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太平洋で試された防空網◆必要な「中ロへの備え」とは

2022年01月24日10時00分

 日本列島太平洋側で中国、ロシアの軍事的活動が活発化している。2021年10月、両国の艦隊が列島をほぼ1周し、翌11月には両国爆撃機が日本海から太平洋へと共同飛行。岸信夫防衛相は「わが国に対する示威活動を意図した」と懸念を示したが、中国空母はその後も太平洋側に深く回り込み、航空自衛隊機の緊急発進(スクランブル)を余儀なくさせた。中国は22年、3隻目の空母を進水させるとみられ、運用が本格化すれば、東シナ海だけでなく、太平洋側でも頻回な対応を強いられる恐れがある。(時事通信編集委員 不動尚史)【特集】社会コーナー

◇緊急着陸可は硫黄島のみ

 「中ロの連携は、わが国の安全保障に及ぼす影響は極めて大きいと認識している。しっかりとその活動を監視したい」。自衛隊制服組トップの山崎幸二統合幕僚長は22年1月の記者会見で、列島周辺での中ロの動向に強い警戒感を示した。

 中ロ艦隊の列島周回は日本政府に衝撃を与えたが、防衛省が特に注視したのは、太平洋側で中ロのフリゲート艦搭載ヘリコプターが発着艦したことだ。現場は東京から500キロ以上離れた伊豆諸島・須美寿島(すみすじま)の南西沖。発着艦は、日本の広大な太平洋側の防空網を試すような格好で行われた。

 どういうことか。この空域へのスクランブルは、中部航空方面隊(中空)傘下の入間基地(埼玉県)のDC(防空指令所)が管轄する。中空には、F15戦闘機約40機(2個飛行隊)が配備された小松(石川県)、F2戦闘機約20機(1個飛行隊)が配備された百里(茨城県)両基地が所属しており、こうした発着艦があれば、DCは小松、百里いずれかに発進を指示する。

 スクランブルの詳細は非公表で定かではないが、中ロのヘリが発着艦した須美寿島沖までは、太平洋に近い百里基地からでも600キロ前後あり、現場空域に到着するまで30分以上かかる。F2の最高速度はマッハ約2.0だが、それはスペック上の数値で、燃費や機体への負荷も考慮し、マッハを超える速度で常時飛行するわけではない。相手がヘリの場合、空気密度の濃い低高度を飛行するため、燃費はさらに悪くなる。

 スクランブル時には不測の事態に備え、必ず発進基地以外に緊急着陸できる代替飛行場を決めておくが、太平洋側で戦闘機が着陸できる滑走路(長さ2400メートル)は硫黄島にしかない。トラブル発生時には600キロ離れた百里に戻るか、南下して硫黄島に緊急着陸するかの二択になるが、中ロのヘリが発艦した空域から硫黄島までも600キロ以上ある。

 F2のエンジンは、信頼性はあるものの、いかんせん単発だ。トラブル発生時の替えがなく、広大な太平洋でのスクランブルにはリスクがある。横須賀基地(神奈川県)を母港とする米空母艦載機パイロットが硫黄島でのFCLP(空母艦載機着陸訓練)を嫌がるのも、こうしたリスクがあるためだ。

◇中国の次の一手

 外洋での作戦能力を高める中国は、対米防衛ラインの第一列島線(沖縄県、台湾、フィリピン)を越え、第二列島線(伊豆・小笠原諸島、グアム・サイパン)を目指す活動にシフトした。中国紙・環球時報によると、中国の練習艦隊は2020年2月、太平洋を東西に分ける日付変更線を越えて航行し、外洋軍に変貌したことをうかがわせた。

 米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)は21年、中国が22年中に国産空母2番艦を進水させ、「山東(さんとう)」、「遼寧(りょうねい)」と合わせて空母3隻体制になると分析。米国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書は2番艦が24年までに運用される見通しを示しており、日本周辺で中国空母艦隊の活動頻度が増えるのは時間の問題だ。

