘密性をどう確保するのか。ある程度の段階に進行したとしても、相手の女性に対する度を越した誹謗(ひぼう)中傷が、ネット上にあふれることは簡単に想像ができる。
美智子さまの時も雅子さまの時も、「静ひつな環境が必要」との理由で、日本新聞協会加盟各社は一定期間の報道自粛(協定)を申し合わせた。メディア環境は格段に複雑、高度化している。平成の結婚を取材した経験から言えば、この報道協定は、次は成立し得ないだろう。結婚へのハードルは、過去と比べものにならないほど高くなっている。
さらに、仮に結婚まで至ったとしても、男系男子という制度は、悠仁さまの相手に男子を産むことを要求する非人間的制度であり、自然の摂理に従い人間らしく生きることを否定するものである。若い女性にこれを強制することができるのか。雅子さまが適応障害で苦しまれたのも、この制度の大きなプレッシャーが要因だったのではないか。私たちはこの雅子さまの苦しみと教訓を次に生かすことを考えなければならないはずだ。
先送りで時間を浪費してはならない。悠仁さまは今、15歳。結婚の時期を考えれば、今後10年程度で男系男子という大きなプレッシャーを取り除く制度改正をする必要がある。これこそが安定的皇位継承への道を切り開くことである。
国会に常置の皇室運営委員会を
死ぬまで天皇という終身天皇制を前提にする法体系の中で、上皇さまが退位を考えていたことは宮内庁幹部の一部が知っているだけで、国民は当初、誰も知らなかった。皇室と国民の間のコミュニケーション回路がなかったからである。
それを代議制民主主義の中で実現しようとすれば、やはり国会の中に常置の専門の委員会(例えば皇室運営委員会)を設けて、こうした役割を果たすようにすることが必要なのではないだろうか。
平成の退位の際に、「天皇の意思の暴走」を危惧する意見を表明した渡辺治一橋大学名誉教授は、近著の「『平成』の天皇と現代史」(旬報社)の中で、国会に超党派の常置委員会の設置を提案している。
憲法改正を議論する憲法審査会があるが、その皇室バージョンとして設置する。その委員会で審議し、時には皇族側から生の意見も聞き取る。そういう場があれば、誕生日会見で突然表明された「大嘗祭は私費で」という秋篠宮さまの主張なども柔軟に検討することができるようになる。
もちろん、今後の皇位継承策についてもこの委員会の場を利用して、熟議を積み重ね、合意を広げることができるようにすればいいのではないか。女系を認めるかどうか。「国論二分」を克服して、日本の民主主義を強靭(きょうじん)にするチャンスが到来していると楽観的に考え進むのがいいと思う。
【筆者略歴】社会部、ロサンゼルス特派員、福島支局長、編集局次長などを経て現職。昭和から平成への代替わりを宮内庁担当として取材した。象徴天皇制、司法行政、文教政策などを中心にコラムを執筆。
(2022年1月12日更新)
【解説委員室から】