 日米を揺さぶる中国の次の一手として浮かぶのは、日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)周辺で空母からヘリや戦闘機を頻繁に発艦させることだ。中国にとって、沖ノ鳥島は、台湾有事にグアム、ハワイから北上する米第7艦隊を阻止する「戦略的要衝」となり得る位置にある。「米空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイルや、爆撃機から発射する対艦ミサイルの命中精度を上げるには、平時から米艦隊の動静を把握しておく必要があるためだ。

 「遼寧(りょうねい)」は昨年12月19日、沖縄本島―宮古島間を南下。北大東島(沖縄県)沖の太平洋で午後9時まで戦闘機を発艦させ、翌日、さらに400キロ以上南下して艦載機を飛ばした。遼寧は沖ノ鳥島まで300キロ余りまで近づいたとみられ、政府筋は「難易度が高い夜間着艦の練度を上げている」と警戒する。

◇いずも型軽空母化でも課題

 脆弱(ぜいじゃく)な太平洋側の防空体制の強化は、2018年の防衛大綱で決まった。短距離離陸・垂直着陸が可能な米海兵隊仕様のステルス戦闘機F35Bを導入し、軽空母化する2隻の海自「いずも型」護衛艦に搭載。広大な太平洋側の防空体制を補強するというものだ。

 だが、いずも型の軽空母化の完了は2027年以降で、そもそも「潜水艦ハンター」と呼ばれる哨戒ヘリを5機同時に運用できるいずも型の本来任務は、潜水艦の追尾・探知だ。仮にいずも型を使用できない場合でも、F35Bは地上基地からスクランブルできるが、エンジンが単発な上、機体の構造が複雑なため搭載できる燃料も少なく、運用上の課題がある。

 百里基地などに配備されたF2は、開発中の次期戦闘機が量産配備され次第退役する。エンジン2基を備え、航続距離も長いF15が長期的に太平洋側のスクランブルを支えることになるだろう。

◇米軍「フェラーリは日曜日に」

 最新鋭機による有事への備えは必要だろうが、機体を酷使する平時のスクランブル任務を踏まえたバランスのある機種構成を考慮すべきだ。日本の太平洋側での中国空母艦載機の発艦や、悠然と飛行するプロペラ機のロシア哨戒機を相手にした日常的なスクランブルにステルス性は必要ない。接近して相手に姿を見せ、日本の防空識別圏外に出るよう警告しなければ意味がないからだ。非ステルスだが、頑丈で外部(追加)燃料タンクも備えるF15の方が向いている。

 米メディアによると、米空軍トップのブラウン空軍参謀総長は、空自も配備している空軍仕様のステルス戦闘機F35Aについて、「フェラーリ(F35)は日曜日のみ運転すればいい」と評した。F35は高度なセンサーとネットワーク機能に優れるが、運用コストがF15の2倍掛かり、寿命は半分。発言は平時の任務で機体を消耗させるのは不合理という意味だ。米空軍がスクランブルや兵器搭載で使い勝手のよいF15の能力向上型、F15EXを新たに取得した理由でもある。

 日本本土からはるか南の空域にスクランブルした戦闘機の滞空時間を延ばすためには、空中給油機や、地上レーダーの死角をカバーする早期警戒管制機(AWACS)も投入しなければならない。24時間体制で待機する浜松基地(静岡県)のAWACSは4機しかない。領海・排他的経済水域を合わせた面積が世界第6位という広大な日本の空域を鑑みればAWACSの拡充や、F15の体制をいかに維持・更新しパイロットの安全を確保するかは喫緊の課題だ。

 現有200機のF15を半減させ、代わりにF35を大量に増やす現行の計画は正しいのか。自衛隊内には、半減により退役になる「PreーMSIP」と呼ばれる機体の代わりにEXを取得するよう求める声もある。22年に改定される防衛大綱は前例主義にとらわれずに検証する必要がある。(2022年1月24日掲載)

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